探偵譚4:心の中のぐるぐる
第15話「探偵部、かたつむりは出る幕無し」
……黒い穴に吸い込まれて行く妖怪達の
……穴が塞がる最後まで抵抗しているのは、黄金の九本の尾を
……俺は何故か、腕にしがみついてうずくまる赤ん坊を必死で守っている……
……赤ん坊の額には、青い勾玉のような模様が浮かんでいる……
(……今日も同じ夢か……。)
那由多はベッドから起き上がり、コンロに火を付けポットの湯を沸かす。
ジャスミンティーのティーパックに湯を注ぐと、部屋中に優しい香りが広がった。
それに反応するようにベッドの隣にある小さな
この生き物は、那由多に捕まってお
那由多は、
ここは、この六角町で最も高層な建物であり、唯一のタワーマンションの最上階、三十階の一室。 壁の仕切りが無い広いワンルームに、那由多一人で住んでいる。
窓にカーテンを付けていないのは、いつでも窓から六角町の様子を見渡せるようにするためだ。
那由多は、この時間にこの街を見るのが好きだ。
街も、大切な人も安心して眠っているように見えるからだ。
窓の正面の北側には
その敷地内にある小さな
珠央の部屋は明かりが消えている。
那由多はそれを確認すると、部屋の中央にある大きなテーブルの方へ向かった。
様々な色の花が描かれたステンドグラスのテーブルランプを点け、テーブルに絵巻物を広げる。
絵巻物には、年号と日時の下に簡単な出来事や注意事項が書いてある。
『2024年2月 六角町の光印学園を受験すること。』
『2025年5月15日 部室に珠央が来る。犯人は二人居る。まずは嵐。嵐は使える。仲間にせよ。珠央を必ず守れ。』
『2025年5月22日 犯人はヨーコ。ヨーコに気をつけろ。』
『2025年6月2日 北の巨大イカとパワースポットは珠央が封印する。海崎は使える。仲間にせよ。』
『2025年6月11日 珠央は遅れる。三人とヨーコで対処せよ。必ず収まる。案ずるな。』
『2025年6月13日 かたつむりは出る
「……かたつむりは出る幕無し……どういうことだ?」
那由多は、今日の日付の項目に目を落とし、つぶやいた。
「なゆたー、どうしたんだー?」
那由多の声を聞いてヨーコが目を覚まし、那由多の方へ目を擦りながら飛んできた。
ヨーコは普段は呪術によって那由多から二メートル以上離れられないが、この部屋の中では那由多が
「起こしてしまいましたか。絵巻物を確認していただけですよ。まだ、何も起きていません。」
「……その、絵巻物ってなんなんだ?なつかしい匂いがするし、不思議だゾ。」
ヨーコはテーブルに降りて絵巻物に鼻をつけて匂いを嗅いだ。
「……僕にも、分かりません。誰がいつ、何の目的で書いたのかも……。でも、これが、僕のために書かれた物であることだけは確かなんです。僕が生まれる時に渡すように先祖代々言い伝えられて来たもの。幼い頃からここに書かれた内容を調べることに夢中でした。そして、この絵巻物の記述が始まる2024年にこの町に来たんです。絵巻物と自分が何なのかを、確かめるために。」
「なゆたにも、分からないことってあるんだなー!……でも、なんでタマオには絵巻物のこと内緒なんだ?」
ヨーコは少し身構えて恐る恐る聞いた。
「……ただ単に、恥ずかしいからですよ。」
(俺は、絵巻物を書いた誰かに操られるただの
那由多はヨーコに話しかけた訳ではないが、心の中で強く思ったので、呪石を通してそれが伝わった。 ヨーコが驚いて那由多を見ると、その顔が今にも泣き出しそうに見えた。
ヨーコは何も言わずに、キッチンの方へ飛んで行き、棚から『ヨーコ専用』と書かれた缶を出して中から干物を摘まみ、那由多のところへ戻ってきた。
「なゆた、これを食え!!元気が出るゾ!!うまいゾ!!オラの大好物、あと一匹しかないけど、なゆたにあげるゾ!!」
「急に、どうしたんですか?干物は苦手ですが……そんなに言うなら貰っておきます。」
那由多がヨーコの手から干物を摘まんで口に運ぼうとすると、スマホが鳴った。
パワースポットをパソコンモニターで監視している
『大変です、那由多さん!!西のパワースポットから、出ました!!』
