第4話 諸悪の根源を討つ
「「おはようございます。先生」」
再び擬態をしたナオとクルミは入党してくる大川に挨拶をした。
「ああ。既に中には誰かいるのかね?」
「はい。みんな先生の当選が見たいかと思い、公正党員一同、衆議院議場に集まっております」
「む? 全員呼んだのか? 側近のみでいいと伝えたはずだが?」
昨日ミズキのスマホには限られた人のみに召集をかけるようにと大川からメールがきていた。しかし執行においてそれでは困るので、適当な理由をつけて全員を呼び出したのだ。
「ですが、この晴れの日に少人数だけではお祝いするのにもったいないと思いまして」
「そうか。そういうことならまぁいい。今日は記念すべき日だ。国民に政権を握るのは誰かをはっきりと示さねばならん。大人数ならそれはそれで権力の誇示になるしな」
通路を折れると、ミズキは後ろで国会議事堂の扉を閉めて鍵をかける
これで邪魔は入らない。そう確信した。
衆議院議場に到着すると、中央には大川専用の席が用意され、他公正党議員も周囲に座っていた。
大川が椅子に座ると間もなくして開票が始まった。それはここから少し離れた別会場にて行われ、全員がモニターでその様子を見ている。もちろん大川には終始ここにいてもらわなければならないので、終了までは不正票問わずにそのまま開票し放送させ続けた。
しかし、全てが終わった後にはROOが裏で動いた結果が放送されることになっている。
「終了まで残り僅かとなりました。依然優勢は公正党で党首の大川議員を含む何人もの当選確定者が出ております。しかし比例票による議席の獲得もあるので、まだ分かりません」
とキャスターが画面のむこうで言う。
「もう我々で決まりだな」
「ええ。しかしどうせですから、新生党が敗北する様子まで見てはいかがです?」
「それもそうだな。政権を獲った後のインタビューでも考えておくか」
「はい。国民の誰もが先生のお顔を見たいと思います」
当選確定の大川がここを出ようとしたのでケイが口実を用意して引き留めた。
いよいよ全ての開票が終了し、ついに結果の表示の瞬間が訪れた。しかしそれは執行開始の合図でもあった。
「たった今全ての開票が終わりました。最終結果はこちらになります」
「ふん。見るまでもない。これからは我々の時代だ」
そして映し出された画面には当選者の名前が並び、各党の獲得議席数もあった。そんな中で、大川を含めた全ての公正党議員が目を丸くしてざわめいた。
「この度、新生党が政権を獲りました。議席数も過去最大となり、対して公正党は当選者、議席数共にゼロ。……え? ゼロ? これはいったい……?」
キャスターもそうは言ったものの、途中まで優勢だった公正党の獲得議席が無くなっていることに戸惑っていた。
すると、突如画面が切り替わり、全ての世帯や人々に向けてナオとクルミが手に入れた公正党の汚職や不正に関する情報、非人道的行為の証拠が一気に放送された。
裏でROOが動き、結果発表と同時に全SNSとメディアで全世界に向けてその悪行を拡散したのだ。
「こういうことですよ。大川議員」
この空間に一発の銃声が響いた。その場所には党員の一人が頭から血を流して倒れており、その源ではケイが拳銃を持っていた。
「大川議員、公正党のみなさん。数々の汚職発覚と犯罪行為、未来の国家衰退の元凶となるため、執行します」
そしてもう一人を銃で仕留めるケイ。それを見た議員達は恐怖に駆られてこの場から逃げ出していった。しかし、ケイはそんな彼らの頭を次々と撃ち抜いていき、くしくも室外へ出られてしまったならば追いかけて鉛弾を浴びせた。
そうしてケイと他議員達が去った衆議院議場には、もうミズキと大川しかいなくなっていた。
「君は、いや君達は本物ではないのだな。ならば二人は死んでいるか監禁か」
こんな状況でも大川は不思議と冷静だった。
「逃げないんだね。死ぬのが怖くないの?」
「死ぬ、か。怖くないね。それよりも、俺が政権を獲るはずだった今日をめちゃくちゃにしてくれた責任を取ってもらおうか。そうだな。君達を殺して新生党の陰謀論を流し、金と権力で選挙のやり直しからいこう」
