生首ドラゴンと奴隷騎士の少女

北路 さうす

第1話

 いくら切っても尽きない触腕をいなしては切り、自分の体にそれが当たった時は、傷薬を飲む。怪我の程度は確認せず、国から借り受けた無限収納袋の中にありったけ詰められた傷薬をただ飲む。切る、飲む、切る、飲む。そうしていたら、300年以上もコラバイン王国を脅かし、不死身と呼ばれたドラゴンの王もどんどん小さくなっていく。切られた肉が跳ねて体に戻ろうとも、燃やしてしまえば灰になる。本来ドラゴンは燃えないはずだが、切り離してしまえば燃やせるということが先達の戦闘で既にわかっていた。学者たちは今もこちらを見ているだろうか。切る、飲む、切る、飲む。巨大なドラゴンの王はやがて肉を削られて馬車くらいの大きさになった。ドラゴンの王は首を切ってもなお死なないのは本当だろうか。体の大きさを半分にしてやっても死なないから本当かもしれない。しかし、いい加減疲れも溜まってきた。めったにやらない賭けに出よう。大半は良くない結果に落ち着くが、やるなら今しかない。大岩に手をかけ一気に駆け上がり、剣を大上段に振りかぶって首を切断する。分かりやすく色が分かれている線に刀が柔らかく入り込み、骨などないかのようにするりと下まで切れた。勢いがつきすぎて地面に激突する。膝から下がてんで別の方向に曲がってしまった。コラバインの優秀な傷薬をぶちまけようとした時、上から汚い汁が大量に降ってきた。

 生まれ育った故郷の香り。人や動物の死体を放置しているとこんな匂いがする。切りたての死体から香るなんて変だと思い顔を上げると、光を背に黒く影を落とした巨体は、バラバラになって私の上に降ってきた。

「死んだ?」

 大陸のすべての国を脅かすドラゴンは、今やただの肉塊だ。それもどういうわけだかグズグズに腐っている。剣でつついても、崩れるだけだった。よくわからなかったけれど、こういうのは学者たちが我先にと研究するだろう。私の仕事はここまでだ。

 立ち上がろうとしたけれど歩けない。足が折れているのだった。傷薬をぶちまけると、バキバキと音を立て足が元に戻る。臭う肉塊に背を向けて数歩歩いた時、どこからか嗄れた声がした。

「誰か、誰かおらんか」

 逃げ遅れがいたのか。こんな廃村に人がいるわけがないから、騎士の誰かが倒れる木々の下敷きにでもなったか。聞かなかったことにしたかったが、彼らを見殺しにしたとなれば何かしらの罰は確実だ。ため息をついて声の主を探し始めた。

 腐った汁で地面はぬかるんでいて、剣を杖代わりにして探す。声は近づいているのだが、その主が見つからない。ドラゴンが暴れるものだから、周りの建物はほとんどが壊れていて人の隠れる場所なんかない。

「こっちだ」

 私の足音を聞きつけたのか、助けを求める声は一生懸命に誘導してくる。

「上だ、上」

 ドラゴンの死体から少し離れたところにある木までたどり着いた時、ついに声の主が分かった。

「300年ドラゴン……?」

 ドラゴンのブレスで半分になった木のささくれに、先ほど切ったはずのドラゴンの首が刺さってしゃべっている。

「なんだその名前は。わしにはレヴェロ・フーフィー・ネグセスティオというちゃんとした名がある。君は……」

「レルシャ」

 名乗られたから一応名乗り返したけれど、今から殺す相手に礼儀正しくして意味があるのだろうかといつも思う。ドラゴンの名前らしきものも長すぎて聞き取れなかった。

「レルシャよ、とりあえず剣を向けるのは辞めてくれないか?」

「だって、今日の仕事はドラゴンの討伐だもの」

 ドラゴンの王は不死性も大したものだとトドメを刺そうとしたら、それは必死に命乞いを始めた。

「とりあえずの話を聞いてくれ。悪い話じゃないから」

「でも、仕事だから」

「とりあえず、とりあえず!金でも魔法でも、好きなものを授けてやるから!」

 魔法という言葉に、私は剣を下ろした。コラバインでは今や幻の存在となったそれを、いとも簡単に言うではないか。

「私でも、魔法は使えるようになる?」

「もちろんだ!素質はありそうだぞ。わしにはわかる」

 必死の命乞いででたらめを言っているのか、本当なのか馬鹿な私にはわからない。とりあえず、この生首は木に引っかかってもがくのと話すことしかできないみたいだ。いつでもトドメは刺せる。

