第5話 見つけた本当の姿
―ケンタ―
登校して自分の席に着くケンタ。
周囲を見渡すと、昨日の会長なる人はいなかった。しかし彼の机には教科書が置いてあるので休みではないようだ。
ケンタは教室を出ると、昨日不思議に思っていた体育館周辺の整えられていない木々の場所に向かった。廊下からではそこがどういう作りになっているのか詳細が分からなかったけれど、ケンタは直感的に何かあると思っていたのだ。
道中、やたらと体の大きな女性教員が目に留まった。彼女は数人の若い人を引き連れて前から歩いてきたので、ケンタはぶつからないよう廊下の端を歩くが
「邪魔」
と言われてしまった。
人一人分以上は十分に距離を空けたはずである。というか、それは生徒に言う言葉なのかと思って通り過ぎるのを確認してから振り返った。
するとその姿がデータのとある人物と一致した。また、ケンタの視界には廊下に出ていた他の生徒達がみんな壁に背中を付け、彼女が近くに来たら綺麗に頭を下げているという光景が入った。
なるほど、こいつが生徒指導主任の藤原か。
ケンタはそう確信した。しかし今は藤原の相手をせずに目的地へ移動した。
到着すると、そこには数人の人が集まっていた。その様子を物陰からこっそりと見ていると、中心では一人の男子生徒が傷だらけでうずくまっていた。
「もうすぐ先生が来る。そうしたらお前は終わりだ。生きたければ心を入れ替えるんだな」
「そんな、あたしは……」
「お前は男だろうが! 男は自分のことをそう呼ばないんだよ! 男は男。女は女だ!」
そう怒鳴りつける男は彼へ暴行を働く。それに続いて周りの五人も蹴り始めた。
この場所だけ木々が整備されていない理由が分かった。ここでこんなことが起きていてもどこからも見えないからである。
ケンタは彼を助ける前に証拠写真を撮り、盗聴器の電源も入れた。
準備が整ったところで彼らの前に出て行こうとした丁度その時、まだ遠いが背後から足音が聞こえてきた。
彼らからは見えない物陰でも後ろからでは見えてしまう。だからと言って他に隠れられる場所はない。そこで仕方ないとケンタは
「あら。精が出るわね」
間一髪で木に擬態した。
もちろん見つかることはなく、自分のすぐ目の前を通り過ぎていった人を見て驚いた。
「あ、
「ええ。よくやってくれたわ。私の可愛い生徒達」
彼らの所業を注意しにきた―ようには見えず、むしろそのまま顎で指示を出すと周囲の彼らが再び暴力を始めた。その様子を二人とともに見ている男がいた。
「会長。彼はこの学校の汚点よ。伝統と格式のある我が校において、他を害する思想の人はいらないの。ましてやLGBTQなんてもってのほか。彼は男。それ以外の何者でもないわ。こんなのを許しては別の、また別の思想が出てきて世間に顔向け出来ないわ」
「心得ております。彼は僕達の手で必ず更生させます」
「ふざけないでよ…… どうしてあたしは自分に正直になってはいけないの? 体は男だけど心は女よ! どうして自分を押し殺して生きていかなきゃいけないの!」
怒りや不満に満ちた顔と声が標的二人と会長に向けられ、直後彼の顔面に強烈な蹴りが飛んだ。追い打ちで殴りかかろうとした会長を御影が制止させた。
「どうして? それは簡単よ。若者にそんな権利なんて無いから。あなたみたいな人がいると男女の結びつきが減って出生率が下がるの。それは何を意味するか。私達年配者に年金を納める人が減って生活が辛くなるの。君達若い子は私達の養分なのよ。養分には自我なんていらないでしょう? 死ぬまで働いて私達を養っていく義務があるの。分かる?」
そんなことを聞いているこの場の生徒達は特に何も言わない。それは不満を抱いているものの仕方なく我慢をしているとかではなく、自ら進んで何も言わないといった様子である。
それらは間違いなくこの学校に洗脳されたと言える光景だった。
「そんなのあたしは認めない。あたしはあたしだ。あたし達を養分扱いするのは間違ってる。こんなの許されるわけがない! 訴えてやる!」
「それが許されるのよ。だって私達が何をしてもあの方が守ってくださるから」
ケンタはその言葉を聞き逃さなかった。そして、そのあの方とは誰だろうと考えた。
