第2話 驚愕の強さ
「もっと狙って。そうそう」
クルミの擬態と演技が予想以上に早く修得出来たので、二人は次の日の午後からは戦闘訓練をしていた。
今は実弾を使った射撃訓練で、リアトリス地下にある完全防音の射撃場に来ていた。当然のことながら本物の銃なんて撃ったことがないクルミは、反動やら狙いが定まらないことに苦戦していた。
何発もの銃声が響くわりには的の中心に当たらない。ただ、完全に見当違いのところばかりに命中するのではなく、ボードの外枠に近いところは捉えていた。
「手が痛いですよ」
「そりゃね。でも少しずつ当たるようになってきたね」
撃ち始めて数時間。
最初は撃てどもボードにかすりもしなかったのが徐々に当たり始めていた。
それから少しの休憩を挟んでから再び撃ち続けるクルミ。そんな彼女の足元にはいつの間にか空薬莢の山が出来始めていた。
地下ゆえに時計を見ない限りは夕方か夜かは分からないので、文字通り時間を忘れてひたすらに引き金を引き続けた。もちろん闇雲且つがむしゃらに撃っているわけではなく、一発一発を集中して回数を重ねながら微調整をし続けていた。
それを黙って見続けるナオは時折アドバイスをするが、時間とともにクルミが上達していくのでそれも減っていった。
「あっ。ナオさん。あれ!」
「やったね」
そしてついにボードの中心を撃ち抜くことに成功したのだ。
「まだやってたの?」
そこにミヤコがやってくると、クルミはここで初めて時計を確認した。するともう深夜一時を過ぎていた。
「ミヤコさん。クルミの集中力と物覚えは凄いよ。見ててみ?」
ナオは遠くに新しいボードを用意すると、クルミに目配せをした。
そしてマガジンをセットし直したクルミが十発ほど撃ちこんだ。それらは全て中心円のほぼド真ん中を撃ち抜き、十の弾丸により向こう側が見える程に穴が広がっていた。
「凄いじゃないの!」
これにはさすがのミヤコもびっくりである。
「でしょ。普通なら半日でここまで出来ないって。ちなみに弓とかそういう何かを狙う系のスポーツをやってたかって聞いたら、まったくの未経験なんだって。もしかしたら才能かもしれないよ?」
ナオはまるで自分のことのように喜んでいた。
「クルミちゃん。よく頑張ったわね。素直に凄いわ。私でもナオちゃんでもここまでになるのには数日かかったのよ? これは将来有望ね」
「ありがとうございます。ナオさんの指導のおかげです」
と照れながら言うクルミ。
「クルミ。時間も時間だから今日はここまでにしよう。明日は組手とか近接格闘系ね」
「分かりました。あ、でもこれだけはやってみたかったのであと一発だけいいですか?」
いいよ。と言われてクルミが再び銃を握って構えた。すると、その外見が変化して白髪交じりの眼鏡をかけたダンディな外国人のおじさんに変わった。
そして静かに狙いを定めて一発だけ引き金を引くと、それは見事に中心を捉えたのだった。
「ありがとうございました。満足です」
そう言った時にはもう外見が戻っていた。
「うん。ところでさっきのおじさんは誰だったの?」
「え? あれですよ。少し前に有名になった無課金の射撃おじさんですよ。銃を持ったのでせっかくだからやってみたんです。大満足です」
「そ、そう。それなら良かった」
嬉しそうな顔をするクルミに対してナオもミヤコも笑って受け流すしか出来なかった。
「集中したらなんかお腹が空きました。ミヤコさん、何かありますか?」
「そうねぇ。ウイスキーにする?」
「それはこれからミヤコさんが飲むものでしょう」
そうでしたと手を自分の頭に可愛いくこつんとするミヤコの手には既にウイスキーのボトルが握られていた。
「だったら、ミニチョコバナナパフェでも作ろうか?」
「それ食べたいです」
「ナオちゃんは?」
「私はうどんがいいから自分で作るよ」
「いいって。同時に作れるから。上に上がって食べるわよ? 私はお仕事終わりの晩酌。二人もいてくれるから、今日は一層美味しく飲めそうよ」
