2026年夏、アメリカへ行こう!
須藤 彩香
第1話 2026年夏、アメリカへ行こう!
2026年のMLB(メジャーリーグ・ベースボール)の試合日程が発表になった。2025年のポストシーズン真っ盛りだというのに、気の早いことである。しかし、日本から太平洋を渡って観戦するにはありがたい。航空券やホテルを手配するなら、The early bird catches the worm(早起きは三文の得)。どのあたりの日程なら、好カードの観戦ができるだろうか。
ふと我に返った
結香の夢想はつづく。もし次の機会に恵まれるなら、誰と行くのがいいだろうか。2025年夏のゼミ旅行で一緒にMLBを観戦したゼミメンバーの面々、家族、幼なじみの友人。いろいろな顔が思い浮かぶ。しかし、せっかく一緒に行くならば、やはり「あの人」だろう。第一候補決定!と思いながらも、それはあまりにも現実味を欠く人選だった。結香はふたたび苦笑いした。
結香が苦笑いするのには、もう一つ理由がある。それは、先立つものが先立たないからだ。2025年夏のアメリカ訪問も、父から費用の半額を補助してもらった。もっとも、補助の条件は「一緒に映画を見に行くこと」だったので、やすやすと条件をクリアすることができたのだが。もう一度MLBを観戦するためにも、アルバイトのシフトを増やしたほうがいいだろうか・・・。
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MLB観戦を夢想する結香が現実に引き戻されたのは、父が帰宅したときだった。玄関の扉が閉まる音が聞こえた後、いつもなら居間へ向かう足音がこの日は違った。足音は結香の部屋の前で止まり、ドアをノックする音が響いた。
扉を開くと、そこにはいつになく嬉しそうな父の姿があった。
「結香、来年の夏、一緒にアメリカに行こう!」
突然の父の言葉に結香は驚いた。父の話によると、なんでも勤続30年の記念品として旅行クーポンが贈られたそうだ。それを資金の一部にしてアメリカに行こうという父である。これは現実の話なのだろうか。結香は居間に移動して、あらためて父の話を聞いた。
話を聞いていくうちに、どうやら父にはふたつの魂胆があることがわかった。現在大学2年生の結香には、5歳年下の弟がいる。弟はいま中学3年生。父と離婚した母と同居しているのだが、高校受験に向けての勉強にあまり力が入っていないらしい。そこで、高校合格のお祝いの「アメリカ旅行」をエサにして、勉強に力を入れさせようと考えているようだ。
結香は自分が高校に合格したときのことを思い出した。あのときは、母も同席して寿司屋に連れて行ってもらった。ところが、母はいかに自分が高校時代に勉強したかを延々と語り、すっかり閉口したのだった。それに引き換え、弟のお祝いがアメリカ旅行とはなんと豪華なことだろう。もっとも、弟が父と一緒に行くことを承諾するならば、であるが。
そして、もう一つの魂胆は、MLS(メジャーリーグ・サッカー)を観戦したい、ということだった。アメリカは長らくサッカー不毛の地と言われていたものの、1994年のワールドカップ開催を契機に創設されたプロリーグが、今日では人気を博しているらしい。父は結香のMLB観戦の思い出話を聞き、元サッカープレイヤーの血が騒いだようだった。
幸いMLSはヨーロッパのプロリーグと違い、春から秋の開催らしい。父の計画では、お盆休みの時期に合わせて休みを取り、夏休みの娘と息子を誘ってアメリカに行く、ということであった。
こうして結香は、2026年夏のアメリカ旅行のプランニングという大役を引き受けることになったのである。
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「MLSを観戦できるなら、どのチームでも、どこのスタジアムでも構わない」
父のリクエストはシンプルだったが、それがかえって結香には厄介だった。あとから注文がふえることが予想されるからだ。
また、ひとくちにMLSといっても、どこの街で観戦できるのか。そのあたりの事情については、父もあまり詳しくはないようだった。
そして、結香は結香で、せっかくアメリカ旅行に行くなら、MLBの試合を観戦したいのだ。父のリクエストのMLSと両方を観戦することは可能なのだろうか。
結香はさっそく、MLSのチームの所在地と試合日程を調べることにした。
わかったことは、MLSの2026年の試合日程はまだ発表になっていないこと。そして、基本的に週末に試合が組まれていること。また、近隣の都市とあわせてMLBとMLSの双方のチームがある街は思いのほか多いことだった。
だとすると・・・、ひとつの街に滞在し、MLBは平日の対戦カード3(4)連戦を観戦し、週末にMLSの試合を観戦する、という日程を組むことができそうだ。
公表ずみの2026年MLBの日程は、お盆休みにかけて1週間、8月10日(月)から16日(日)まで、ロサンゼルスのドジャースとエンゼルスの両チームが本拠地での試合が組まれていた。
また、ロサンゼルスにはMLSのチームが2チームある。ならば、週末はどちらかのチームがロサンゼルスで試合をするのではないか。ロサンゼルスに滞在すると、MLBとMLSの双方の試合を観戦できるかもしれない。
結香の期待は高まるばかりである。あとは、MLSの日程が発表になるのを待つだけ。例年、12月ころに翌年の日程が発表になるはずである。
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もっとも、問題がないわけでもない。結香と父のふたりで盛り上がっているものの、旅の名目は「弟の高校入学祝い」である。肝心の弟が入試にパスするかどうか、それ以前にアメリカ旅行に行くかどうか、その意向は未確認なのに。ふたりで盛り上がる結香と父。似たもの
問題はまだある。それは、ホテルの部屋をどうするか。アメリカのホテルは基本的に、偶数人の利用を想定した部屋の作りになっている。しかも、幅が広い1台のベッドを2人で利用するのはあたりまえ。
そうすると、父、結香、弟という男2名と女1名がアメリカを旅行するときは、どういう部屋を確保するのが適切だろうか。これが日本国内の旅行なら、迷うことなくシングルルーム3部屋で決まりなのだが。
そのことに気づいた結香が父に尋ねた返事が傑作といえば傑作かもしれない。
「結香の母親もアメリカに誘って、2ベッドの部屋を2部屋予約するのがいいかもな」
父ももちろん、結香と母の関係があまりよろしくないことは承知している。そもそも、自分が離婚した相手を旅行に誘うというのは悪趣味であるが、結香が断るとわかっているからこその軽口である。結香の表情は曇ったことはいうまでもない。
まだまだ前途多難なことを予感させる旅立ちである。いや、まだ旅行に出発すらしていないので、まだまだ前途多難なことを予感させる旅行プランニングの幕開けである。(つづく)
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