Ver1.1 波乱の予感

 話は数ヶ月前になる。


「クジ、仕事です」


 目を開けると、眼の前にジゥがいた。

 そういえば、社務所で寝ていたことを思い出した。

 暇すぎて。


「仕事です、クジ」

「聞こえてるっつーの……」

「あら、すみません。死んでるのか思いました」

「だとしたら、まずは病院に連れてけよ」

「あなたが死ぬわけないでしょう?」

「…………」


 まじでムカつく。


「……で、仕事がなんだよ」

「あら、聞こえていたんですか?」

「やらねーけどな」

「報酬100万ですよ?」

「明らかに怪しいだろそれ」

「人探しで100万です」

「ほら怪しい」

「探す相手はオートマトン。紫の髪で赤い目をしているのが特徴。頭部に重大な損傷あり」

「ほっとけばどっかに転がってそうだな、死体として」

「それが、研究所から盗まれたそうですよ」


「いや――それはおかしいだろ」


「あら、なぜですか?」

「は? CESが所有していたオートマトンだろ? じゃぁ絶対探知できるに決まってるだろ」

「探知を振り切るほどの、優秀なハッカーかもしれませんよ?」

「おいおい、寝ぼけてんのか? CESが秘密主義だぞ。OSデカルトですらブラックボックスにしてる奴らが、簡単にハッキングできるようなプログラムを積んでると思うか?」

「ということは、うまく逃げられたのかもしれませんね」

「はは、そっちのほうが絶対ねーだろ。CESの研究所に部外者が入った瞬間にIDスキャンと生体スキャンが行われ、自動でCセキュが出動だよ。犯人見つけて即発砲、即回収、即隠蔽。いつもの日常じゃねーか」


「あらあら、確かにそうですねぇ。ということはこの依頼は――」


「嘘――それか、何かを隠してる……重要な何かをな」


「例えば?」


「エラーコード九十九……だろうな」


 と、饒舌に語り終えてから、私は気付いた。


 ジゥのいつもの罠にハメられたことを。


「じゃぁ、調べないといけませんよねぇ? これは私達の仕事なのですから?」


 ニヤリと笑いながら、ジゥは言った。


「……やっぱりお前、嫌いだわ」

「いいじゃないですか、100万もらえるんですよ? それじゃ、私はクソンにも話をしてくるので先に調査お願いしますね」

 

 そう言ってジゥは颯爽と境内を出ていった。


 私はジゥの心中を察した。


 あいつも、なんとなく理解しているのだろうと。


 この依頼の結末を。


 このタイプの依頼――


 依頼主が何かを隠しているタイプの依頼は――


 いつも終わり方が決まっている。


 望んでいない力を与えられ。


 求めていない事実が露呈し。


 絶望の淵に追いやられる。


 そして、選択肢は一つしか残されていない。


 …………


「どうせもらえねーよ……100万なんて」


 吐き捨てるように私は言った。


 そして、覚悟を決めて、腰を上げた。


 絶望と欲望の街、トウアン。


 生命を弄び、嘲り笑う巨大テック都市。


 死すら救いのこの地獄で、魂を救えるのは私達だけ。

 

 だから私は――今日も立ち向かうのだ。


 









 そう――この時の私はまだ。


 この物語にハッピーエンドがあると思っていたのだ。


 何か方法があると思っていた。


 救われるための方法が。


 しかし、それはいつの間にか消えていた。


 選択という、ごく当たり前の行為によって――


 残酷にも――


 消されてしまったのだ。


 



 ―――Ver1.1 波乱の予感 終

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