「魔法、使えるようになる?」

「ドラゴンの体は魔法で出来ているんだ。ま、今は首しかないけどな!まかせておけ」

 剣を下ろしただけなのに、ドラゴンはぺらぺらと嬉しそうに話す。軽薄な話し方が、王都で貴族どもをカモにしている商売人に似ている。

「話が嘘ならすぐ真っ二つにするからね」

「ドラゴン嘘つかない。助けてくれるのか?」

 おどけた顔で調子が良いことを言う。本当にさっきまで暴虐の限りを尽くしていたドラゴンの王なのだろうか。多くの国を滅びの危機にさらしてきたドラゴンの王は、何度も切りかかる私に対して害意を感じなかった。小さな私なんか目に入っていないような。怒り……怒りでどうしようもないから盲目的に暴れているような。この見た目だけはそっくりなおしゃべりドラゴンはただへらへらとした明るさを感じる。怒りに支配された姿とは似ても似つかない。そこらのちぎれた枝を使って、ドラゴンの生首をつつき落とし拾い上げた。

「助かった。でももう少し大切に扱ってくれないか」

「あなたの首大きいんだもの」

 王城で飼われている空送用ワイバーンより大きな首を持つためには、白いたてがみを掴む以外になかった。持ち方を考えようと1度地面に下ろしかけた時、ドラゴンの首が急に縮みはじめた。慌てて手を放したが、ドラゴンの生首はあっという間に私の手のひらくらいの大きさまで小さくなった。呆気にとられていると、フワフワと私の手に降り立ち、なんだか自慢げな顔をしている。

「これならどうだ?」

「持ちやすいかも」

「わしはドラゴンの中のドラゴンだから、首だけでもこのくらいならちょちょいのちょいだ。なぁ、すごいだろう?」

「うん、すごい」

「君の体の中にはちゃんと魔力が眠っている。わしが指導してやればあっという間だ。どんと任せておけ」

「わかった」

「しかして、眠った魔力を目覚めさせる他に色々教えてやるから、もう1つお願いが……」

 助かったとわかると、なんだか要求が多い。だがどうしても私は魔法が使えるようになりたい。コラバインで誰にも負けないような能力が欲しい。調子乗っている生首でも、人間より上位の存在、伝説上の生き物ドラゴンだ。嘘は言っていないだろうし、今ならいつでも殺せる。

「なに?」

「わしの……体を探して欲しいのだ」

「体?」

「魔力は使えるが、生首状態じゃちと不便でな。だからわしの体を探して、その見返りに魔術を教えてやろうではないか。人間ではたどり着けなかった秘術でもいいぞ」

「体ならあそこに……」

 振り返ると、バラバラのペシャンコになったドラゴンの体はすでに学者たちに取り囲まれていた。

「あれはわしの身体では無い!不当な術で無理やりしばりつけられたのだ」

「だから腐ってたの?」

「そうだ。あの巨体じゃわしの首ひとつだけでは生命維持がやっとで、意識などなかった。久しぶりに自分の意思で喋ることが出来てうれしいよ」

「体取り戻したら、魔術いっぱい教えてくれる?」

「もちろんだ。傷は直せる火を起こせる空は飛べる、わしの知っていることを全部教えてやる」

「わかった。体を探すから、私に魔術を教えて」

 そう答えた途端、ドラゴンの生首とそれを支える私の手が光り始めた。

「ま、まずい!この光は!」

 ドラゴンの慌てた様子に、捨ておいた剣を慌てて拾いドラゴンめがけて振り下ろす。しかし何の力か、強い衝撃に刃は砕けてしまった。勢いにおされ尻もちを着く。目の前が白んでしまうほどの光は、ドラゴンを飲み込むと急速に縮んで収まった。光があった場所には何の変化もないドラゴンの生首が気まずい顔で浮いている。撤収を始めていた学者たちがなんだなんだと私の方へ駆け寄ってくる足音が聞こえる。

