仲間たちの顔

2148年5月6日 18時20分

冴木市 白桜大学 冴木キャンパス西館B棟 調理実習室


研究会に入部して数日後、宮本梨花は「食文化分科会」の集まりに顔を出すことになった。

旧文化研究会の活動は幅広く、音楽班や建築班、紙本班など多様に分かれている。

その中でも食文化は最も人気が高く、同時に市民からの注目も集めていた。


部室の一角、長机に10人ほどの学生が並んでいた。

鍋や調理器具が机を埋め尽くし、棚には砂糖や粉類の袋、卵のパックが無造作に積まれている。

甘い香りと香辛料の刺激が入り混じり、ここだけは実習室というより台所に近かった。


「紹介するよ、新入生の宮本梨花さんだ」

篠森悠真が声を上げると、皆の視線が一斉に集まった。

緊張で背筋が固くなるが、水無瀬がにこやかに笑って手を振ってくれる。


「スイーツの新しい力、だそうです」

篠森の軽い調子に、場の空気が和んだ。


「よろしくお願いします」

宮本は深く頭を下げた。


最初に声をかけてきたのは、飴細工を得意とする2回生の女子だった。

「私は柚木。砂糖をどう扱うかが勝負の鍵になるの。

 特に温度管理が最重要ね」


続いて、調理台の向こうから背の高い男子が手を挙げた。

「3年の佐伯。俺は肉料理を担当してるけど、スイーツにも興味がある。

 甘いものと塩気を組み合わせたら面白いんじゃないかと思ってるんだ」


「私は粉物担当の真田。小麦粉の粒度を調整して、ケーキやパンを試作してるの」


一人ひとりの自己紹介が続く。

香りにこだわる者、見た目の美しさを追求する者、歴史的な献立を再現しようとする者。

専門も方法もばらばらだが、

共通しているのは「失われた食の姿を現代に蘇らせたい」という情熱だった。


やがて篠森が改めて宮本に視線を向けた。

「宮本の異能は《スパークル・ダイヤモンド》。冷却を自在に操れる。

 菓子作りにおいては仕上げの精度を大きく左右する力だ」


ざわりと小さなどよめきが走る。飴やゼリー、アイス、どれも温度管理が命だ。

そこに精密な制御を持ち込める存在は、班にとって大きな戦力になる。


「なるほどね、スイーツ班にはぴったりだ」

柚木が感心したように頷いた。


香坂璃音は冷静に言葉を添える。

「ただし、異能はあくまで補助。私たちが目指すのは“誰でも作れる”文化だから。

 そのことを忘れないで」


宮本は真剣に頷いた。異能は罠にもなる――そう学んだばかりだ。

けれど自分の力を否定するのではなく、必要な場面で使いこなすことこそ挑戦なのだと思えた。


ミーティングの終わりに、水無瀬が声をかけてくれた。

「ここではみんな、仲間だよ。肩の力を抜いて、一緒に試していこう」


その言葉に、宮本の緊張はようやくほぐれた。

胸の奥で、小さな炎がまたひとつ強くなるのを感じる。


「はい、よろしくお願いします!」


雑然とした調理実習室に、彼女の声が明るく響いた。

ここから始まる仲間たちとの挑戦が、やがて大きな夢へつながっていく。

――その予感に宮本は胸を躍らせた。

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