第4話 鍛冶屋さん、あたしに石窯をください!

 重たい扉を開けると、隙間からもわっと熱気が顔に押し寄せてきた。巨大な炉が赤々と激しい。鉄の棒や剣が並んでいて、天井からは鎖や工具が吊るされている。


 カン、カンと響く鉄の音。力強く振り下ろされた槌が刀身みたいな大きめの鋼に当たると、火花が飛び散ってオレンジ色の光が漏れる。


 わぁ……これぞ、ファンタジーの鍛冶屋!


 思わず胸が高鳴る。目の前には筋肉質な背中。おお、マジの職人って感じだ……と思ってたら、振り返ったのは――


「ん?誰だい?」


 えっ⁉女性⁉


 しわがれた声を想像していたけど、返ってきたのは力強さが宿った澄んだ声。それにすごく身長が高い。肩と腕の筋肉はしっかりついてるし、焼けた肌とざっくり束ねた赤髪がすごく似合ってる。


 上半身はタンクトップ、ツナギの腕の部分を腰に巻き付けてて、すすで黒くなった部分も良い味を出してる。凛とした表情の彼女と目が合った瞬間、あたしは息を呑んだ。めっちゃカッコいい。


「あっ…あの……ここ、ガルネさんの鍛冶屋ですよね?」


「そうだよ。あたしがガルネ。で、あんたは?」


大地ダイチ リンです。ちょっとご相談があって……」


「相談?」


 ガルネさんは槌を置いて腕を組むとあたしをじろりと見下ろした。うわ、この視線、ちょっと圧ある。でも嫌な感じじゃない。


「リン…で良いかい?相談ってのは?…剣とか鎧を作ってくれ…ってわけじゃなさそうだな。」


「はい、えっと……ピザを焼くための石窯を作って欲しいんです。」


「……は?」


 はい、沈黙。


 そりゃそういう顔しますよね。ガルネさんは眉をひそめて、がっしりした手で髪をかきあげた。炉の火がパチパチと音を立て、あたしの心臓もそれに合わせてバクバクしてる。なんだかお姉ちゃんに怒られてるみたい…。


「……ピザ、って何だ?」


「そ、そりゃ知りませんよね。えーと…、丸い生地にチーズとか具を乗せて、石窯の高温で一気に焼く料理です!」


「丸い生地?チーズ?高温?」


「あっ、なんだろ……炉かな? こういう熱いので焼くんです!」


 あたしは慌てて石窯とピザの絵を描いて説明する。これもすごく鮮明に、すっごく正確に、すんごく早く描ける。


「あと、……ピザピール!」


「ピザピ……?」


 彼女はしばらく無言で私を見て――やがてふっと笑った。それから壁際の椅子を指す。


「そこに座りな。で、もうちょっと詳しく聞かせて」


「は、はい!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「……ピザってやつと石窯はわかった。そもそもなんでそれを作らなきゃいけないんだ?」


「それがですね……」


 あたしはルディオ侯爵から依頼を受けたことを説明した。


 侯爵がピザに興味を持っていること。ピザには石窯が必要なこと。市場のご夫婦がガルネさんを紹介してくれてたこと。あと費用は侯爵が持つってことも。


「なるほどねぇ……貴族様の道楽に巻き込まれたわけだ。」


「まあ、事情が事情でして…何とかお願いします!」


 頭を下げると、ガルネさんは天井を見上げて“ふぅっ”と息を吐いた。


 しばらくして口を開く。


「石窯自体は作れるさ。けど、問題は“熱源”だ。」


「熱源?……薪を使いたいと思っていたんですが…」


「たしかに薪が使えればそれで良い。だけど残念なことに、この辺りじゃろくに乾いた薪が手に入らない。上流階級や貴族様は別だがな。」


「え~っ!」


「仮に手に入ったとしても量が少ない上に、水分も湿気も多いから乾かすのに半年から1年かかる。」


「えぇぇ、そんなに!?」


「だから薪は貴重なんだ。他にも薪を使いたい人は町中にいる。」


 だからあの屋台のパン屋でパンが焼けないのか。


 あたしは頭を抱える。ガルネさんは肩をすくめる。


「だから普通の石窯じゃ無理だ。」


「……??普通じゃないのもあるんですか……?」


「……魔導鋼を使う。」


 うお、ファンタジーなやつきた。


「まどうこうって……なんですか?」


「魔術の効果を乗せることができる特殊な鋼だよ。普段は武器に使われていて、魔術で属性を付けられる代物だ。それを窯に張り巡らせれば薪いらずで熱源ができる。ただし――」


「ただし?」


「普通の火だと弾かれて熱が通らない。魔術師が扱う魔力の通った火じゃなきゃダメなんだ。」


「はぁ…魔力…。」


 ……なにそれゲームの世界みたい。いや、ここ異世界だけど。


 ……ていうか、魔導鋼を武器に加工して魔術を宿さなきゃいけない事情があるんでしょーか、異世界ここには。


「じゃあ、火の魔術師を探さなきゃいけないってことですか?」


「そういうこと。あたしは石窯を作れても、魔術はからっきしだ。」


「うわぁ……」


 どうしよう…ピザを焼くために鍛冶屋に頼んで、さらに魔術師まで探さなきゃいけないとか。


「ガルネさん、魔導鋼って高いんですか?」


「そりゃ高いさ。でも侯爵様持ちなら問題ないだろ。」


「なるほど、そういう意味ではラッキー。」


「ただし魔術師の確保はリンの仕事だよ。」


「……やっぱそうなりますよね。」


 あたしは天井を仰いだ。でもやるしかない。あたしだってパン屋の手伝いをしてたからプライドのプの字くらい持ってる。これはピザのためだ。あのモチモチ生地とトロけるチーズのためだ!


「よし……魔術師を探してきます!」


「おう。見つかったら作業を始めるよ。」


 あたしは立ち上がって、拳をぎゅっと握った。―――あっそうだ。


「市場のご夫婦が、ガルネさんは困ったことになってるって言ってたんですが、あたしに手伝えることはありますか?」


「…いや、…特に困ったことはないさ。」


「そう…ですか。わかりました…。」


 そんなはずない。ガルネさん、寂しい目をした。でもきっと今のあたしじゃ役に立てないんだろうな。


「じゃあその代わりと言っては何ですが…」


 さらさら~と、年季の入った工房で作業をしてるカッコイイガルネさんの姿を描いて見せる。


「へぇ~上手いもんだなぁ…。描いてくれてありがとな。」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「魔術師か・・・」


 帰り道に鍛冶屋の外観もスケッチしてきた。ここも地図に載せるんだ。


 ………えっ待って。魔術師ってどこにいんの!?すぐに来てくれるもんなの⁉

でもまぁいいか、明日ルディオ侯爵に聞いてみようっと。


 ――こうしてあたしの≪ファイアーウィザードスカウトミッション≫が幕を開けた。

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