第3章 因縁の潜入先

第1話 HNの仕事の意味

「それで、次の潜入先はどこ?」


 次の日にはもう次の潜入先がROOルーから伝えられ、ナオとクルミは地下の一室へ案内されていた。


「ふむ。そうだね。資料を渡すから見ながら話そうか。あとカクテルも」


 ちなみに今は夜なので二人の前に座っているのはミヤコではなくヤゴである。

 ナオにはアプリコット・サワーを、クルミにはアイス・ブレーカーを作り、資料とともにテーブルに置くヤゴ。


「前も思ったんですけど、意味深なカクテルを出しすぎじゃないですか?」

「こちらから用意するカクテルはその場に適したものを。これが俺の美学なんでね。それよりも、クルミさんは元からカクテル言葉も知っているんだね。頭脳明晰で素晴らしい」

「まぁ、ヤゴさんはこういう人だから諦めて。あ、HNヒューマノイドね」

「わざわざ言い直さなくていいですよ。まぁ、美味しいからいいですけど」


 そして二人は渡された資料を確認すると、あらためて貰ったカクテルの意味を理解した。


「次の潜入先は国立柳中学校。ここは今でも政財界との繋がりが深い中学校で、表面上は未来の国へ向けた新しい教育を謳っている。でも実際にやっていることは新しい思想の迫害と既存概念の刷り込みだ。洗脳というべきかな。それでここの生徒達は、この年齢の頃から若者は年長者の奴隷であり、死ぬまで働き続けるのが当然で光栄なことだという考えを植え付けられる。まぁ、この柳中学校はそういうところだ」


 ナオはいつも通り冷静に聞いているが、クルミは動揺と過去の恨みを心に蘇らせて物々しい雰囲気を漂わせていた。


「ちなみに、ここでは少し前に自殺した新人教員がいて―」

「自殺じゃありません……」

「クルミ。どうしたの?」

「恭は……自殺なんかじゃありません」


 資料を持ったクルミの手に力がこもり、クシャという音とともに両手が震えた。


「恭は殺されたんです。アイツらに殺されたんです! 恭は、妹は自殺なんてしません!」

「クルミ。落ち着いて」


 ナオは隣のクルミを優しく宥めると、クルミははっと我に返って落ち着きを取り戻した。それを見たヤゴは少しの間を置いて落ち着いた口調で続けた。


「すまなかった。そんなつもりじゃなかったんだ。でも仕事内容の把握のために一応は話さないといけないんだ。もう少し聞いてくれるかな?」

「……はい。すいません。取り乱しました」


 クルミはカクテルを一口飲んで一息ついた。そしてヤゴを真っ直ぐ見ると頷いた。


「ここは昔、クルミさんの双子の妹さんが務めていた中学校だ。例のことがあってからも退職者や妙な噂、内部の仕打ちなどの状況報告が後を絶たない。それでROOルーが調べたところ、黒だと判断した」


 ナオとクルミは別紙を見るように促されると、そこには今回の標的が載っていた。


「校長の御影みかげ、教頭の石川。生徒指導主任の藤原。この三人が今回の粛清対象だ。ここのしきたりと歪んだ秩序を保って強いているのはこの三人で間違いない。三人が消えれば政財界が多少動くだろうが、現環境の人々や未来の子供達が救われる。君達で歪みきった悪習を断ち切るんだ。それで万が一何かがあればROOが全力をもって鎮静化させる」


 その言葉はかなり重く、上官からの命令以外の何物でもなかった。


「分かりました。三人は確実に消します。私が必ず」


 そう言ったクルミの様子は私怨に満ちた鬼のようだった。それを見たナオが付け加えた。


「いえ、私達で必ず粛清するよ。それで、期間はいつからいつまで?」

「開始は二日後。期間は四日間だ。前回は五日間だったが、結局は四日でやったんだ。今回もこれくらいだろうと予定を組んだ。もし足りないとか多いようなら都度言ってほしい」

「一日で十分ですよ。ROOが黒って言っているなら確実に黒なんでしょう? すぐに終わらせましょう」

「駄目だ。特に今回は政財界との繋がりもある。もしかしたらどこかで政界の汚職が見つかるかもしれない。それがあればこの国を変える手段として使える」

「実際のところ、ヤゴさんはあると確信しているんですか?」

「組織ってのは、完璧に見えても思わぬところからほころびが見つかったりするものだ。最近のどっかの会社とか事務所とかもそうだっただろう。それと同じだ。だから繋がりがあるならそれもある可能性がある。輝かしい未来への切り札みたいなものがあってもおかしくないのだよ」


 だから―とヤゴが続ける。


「少なくとも三日間は調査だ。様子を見てもらう。これはマネージャーとしての命令だ。それにクルミさん。焦ったり感情的になれば大事な場面で失敗する。そういうものだ。だから今回は特に冷静に仕事をしてもらう。いいね?」

「……分かりました。命令は必ず守りますので、一つだけ許可してほしいことがあります」

「なんだ? 内容によっては出来ないが」

「私に殺しをやらせてください。ROOの規約で見ました。KキッドJジュニア以上の階級のHNの許可がないと殺しは出来ないと。その時までは耐えますから、やらせてくれませんか?」


 心の割合として、HNとしての成長よりも妹の恨みを晴らすことの方が大きくなっており、怨嗟に満ちたドス黒い瞳がヤゴを見た。

 それを察したヤゴはもちろん


「今の状態のクルミじゃ許可出来ない」


 と却下した。


「俺達は自分達のためではなく、これからの未来を生きる人達のために仕事をするんだ。それを思い違えているようじゃただの復讐者だ。復讐者に仕事は任せられない。それが分からないなら、今回はナオさんだけの潜入でもいいと俺は思っている」

「ヤゴさん。それは待ってほしい」


 ヤゴのその言葉にナオが口を挟んだ。


「確かにクルミは今はこうだけど、この気持ち私にも分かるの。だから今回も二人で潜入させてほしい。それで今のところの執行担当は保留。潜入状況を見てJの私が判断するんじゃ駄目かな?」

「ナオさん……」


 ナオがクルミを見る。その瞳は、今は自分の心に正直になるよりも落ち着くことが大事だと諭しているかのようだった。


「……分かった。その代わり期間は必ず守ってもらう。いいね? クルミさん」

「はい」

「俺達はHNだ。自分よりもこれからの人達と未来を優先にするんだ。頼んだぞ」


 説明が終わると、ヤゴはクラウドへの接続許可を出して二人の脳内にデータをインストールさせた。そして静かにアイリスへ戻って行った。


「ありがとうございました。あのままじゃ本当に外されてしまうところでした」

「いいよ。家族を失ったクルミの気持ちは分かるからさ。だから次も一緒に頑張ろう」


 そう言ったナオの顔はどことなく影を帯びているというか、何か思うところがあるような感じだった。しかしクルミはそれについて聞かなかった。いや、助け船を出してもらっておいて個人の心を探るようなことなんて出来なかったのだ。


「潜入まで二日間しかないので、また擬態と戦闘訓練に付き合ってください」

「もう二十二時だよ?」

「はい。でも昨日のお寿司の分のエネルギーが残ってます。ナオさんも余裕ですよね?」

「まったく。調子がいいんだから。いいよ。でも睡眠もとりたいから、今は擬態で明日は演技と時間が余れば戦闘訓練。明後日は戦闘訓練でいいね?」

「はい。お願いします。それじゃ私の部屋に行きましょう」


 そして二人はクルミの部屋で次の擬態と演技を確実なものにするために励んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る