「今の何?」

「すまん……そんなつもりは無かったのだが……」

「約束、破った?」

 目を合わせないことが答えだと思い、折れた刃の長い方を拾い上げようとした。途端、手に感じたことのない熱さがあった。

「熱い!」

 いつか日だったか、降ろしたばかりの鍋を触った時より熱い。初めての感覚に、私は焦る。戦場において焦りは死だ。冷静になろうと、とりあえず落ちていた太い枝を拾い上げドラゴンに向けた。学者と、彼らが呼んだのだろう王家直属の騎士たちまでもがこちらへ近づいてくるのが見えた。

「いや、大丈夫だ危害を加えるつもりは無い。慌てないでくれ」

「これ、何。熱い、熱い」

 先程刃を持ち上げようとした右手から、血が出ている。その血がひどく熱くてたまらない。ぼこぼこ殴られもこんなことは無かった。初めてだ。毒というものかもしれない。回復薬の蓋が血で滑って開かない。目の前が霞んできた。死ぬのか、私は。何もできなかった。私はお母さんに、会えるのか。

 

 背中がガタガタと揺れている。縫い付けられたような瞼をこじ開けると、青いベルベットで覆われた天井が見えた。私は死ななかったみたいだ。

「お、レルシャが目を覚ましたぞ」

 学者の1人が私を見下ろしていた。周りを見回してみると、なじみの学者たちが自分たちの馬車へ乗せてくれたようだ。これがただの遠征なら、外に括り付けられてもおかしくなかった。この学者たちとは長い付き合いだから、私を可愛がってくれる人も多い。

「今城に向かっているところだ。しかし大変なことになったなぁ」

「私、気絶してた?」

「そうだ。疲れていたのか?どんなに傷を負っても倒れなかったのに珍しいこともあるものだ」

 馬車に揺られた背中も、なんだか嫌な感じがする。剣を拾い上げた手を見てみると、不器用に包帯が巻かれていた。

「一応討伐後の傷だから、手当はしてみたのだが……」

 支給されている回復薬は、討伐時のみ使用してよいと契約が決まっている。私が倒れた時、すでに王属騎士たちがいた。もし勝手に回復薬を使って、それがバレたら鞭打ちが待っていたはずだ。奴隷騎士と学者という、本来ならば言葉を交わすことも忌避される関係だけれど、彼らなりに長く一緒に過ごした私への気遣いなのだろう。

「ありがとうございます」

「しかしレルシャちゃんも面白いよな。戦っている時は骨が折れても声ひとつあげないのに、それに比べては大したことない傷で気絶しちまうなんて。そんなに痛かったのかい、その傷」

 あの熱い感覚が、痛み?死に別れた母が私に遺した最期の贈り物、全ての痛みを感じさせなくなる祈りだか呪いだかのおかげで、物心ついた時には痛みという感覚が備わっていなかった。そのおかげで、ただの敗戦国の奴隷ではなく奴隷騎士も称号を得るまでのしあがることができた。生き延びるのに必要だったと思うけれど、生き延びてよかったと思えるほどいい暮らしはしてこなかったけれど。

「レルシャは痛みが感じない加護をいただいているのだろう、それが解けちゃったのか?」

「それもわしのせいかもしれないな……」

 声のした方にあわてて顔を向ける。そこには浮遊するドラゴンの首があった。

「えっ!?」

 ドラゴンが討伐されていないなんてバレたら王族になんて言われるかわからない。鞭打ちどころじゃない、ご飯抜きとか、ジメジメした臭い地下の牢獄にぶち込まれるかもしれない。最悪、審問にかけられ拷問死してしまうかもしれない。背中を冷や汗が流れる。