「それで、どうする? 今すぐに心を入れ替えて従順な学生に戻るなら今日のことは不問にしてあげるわ。でもそうしなかったら、分かるわね?」
御影の顔に殺意が宿り、それを察した会長含む生徒達は中心の彼へ一層詰め寄った。
「あ、やっと見つけました。御影校長、石川教頭。お客様がおいでです」
今まさにケンタが擬態を解いて前に出ようとした丁度その時だった。
背後から聞こえた女性の声。そこに全員の視線が集中した。
「あら、中村さん。自分の仕事があったはずじゃない?」
「終わっちゃいまして。あれ、その子怪我してるじゃないですか。私が保健室に運びますからお二人は応接室へお願いします。お偉いさんみたいです」
ココミがそう言うと、中心の彼を支えながら保健室へ歩いていった。
「ちっ。会長。後のことはお願いするわよ?」
「はい。全てお任せください」
それから御影が石川を連れてこの場を去っていくと、他の生徒達もここを去ろうとした。しかし
「あれ? もう帰っちゃうの?」
と今度はケンタが擬態を解いて彼らの前に現れた。
「矢嶋君か。どうしたんだい? こんなところまで僕を探しにきてくれたのかな?」
「いや、昨日この場所のことを会長に聞いたらあまりしっくりくる答えを言ってくれなかったから、自分で確かめにきたんだ。そしたらまさかこんなことに使う用途があったなんて知らなかったよ」
ケンタはさっき自分が見たものを撮影したスマホの映像を全員に晒した。
「全生徒の手本になるはずの生徒会長ともあろう人が、まさか徒党を組んでこんなことをね。しかも校長と教頭は黙認どころか裏で糸を引いてる感じだったし」
すると、六人の内の一人が会長の目配せを察してケンタに襲い掛かった。しかし彼は一瞬にして首から鈍い音を出して地面に倒れた。
「大丈夫。殺してはいないよ。少し気絶してもらっただけ」
恐らくこの人達は自分を始末する気だろう。
そう察したケンタは、挑発的且つ冷たくも鋭い眼光を向けた。
「この映像。こっちで上手く使わせてもらうね。君達の処遇も未来もお察しになるだろうから、まぁ、おつかれさん」
「くそっ! ここで終わるわけにはいかねぇ。全員でやるぞ。殺したって御影がどうにかしてくれる」
美少年のメッキが剥がれた会長のその一声の直後、残りの人達がケンタに襲い掛かった。もちろん一般人のそんな策にやられるケンタではないので、会長を残して他全てを一瞬にして地面に沈めた。まもなくして会長はうつ伏せに組み伏されてケンタの椅子になった。
「大丈夫。この人達も殺してはいないから。まだ利用価値のある悪ガキ共には然るべき場所に行ってもらうんだ。ねぇ会長。俺知りたいことがあるんだけど、御影が言ってた、あの方って誰のことか知ってる?」
「し、知らない」
「本当に?」
ケンタは躊躇なく会長の指を一本折った。無論、悲痛な声と鈍い音が鳴った。
「この場所は何かあっても他から見えないからいいよね。それで、あの方って誰?」
「本当に知らないんだ。もう許して……もう二度とこんなことはしないから……」
恐怖に染まった顔で許しを乞う会長。
「駄目。御影の下についてた時点で有罪」
直後会長の首に延髄切りを入れて気絶させた。そして、静かになった体育館裏でケンタはある人に電話をかけた。
「お疲れ様です。ナオ嬢」
「おつかれ。今はケンタって名乗ってるからよろしく。で、竜司さん。国立柳中学校の体育館裏に活きのいい悪ガキが六人いるから、海でも山でも好きなところに運んでほしいな」
電話の相手は
「分かりました。清掃員に擬態してすぐに向かいます」
「うん。ありがとう。一応こっちで手足を縛っておくから、途中で目が覚めても大丈夫だと思うけど、何かあったらその時の判断は任せるよ」
「了解です。それでは」
通話が終わると、彼らの手足を縛り、声が出せないように口にはテープを貼っておいた。
「これなら別で派手に動く必要もなくなったかな。多分この後はココミが大変になりそうだけど、これも経験だ。上手くやれよ」
ケンタは校内に戻ると何事も無かったかのように授業の準備を完了させた。
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