5. グルバト開幕

熱気のアリーナ

2148年11月2日 8時40分

冴木市 冴木市文化総合アリーナ


冴木市文化総合アリーナ。その巨大なホールには朝から人の波が押し寄せていた。

日本各地から選抜された旧文化研究会の学生たちが集い、

観客席には市民代表や行政関係者、そして好奇心に満ちた市民がひしめいている。

密集を嫌う市民がここまで一箇所に集まる事は珍しい。


ステージの上には、和食・洋食・スイーツの3部門を競う調理台が並び、

ライトが眩しく反射していた。


「……すごい人だな」

水無瀬湊が小さく呟いた。舞台袖から見える客席は、どこも満員だ。

文化の再生を願う人々にとって、この大会は単なる娯楽ではない。

失われた記憶を取り戻す儀式であり、未来への希望を確かめる場でもあった。


司会者が登壇し、開会の挨拶を告げる。

「全国大学対抗・旧文化研究会グルメバトル、通称“グルバト”。

 本日は日本各地から集まった学生たちが、失われた味を現代に甦らせます!」


歓声が上がる。スクリーンには大会のルールが映し出された。

「調理は旧文化資料に基づくこと。

 異能は補助に限り、工業的に再現可能なレシピであること。

 審査員は5名。評価基準は再現度、創意工夫、文化的意義、そして味の完成度――」


宮本はその言葉を聞きながら、胸の奥で緊張が強まるのを感じた。

異能 《スパークル・ダイヤモンド》で冷却を制御できるのは確かに強みだが、

最終的に判断されるのは「異能なしでも成立する味」だ。


派手さや魔法のような力ではなく、文化として根付く力。それを示さねばならない。


観客席には市民だけでなく、各地のメディアも詰めかけていた。

カメラのレンズが選手たちの表情を追い、

コトノハルではすでに「和食はだし対決か」「洋食は肉料理が本命」などの

コメントが飛び交っている。


スイーツ部門に関しては「白桜大学は地味なプリンらしい」という噂が流れ、

半信半疑の空気が漂っていた。


「観客の目がどう変わるか、楽しみだな」

篠森悠真が飄々とした声で言う。

彼の異能 《パーフェクト・パレット》は味覚を記録する冷徹な舌だが、

その言葉には期待が滲んでいた。


香坂璃音は端末を確認しながら淡々と応じる。

「華やかさでは博多や京都が目を引くでしょう。

 でも、審査は派手さだけじゃない。最後に“記憶に残る皿”を示せば十分勝機はある」


宮本は仲間のやり取りを聞きながら深呼吸をした。

客席からはざわめきが絶えず、舞台にはライトが降り注ぎ、熱気は増す一方だ。

自分の手の中にあるのは、ただ揺れる黄色のプリン。

地味で、素朴で、それでも確かに人々を繋ぐ力を持つはずの菓子。


「全員が納得するプリンを、ここで証明する」


胸の奥でその言葉を反芻すると、不思議と震えは収まっていた。


やがて司会の声が再び響く。

「それでは、調理開始です!」


観客の拍手と歓声が爆発する。戦いの幕が、今まさに上がった。

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