「何もそう警戒するでない。当然彼らには許可を得ている」

「人に敵対しない、かつ言葉を操る高知能のドラゴンです。これは王様喜びますよ」

 学者の中でも、とくにドラゴンばかり調べている2人がうっとりした様子でドラゴンの生首を眺める。ドラゴンも満更ではなさそうだ。しかしこれはいけない。彼らは貴族だから丁重に扱われるが、私は……責を取らされるならまず私だろう。

「……おしゃべりドラゴン」

「なんだって?わしにはちゃんとレヴェロ・フーフィー・ネグセスティオという名前があるのだ!」

「なんて?」

「あの悪しき300年ドラゴンが出現する前に忽然と消えた、他国の建国記や書物でも名前が挙げられているドラゴンです。とても有名なんですよ」

「私あまり本を読んだことが無いから」

 大興奮で分厚い本を掲げながら話す学者は私の一撃で黙ってしまった。そもそも本なんてものが道楽なのだ。文字の読み方を教えてくれたのはありがたいが、お貴族様はそれがわかっていない。

「わしの名はそんなに広まっていたのだな。有名人は辛いのう」

 ドラゴンは学者たちに囲まれて、どこか誇らしげにそんなことを言っている。さっきまで300年にもわたってコラバインを害してきた憎きドラゴンだったのに。住んでいた村をドラゴンのせいで追われ、家族を失った人もいるのに。どうしてそんなに笑えるのか。学者という人間は変わり者だ。変わり者だからこそ、誰も寄りつかない私のような人間にも躊躇なく声をかけてくれたのだと思うけれど。

「なんだ、仲間外れにされたと思って拗ねているのか?わしにはレヴェロ・フーフィー・ネグセスティオという立派な名前がある。レルシャも気楽にレヴェロと呼ぶといい」

「そんなことない。それよりどうするの?みんなにバレちゃったんだからあなた王様に殺されちゃうよ」

「いやいや、彼は貴重な話せるドラゴンだから、王も丁重に扱わざるを得ないよ」

「でもそのドラゴンは300年もコラバインを害してきたのでしょう?」

「わしははめられたんじゃ。知らぬまにほかの生き物と体を繋げられ、己の不死性で土に帰ることも能わず、いつのまにか意識すらなくなっていた」

「君が寝ている間に彼と話して分かったのだけれど、あれは僕の仮説が正しかったんです!」

「いや、みんなそう思ってたろ自分の手柄にするな」

「あぁ……私たちの仮説が正しかったのです!」

 ハキハキと喋る学者が、野次にも負けず元気に説明し始める。

「300年ドラゴンが切っても焼いても埋めても爆発させても死なない理由。切り落とした部分がすぐに腐ってしまう、部位によってはドラゴン以外の特徴がある、あまりの巨体で、維持できるエネルギーを摂取している様子はない。そのことから人造兵器説がささやかれていた。しかしドラゴンは人里に現れても攻撃されるまでは移動をしているだけ。兵器にしては不足だ。だから禁断の研究で生み出された合成生物なのだというのが我々の中で近年主流の説だったのだ」

「巷では人造兵器説、自然発生説が根強かったからな。合成生物説、あいつの師匠が提唱したんだが、その時代には突飛もない妄言って言ってつらかったろうなぁ」

「あぁ、報われてよかったよ。師匠の墓前に酒でも備えるかな」

「おいおいまだ死んどらん」

 私なんかそっちのけで、酔っ払いみたいに大騒ぎだ。顔は見えずとも、皆浮かれているのがわかる。私は処刑されるかもしれない瀬戸際だというのに。

「それより、レルシャの加護が切れたのがお前のせいってのは?」

「わし、無意識に彼女と契約を結んでしまったようなのじゃ」

「契約……もしかして呪い?」

「人間はそう呼ぶ者もおる」

 無意識に隣にあったナイフを手に取る。そのまま腰に構え、ドラゴンへ向かって走る。

「おわぁ何するんじゃやめろ!」

「呪いって何?」

「大丈夫だから、ナイフ置けって」

「すぐには死なないよ」

 ナイフを握った手が熱い。これが痛みか。いやな気分だ。ドラゴンは生首なのをいいことに、幌馬車の中をふわふわ飛び回って刃をよける。学者たちは隅で縮こまって大声を上げるだけだ。