三人は閉店したアイリスのカウンターで食べ、飲み、夜が更けていった。
***
次の日も午前中から地下で柔術や剣術、その他諸々の喧嘩殺法の訓練だが昨日の射撃訓練とは違って上手くいかない様子だった。
「クルミ。遠慮しちゃ駄目。一瞬の躊躇が大きな油断と隙に繋がるんだよ?」
組手の相手はもちろんナオである。だからというわけではないが、クルミの拳や体術に勢いがなかった。自身の体重も力の強さに比例するわけで、その乗り具合も良くない。
そうこうしている内にナオのカウンターがクルミの腹に入った。手加減してもらっているとはいえ、潜り抜けてきた場数が違う分一撃が重く、肺の空気が一気に吐き出された。
「うーん……どうしたものかねぇ……」
開始して二時間。ナオはさすがに困り顔である。
「ナオさん。もうちょっと手加減をしてくださいよ…… 昨日のパフェが出そうでしたよ」
「これくらいの衝撃を耐えられなきゃ、実践で一撃食らって即退場もあり得るよ?」
「そんな……」
クルミはどうにか息を整える。もちろん止めようなんて思わなかった。来たる柳中学校への潜入のために今一度真剣に構えた。
「ねぇ。クルミ。もしかして相手が私じゃやりにくい?」
「そんなことはないですけど。ただ、力の入れ方とか体重の乗せ方が分からないというか。もしかして無意識に躊躇ってしまっているのかもしれないです」
「なるほど。でももう時間がないし、多少荒療治だけどこういうのはどうかな?」
するとナオの顔がいつかの三橋になった。
「西野さん。こんなことも出来ないの? 全く、最近の若者は使い物にならないわね」
「凄い。その憎たらしくて鬱陶しい感じが完全に三橋部長ですよ」
「感心してる場合じゃないのよ。とりあえずはこのままでいくから、虐げられてきた三橋への恨みでも何でも込めて殴りかかってきなさい」
「分かりました。その顔なら殴りやすいです」
発言に問題がありそうだが、ナオはあえて何も言わなかった。
「それじゃ行きますよ!」
すると、ナオへ放たれた拳がさっきとはまるで比べ物にならないくらいに鋭く、力強く重いものへと変貌した。いきなり顔面を狙ってきたそれをナオは難無く躱すが、躱した先には既に別の拳が迫っていた。しかしそれもどうにか躱す。
「くっ……」
「これ凄い。凄いです! 相手の顔が変わるだけでこんなに力が出るなんて」
疾風のような打ち込み。教えられてもいないのに脚はステップを踏み、都度発見した隙へ容赦無く拳を叩きこんでいくクルミ。
皮一枚で攻撃を避け続け、ガードをしながら反撃のチャンスを窺うナオ。そんな中でクルミの顔を見ると、なぜだか不気味に笑っていた。
次の瞬間、一切の容赦のない一撃がナオの溝内に入り、今度はナオが腹の中の空気を吐き出してしまった。これにはさすがに距離を取ろうとするナオ。しかしそれすらも読んでいたクルミはそれを許さなかった。それからも自分の間合いから出さないようにぴったりと付き、雪崩のような拳をナオに浴びせた。
逃げられない。そう判断したナオは
「これならどう?」
と攻撃のために伸ばされたクルミの右腕が完全に伸びきった瞬間、ナオはそれを自らの脇に挟むと、直後―
「あァァッ!」
二人の間に鈍く、堅い物が折れる音が響いた。
「ナオ…さん……これはちょっと……」
ナオはクルミの右腕を肘から折ったのだ。その衝撃でクルミはその場にへたり込んでしまった。
「大丈夫。
クルミは人間の時でも骨折なんてしたことがなかった。だから自分の肘が曲がってはいけない方向に曲がっているという光景にショックを受け、うつむいたまま言葉を失った。
文字通りクルミの戦意が折れ、それを察したナオは顔を戻した。
「クルミ?」
ナオはだんまりになってしまったクルミを見て少し大人げなかったなと思い
「ごめん。少しやりすぎた。その……クルミが予想以上に強かったから。だからその……」
ぽつりぽつりと言葉を重ねてはクルミの反応を窺う。しかしどんな言葉をかけても返事をしてくれないクルミに、ナオは反省しつつその目の前にしゃがんだ。すると