「何がどれくらい出ましたか?ドット絵の様子を教えて下さい。」
『まだ分かりません。穴から触手が二本出ているだけです。徐々に触手がのびてますが、速度が遅くて全容が掴めません。』
「分かりました。では、また様子が変わったら連絡をお願いします。」
そう言って電話を切ると、那由多はヨーコに貰った干物を左手に持ったまま絵巻物を丸め、紐で綴じた。
綴じた絵巻物の背についている和紙の帯には、『神道那由多指南書』と書かれている。
そして、そのまま、ポットで湯を沸かしジャスミンティーを入れ直す。
部屋では自由に出来るはずのヨーコは、なぜかずっと那由多にくっついて飛んでいる。
那由多がカップを持ってソファに座り、テレビを点けると、ちょうど早朝のニュースが始まったところだった。
「ヨーコ、どうしたんですか?よだれが垂れてますよ?」
那由多はニュースを見ながら言った。
「なゆた、その干物食わないのか?食わないなら、やっぱりオラが……」
ヨーコがそう言って干物に飛びつこうとすると、那由多はテレビを見ながら干物を丸ごと口の中に入れた。
「ちょっと癖があるけど、なかなか美味しいですね。これ。ありがとうございます。」
那由多はヨーコの方を向いてにっこりと笑った。
「うぅっ、そうだゾ!!それは美味いんだゾ……!!」
那由多がヨーコで遊んでいると、もう一度、海崎から電話がかかって来た。
『出ました!!かたつむりです!!巨大な……かたつむりです!!』
『出ました!!かたつむりです!!巨大な……かたつむりです!!』
電話とユニゾンするように、テレビからニュースキャスターの声が聞こえた。
テレビでは、お天気お姉さんが大きな温度計を持ちながら
――そこに、中継画面の後ろの八百屋の壁から、突然のっそりと巨大なかたつむりが現れた。
お天気お姉さんの叫び声を聞きつけて、商店街の店々から続々と人が出てくる。
かたつむりは、ゆっくり動きながらも重みで八百屋のシャッターを破壊し、中に入ってキャベツを食べ始めた。しかし、商店街の人々からの一斉の塩攻撃を受けて、ジュージューと音を立てて水蒸気を上げながら、あっという間に干からびた。
『那由多さん!!まだ入口付近に居たはずのかたつむりが、突然消えました!!』
海崎が電話越しに叫んだ。
『なんと言うことでしょう!!突如現れた謎の巨大かたつむりを、六角町商店街の皆さんが、一瞬で撃退してしまいました!!』
中継をスタジオで見ているニュースキャスターが驚きの声を上げている中、商店街のパジャマ姿の住人達が、干からびたかたつむりを囲って記念撮影をしている様子が映し出された。
「……なるほど、確かに出る幕無しですね。それにしても、よくもこんなグロテスクな塊と一緒に写真なんて撮れますね。僕は画面で見ただけで吐きそうです。」
那由多はそう言って眉をひそめたが、ヨーコは目を輝かせていた。
「なゆた!!オラ、あそこ行っていいか!?」
「
「あれ、オラの大好物だゾ!!!あんなに大きいの、初めてだゾ!!さっきはなゆたにあげたんだから、あれはオラが食ってもイイだろ?なぁ、行ってもイイだろ?」
ヨーコは那由多に擦り寄ったが、那由多の顔色は青ざめていた。
「……まさか……さっきの干物って……かたつむりですか……?」
那由多はそのままトイレに掛け込み、小一時間
その間中、ヨーコはトイレのドアの前で、かたつむりの美味しさや風味、食感がいかに素晴らしいかを熱弁していた。
【キービジュアル】
https://kakuyomu.jp/users/Irohara_ito/news/822139836950841426
【キャラクター紹介:神道 那由多】
https://kakuyomu.jp/users/Irohara_ito/news/822139837007602390
【キャラクター紹介:天宮 珠央】
https://kakuyomu.jp/users/Irohara_ito/news/822139837276390428
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