第3話 ピザを焼くには石窯がいるらしい

―――異世界の朝。

 

 昨日の夜はすぐには眠れなかったけど、ゴロゴロ寝返りをうってるうちに眠れたのが、あたしらしいなぁ。


 宿屋の人が粗織りのシャツとゆったりめのズボンを貸してくれた。ピザ屋の制服のままだと完全に怪しい観光客だったから、だいぶマシになった……はず。


「さて……。」


 手鏡に映る自分を見ながら、深呼吸する。


「地図を描いて、ピザも焼く…か。」


 自分に言い聞かせるように呟く。

 ――と、そこに部屋のドアをノックする音がした。控えめなノックだけど、急に音がするとビックリしちゃう。


「はい!どちら様でしょうか!」


「失礼いたします。ルディオ侯爵より伝令に参りました。」


 おお、侯爵の使い!?

 ドアを開けると、若い兵士が立っていた。鎧が朝日に反射してちょっとまぶしい。


「はい、どうぞ。」


「侯爵より伝言をお預かりしております。以下の通り、お伝え申し上げます。本日は町の様子を見回り、自由に過ごしてほしい、とのことです。」


「あれ? ルディオ侯爵は……?」


「急な政務が入り、本日はお会いできません。しかし、明日の昼には必ず。あとこちらは硬貨です。これだけあれば今日は十分かと。」


 なるほど、そういうことか。なんだか拍子抜けしたけど、自由な

時間ができてちょっとホッとした。貨幣の価値はよくわからないけど…。


「そしてもう一つございます。地図を描いても良い。だが描けることを他言しないように、とのことです。」


 えっなんでだろ…。でもまぁ今はルディオ侯爵の言うことを聞いておいた方が良さそう。


「わ、わかりました!お伝えありがとうございます!」


「失礼いたしました。」


 兵士が去っていくのを見送りながら、あたしは小さく拳を握る。


「よし……じゃあやってみよう。」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 宿屋の扉を開けると、ぽかぽか陽気と風にのった花の匂いが優しく包み込んでくれた。フローラリア王国の名にふさわしい澄んだ香り。何度も深呼吸したい。馬車がすれ違っても人の往来の邪魔にならない大通り。間をぎゅうぎゅうにして建てられた石造りの家。城に向かってどこまでも続く屋台。てくてく歩いて行く。夏祭りみたいに美味しそうな匂いが隣についてくる。


 どこを見ても、異世界!って感じで少しずつテンションが上がる。その風景をいつものようにスケッチブックにサラサラと描いて行く。でも、あれ、なんだかすごく鮮明に、すっごく正確に、すんごく早く描ける。はっ…もしかして異世界に来た影響だったりして?


 この国のライフラインは元の世界ほど発達しているとは言えない。宿屋もランタンだったし、水もキンキンに冷たいわけじゃない。でも朝食のスープは温かかった。


 宿屋も民家も石造りだし…この電気が通っていない感じだとさすがにオーブンはなさそうなんだよね。となると―――石窯。石窯がないとピザは焼けない。あのカリッとした生地、香ばしいチーズ……全部あの高温で一気に焼き上げるからこそ、なんだよ。


「石窯かぁ…」


 そうだ、それしかない。家が石造りだから、作れそうではあるよね。でも、誰がどうやって!?

 

 そんなことを考えながら歩いていると、見覚えのあるまぁるい物体に思わず足を止める。丸く平たいパンの原型…みたいなもの。表面にハーブらしき葉っぱが乗せられていて、ほんのりと良い香りが漂ってる。


「これください!」


 試しに買って一口かじる。鼻に抜けたこの香りは…オリーブオイル!?この世界にもあるんだ。ていうか屋台で売られている食材が元の世界と一緒…。じゃあやっぱり…


「……これ、ピザ生地っぽい!」


 思わず声が出る。だけど全然火力が足りない。じゃなくてこれ…そもそも焼いてないんだ。発酵させた小麦粉をそのまま出してる。でもちゃんと甘味と塩味が口の中に広がって美味しい。ひ弱そうな男の店員が無表情で見てるけど気にしない。


 でもこれにトマトソースとチーズをのせて焼けばきっとピザになる。いや、絶対なる!実家のパン屋を手伝ってたあたしのカンがそう言ってる。


「よし、決まり……!」


 でもそのためにはやっぱり窯がいる。石窯を作らないと。どうしよう……。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 悩みながら歩いてるあたしに、美味しそうな野菜を売っている屋台のおばちゃんが声をかけてきた。


「あんた、どうしたんだい? 空見上げてうんうん唸っちゃって。」


えっそんなに唸ってた⁉


「あ、いや、ちょっと……料理に使う石窯を探してて…」


「石窯?窯ならパン屋にあるだろうけど……今は行っても無駄だと思うけどねぇ。」


 そりゃそうだ。パン屋の石窯は商売道具だもん。じゃあ、自分で作るしか……。


「でも窯って、どうやって……」


 そのとき、おばちゃんの後ろから声がした。旦那さんかな。


「窯を作りたいなら、鍛冶屋に頼むといい。」


 腰に工具を下げてる。日焼けした肌、がっしりした腕。きっと職人さんだ。


「鍛冶屋さんに?」


「ああ。街外れにガルネって鍛冶屋がいる。鉄や鋼のことなら詳しいし、金さえあれば炉や窯も作ってくれる。腕は確かだ。ただ、ちょっと困ったことになってるがな。」


 困ったこと……か。異世界ですな~。まぁ、費用はルディオ侯爵がなんとかしてくれるって言ってたし、とりあえず行ってみますか。


 情報をくれたご夫婦にお礼を言って、あたしは市場を駆ける。石畳を抜け、路地に入ると、少しずつ家並みが減っていく。遠くでカン、カン、と金属を打つ音が聞こえてきた。だんだん強くなる焦げた炭と鉄の匂い、そして熱気!!


 視界の先に、煙突が見えた。カン、カン、とリズムを刻む槌音。胸がドクンドクンと鳴り始めた。


「ここ……だよね。」


 工房の前に立つ。でも店の看板がない。分厚い木の扉はすすで黒く汚れているけど、どこか力強い。工房の熱風が押し寄せて、扉越しのあたしにまでその熱量が伝わる。思わずごくりと唾を飲み込んだ。


 まるでファンタジーの定番シーン。異世界ここに来てから既にいろいろあったけど“鍛冶屋に入る”って、こう……ちょっと胸が躍るやつじゃない?


「よし……行くぞっ」


 そう呟いて、あたしは扉に手をかけた――。

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