「ナオさん……」
「ん?」
「隙ありっ!」
やっと口を開いたかと思えば、しゃがんで体勢の悪いナオに覆い被さるようにして後ろに倒したのだ。ちなみに肘は治っていた。
「どうせなら私にも一回やらせてください…よッ!」
完全に組み伏したナオを腕十字に捉え、自らがやられたのと同じ右肘を一気に折った。
「骨を折る時の感覚ってこういう感じなんですね。初めて知りました」
「そう楽しそうに言うなって。さっきもだったけどその不気味な顔、狂気に見えるよ?」
クルミの勝ち誇った表情と少しばかり恍惚とした雰囲気にナオは率直な感想を述べた。
腕が解かれると二人は空腹に気が付き、上に上がってクルミの部屋で食事をする。
「骨折しても痛くないなんて、だからあの時灰皿をぶつけられても余裕だったんですね」
ナオが高橋智哉として古巣に勢いよく頭に灰皿を投げつけられた時のことである。
「まぁね。生き物じゃない以上は痛覚もないからね。極端に言えば、足がもげても平気だよ? 治せるからやってみる?」
「いえ、遠慮します」
「というか、私は平気だけど、クルミは食事中に物々しい話をして平気なの?」
「全くもって余裕です。なんならグロ系映画を見ながらでも生食いけます」
神経が図太いというかなんというか。一説にはこういう類の話を食事中にされるのが嫌な人は女性よりも男性に多いらしい。だからというわけではないが、クルミは余裕の表情でコンビニ弁当を食べている。
「思ったんですけど。ここまでチート級のHNって死ぬことはあるんですか?」
「死ぬというより、壊れるって言った方がいいのかな。まぁどっちでもいいんだけど。一応あるよ。でも今までその場面に遭遇したことがないから本当かは分からないけど、聞くところによると、頭を潰されると死ぬらしい」
「首が飛んだらアウトなんですね」
「いや、それでも物理的に断面を接触させると再生出来るみたい。文字通り、頭を再生不可能なくらいに潰すしかないみたいよ」
ナオの話す様子から今までHNが死んだ例が少ないことが分かる。それほどまでに強力な存在を作った
「
「そういうことなら確かに頭を潰されたら終わりですね」
「そうだね。まぁでも、灰皿を投げられたり人間による物理的な力じゃ潰れないように超強力な外殻に守られてるから平気よ。乗り物とか機械の力でやられたり、それこそどこぞの映画みたいに溶かされたりしたらアウトらしいけどね。あ、でも水圧は平気らしい」
人間ではHNを殺せない。唯一殺せるやり方があっても、自分達が気を付けていれば余裕で回避出来てしまう。そんなまさにチートな存在を頼もしくも思えば、人類にとってこれが増えることは実は恐ろしいことなのではないか?と思ったクルミ。
でも、だからこそこの強靱な体には相応の使命があるのだとも思った。
「この圧倒的な力は未来を作るためのもの。最初こそ外見や執行に良い気はしませんでしたけど、自分達が将来の人達の助けになっていると思うとやる気が出てきますね」
「でもまだクルミは実際に執行してないでしょ? 大体みんなは最初の一人目を躊躇してしまうの。あと、執行した後はその感覚が手や心に残って二度とやりたくないっていうHNもいるから、クルミはどうなるんだろうね」
「それはやってみないと分かりませんね。でも、次の潜入の話を聞いた時に二人の前で、自分に殺しをさせてほしいと言った以上は許可を貰えればもちろんやる覚悟です」
昨日といいさっきといい、本当は自分は強いのだと知ってしまったがゆえの自信の現れだった。だからこそナオは心配していた。
「張りきるのはいいことだけど、最初から自信満々だといざという時に足元をすくわれるから気を付けないとね」
もちろんです。と言うクルミの顔は嬉々としていた。
「食べ終わったことだし、午後は刃物を使って剣術をやっていくからね」
「はい。お願いします」
そして二人は再び地下へと戻っていった。
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