罪と贖い
2148年4月11日 18時40分
冴木市 白桜大学 冴木キャンパス 大サークル棟 旧文化研究会 部室
研究会の活動記録を読み返していた宮本梨花は、一枚の資料に目を留めた。
そこには「文化復元とは贖罪の実践でもある」と記されていた。
最初は大げさに思えたが、文献を追ううちに、その言葉の重みが胸に落ちてきた。
「異能禍」、または「異能パンデミック」直後。
――人々は生き延びるために、ある選択を迫られた。
致死的淘汰型異能。
――強力すぎるがゆえに宿主自身を死に至らしめる異能が発現するかもしれない者を、
共同体から切り離すという選択である。
隔離という痛みを伴った手段は、確かに多くの命を守った。
だが同時に「誰かを犠牲にする」という記憶を、社会に深く刻みつけた。
残された家族や子孫は罪悪感を抱き続けた。
匿名の慰霊碑や記録読み上げ式は、白央市の広場に今も残されている。
宮本はプリンの曖昧な味を思い返す。
全員が「これだ」と言えなかったのは、単なる技術的な限界ではないのかもしれない。
味覚を通じて人が共有するのは、記憶であり、感情であり、共同体の証だ。
その証が断ち切られたからこそ、今の社会は「復元」を通じて取り戻そうとしているのだ。
先輩の一人が語ったことがある。
「俺たちが旧文化を追うのは、ただ懐かしがってるからじゃない。
あの時代に背負った罪悪感を拭うためでもあるんだ」
宮本は静かに頷いた。
確かに、花火や紙本、駄菓子の復元は、単なる娯楽の再生以上の意味を持っている。
失われた文化を呼び戻すことは、隔離の記憶に刻まれた痛みを和らげ、
「私たちはまだ人間らしい共同体だ」と証明する行為なのだ。
調理実習室では今日も試作品が並んでいた。
カレーの鍋をかき混ぜる者、ケーキの層を整える者。
笑い声と真剣な議論が交錯する空間に、宮本はふと温かさを感じた。
ここでの営みは、世代を超えた贖罪の連続であり、過去と未来をつなぐ橋でもある。
「プリンを完成させることは、ただのお菓子作りじゃないんだ」
心の奥でつぶやく。
揺れる黄色を「本物」と証明できたとき、きっとこの社会の罪悪感の一部を癒すことができる。
宮本は匙を手に取り、曖昧な味をもう一度確かめた。
そこに欠けているのは、技術ではなく、記憶と感情を結び直す力。
文化復元はそのための営みであり、
彼女自身の挑戦は、その大きな流れの一部になるのだと強く感じた。
揺れる黄色の奥に、人間性を取り戻す未来がある。
――宮本はそう信じながら、再びノートを開き、震える字で「贖罪」と書き加えた。
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