直後大川は隠し持っていた銃を抜き、ミズキに向けて撃った。だがミズキは易々と回避し、即座に撃ち返した。
ケイが戻るまでは殺さない。その意思の下、弾は大川の右脚に当たった。
「いい反応だ」
しかし彼は痛がるどころか、余裕の表情を浮かべている。
続けて左脚、両肩関節と次々に射抜くもその表情は変わらない。むしろ、にやぁと不気味な笑みすら浮かべていた。
「やっぱり体をいじってるみたいだね」
「ふむ。もはやここで死ぬ君達だ。言ったところで無駄だろうが、冥途の土産に教えてやろう。俺はもう人間ではないのだよ。最新の科学技術と人間の融合―アンドロイドというのかな。俺はその肉体を手に入れた。だから普通の人間では殺せない。それに―」
次に大川が撃った弾はさっきとは比べ物にならないくらいに狙いが完璧だった。それはミズキの横腹を貫いた。
「ここには高い演算能力や肉体の動きを飛躍させるチップが埋め込まれている。人間の動作を超えた動きを可能にし、やろうと思えば戦闘に特化した身のこなし方も出来る。君達生体の動きを予想でき、常に先手を打てるんだ。最高の体だろう?」
大川は自分の頭を指差し、全能感にでも浸っているかような恍惚とした顔で話し続けた。
「おっと、そうはさせないよ」
ミズキが頭を撃ち抜こうとしたところ、銃を持つ右手を弾丸が掠めていった。
「人の話は最後まで聞くものだ。年長者からそう教わらなかったのか?」
「生憎、そんなくだらない話を聞いていられるほど気が長くないんでね。知ってる? 歳をとった時に若者にしてはいけない三つのこと。昔話と自慢話、それと説教なんだってさ」
直後ミズキが床を蹴った。銃では避けられると判断して短刀を抜いた。
まもなくして二人の距離が一気にゼロになりミズキによる怒涛の剣技が炸裂する。
大川はその一つ一つの攻撃を避け、手に持つ銃の腹で容易くいなしてみせる。そしてミズキの一撃が大川の体のすぐ横を通り過ぎた直後、銃口が至近距離でミズキの眉間に合った。
「さよならだ」
直後銃声が響いた。だがミズキは人間の可動域を超えた首の反り方と、異様な反応速度で避けてみせた。そして完全に虚を突かれた大川の右腕へ下から刃を走らせ、肘から先を一気に切断した。
「くっ……まさか君も……」
さすがにこれは効いたのだろう。大川の表情が険しくなり、腕の断面にはビリビリと電気が発光し血のような液体が流れ落ちていた。
「そう。これから死ぬあなたに言っても無駄だろうけど、私ももう人間じゃないよ。でもあなたみたいに汚れていない。あと、あなたよりも優秀よ。同じではないから」
いくら弾丸とはいえ
その時、ミズキの表情とこの場の空気が変わった。
「でも頭を撃ち抜けば死ぬんだろう!」
HNの頑丈性を当然理解していない大川が再び引き金を引いた。最高の演算能力を有した狙いが外れることは無いと確信して。しかしそれはあっけなく躱された。
「なぜだ? なぜ当たらない?」
それからも躍起になって弾を撃ち続けた。空薬莢が床に散らばり続けるが一つとしてミズキを捉えることはなかった。
そしてついにその銃声が静かになった。
「さっき自分で言ってたでしょう? 生体の動きが予想出来るって。裏を返せば、相手が生体でなければそれはただのガラクタになるということだよ」
「くそォッ!」
大川は再びナイフを抜いてそのまま突進する。そしてそれがミズキの腹に突き刺さると
「何をしても無駄。あなたはここで死ぬの。どれだけの金と犠牲者を出して体をいじっても私達には勝てないんだよ」
ミズキは大川の腹に渾身の蹴りを入れて後方へ吹き飛ばした。人間なら肋骨が折れ内臓が破裂している強烈な一撃だ。だがアンドロイドの大川は怯むだけだった。
「大川。最後に聞きたい。このままじゃこの国は終わる。お前はこの国を世界へ、未来へ繋げたくないのか?」
「未来だと? そんなもの、とうの昔に諦めたわ! 俺達が、君達が、たとえどんなに足掻いてもこの国の未来は変わらない。だったらせめて俺らが平和に安定して過ごせる国を続けていく。そうすれば上の世代が味方に付き、多数決文化の下で都合のいいように国をコントロール出来る。お前ら若者はただ従い、死ぬまで国の養分として働き続ければいいんだ!」
唾棄すべき答えが返ってきた。上がこれだからこの国は変わらないのだろう。心底そう思った瞬間であった。
すると、ミズキの後ろの扉が開いた。
「もう終わりですよ。あとはあなたしかいません」
「遅いよ、ケイ。来る前に終わっちゃうところだったよ」
他の公正党員の執行を終えたケイが戻ってきた。
「怪我……そんなわけないか」
ケイの服の所々には血が付いていたが、ミズキはそれを心配には思わなかった。
「当然。この程度で苦戦する僕じゃないですよ。でも、いくつか貰っちゃいましたけど」
表からは見えないだけで怪我をしているようだったが、余裕の表情を見せた。
そして二人は標的である大川をその目に捉えた。
「嘗めるなよ、ガキ共。俺はこの国を治める偉大な男。こんなところで死んでいいわけがない!」
大川は室内の柱を乱暴に叩くと中からはM4カービン、軍用小銃が出てきた。そして二人に焦りと悪意の満ちた顔が銃口とともに向けられ、まもなくして無数の銃声がこの空間を支配した。直後、二人は左右に分かれるようにして地面を蹴った。
「なんて物持ってんだ」
二人が避け続けた地面や壁にはおびただしい量の弾痕が刻まれていった。
「ケイ。奴はアンドロイドだよ。頭のチップを破壊しないと死なないよ」
「分かりました。では無力化して一気にやりたいです」
鉛の雨の中でも二人は冷静だった。そして避けながらでも反撃のチャンスをうかがい続けた。
大川によって放たれる弾丸はもちろん二人を捉えることはなく、止めどなく空薬莢が音を立ててその足元に落ちていった。幸いなことに大川の銃はその一丁しかないので、一人を狙っている間にもう一人が確実に距離を詰めていくことが出来た。
するとミズキとケイ、いや、ナオとクルミの頭に不思議な光景が過った。
―
―もちろんだ。俺と西野でこの国を未来に繋げるんだ。
「お父さん……?」
いつかの二人の会話だった。
なぜ今そんなものが頭に浮かんだのかは分からない。でもお互いにこれだけは分かった。
私は二人でこの国を変えるためにこの男を執行する運命なのだと。
「ナオさん!」
「クルミ!」
二人はいつの間にかナオとクルミに顔が戻って声を掛け合っていた。そして互いに頷くと、二人は短刀を抜きさらにスピードを上げて大川に迫った。
「おのれおのれおのれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
そんな暴走小銃もついに弾切れを起こした。すると今度はその銃を縦横無尽に振り回し始めた。だがそれは大川の残った腕ごと弾き飛ばされて宙を舞った。
「そんな……」
直後その鬼気迫った二つの顔に恐れを成して逃げ出そうと背中を見せた。だが
「逃がすわけがないでしょ!」
まるで疾風のように大川の両脇を通り過ぎた二人。その刹那、彼の脚が股関節から切断され、その衝撃で肉体が宙に浮いた。
まるで時間が止まっているかのような感覚だった。さらに追撃として、一瞬にも満たない時間でクルミが大川の首を刎ねた。
「ナオさん! 今です!」
弧をかいて空中を舞うその首をナオは
「これで終わりよ!」
と十字に一気に切り裂いた。
四等分にされた頭が地面に落ちた音がした。
そして砕けたチップが中から露出して大川は完全に沈黙した。直後二人はやっと時間の存在を思い出した。
二人はしばらくの間放心状態となり、物言わぬ屍となった大川の肉体を何の感情も無くただ視界に入れていた。そして少ししてやっとナオが口を開いた。
「……終わった。お父さん。やっと終わったよ」
そう言ったナオの顔は、半分だけクルミが見たことのない女性の顔になっていた。そっちの瞳からは涙を流し、ナオの顔の方は達成感に満ちていた。
散らばったガラス片の中にクルミも顔の半分が友花になった自分を見た。そして友花の方もまた涙を流していた。
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