「やかましい、静かにしろ!」

 外から野太い声がする。馬車のそばに騎士たちがいるようだ。彼らに逆らっては今すぐ首が飛ぶかもしれない。私は仕方なくドラゴンを追いかけるのをやめて座り込んだ。

「私に変なことしたんでしょう。馬車から降りたら殺してやるから」

「申し訳ないと思っている。しかし、わしも意識を取り戻すのが久々で……」

 年をとった貴族たちみたいに大仰に話す癖に、エサをねだる犬のようなかわいらしい顔でドラゴンがすり寄ってくる。そんな顔に騙されるものか。

「私に何したの。王様に殺されちゃうかもしれないじゃん」

 王族に殺されるなんてまっぴらだ。それなら自分で死んだ方がましだ。ナイフを自分の首に当てる。学者たちが震えて、こちらに手を伸ばすのが見える。面倒くさい、全部面倒だ。目をつぶってナイフを首に押し付ける。

「い、いったぁい!」

 刃が入る感触もなく、少し刃を動かしただけで飛び上がるような痛みが走った。体が瞬間的に熱くなり、そして背中から冷えて震えが止まらない。慌ててナイフを放り投げ、刃を当てていた首筋を触る。うっすらと血が指につくがそれだけだ。涙が出てきて、息が切れる。怪我なんて、足や手が吹っ飛んでも大したことはなかった。面倒だけれど、治して貰えばいいだけだった。それなのに、やっと血が出るかという小さな傷なのに、こんなに命が脅かされている気がするなんて。罰として棒で叩かれている時も、戦い方を教えられぼこぼこにされている時も、怒りはあれど恐怖はなかった私が、今はこんなに震えている。これまで殺してきた人々の、恐怖に歪んだ顔を思い出す。あれは私を恐れているのか生に執着しているのかと思っていたが、これか。痛みというのは、何にも勝る恐怖だ。

「レルシャちゃん、もう大丈夫だ」

 どうにもならなくなってうずくまって震えていると、学者の1人が傷に軟膏を塗ってくれた。なんだか痛みが引いたような気がして、少し気分が落ち着いた。

「落ち着いたか」

 皆が心配そうにこちらを見ている。鼻を啜りながらうなづく。落ち着いてみたら、ちょっとした傷で泣いてしまうなんて子供のようで恥ずかしい。

「わしの呪いのことをまず聞いてくれるか。呪いとは、おそらく不死の呪いだ。お前さんはご母堂から頂いた無痛の祈りを、私の不死で上書きしてしまったようだ」

「ドラゴンの呪いかぁ……」

 学者たちがなんだか深刻そうな顔をしている。彼らのことだから、ドラゴンのものならなんでも喜ぶと思っていた。しかし彼らの私を見る目には、心配、哀れみすら浮かんでいる。

「この国には300年ドラゴン以外のドラゴンがやってこない。だからドラゴン研究はかなり後手に回っている。しかし我が国より進んだ他国のドラゴン研究でも、呪いに関してはほとんど進展はない」

「なぜ?」

「友好的なドラゴンがほとんどいないからですよ。我々がドラゴンと呼称しているのは2種類、我々と同じ生き物としてのドラゴンと、魔法でできたドラゴン。前者は例えば王城のワイバーンや馬車を引くモグラ。野生動物と同じで言葉を話さない。しかし後者は人をも超える存在、言葉を話し、宝や知恵を授ける。しかし人間は歴史の中で増え続け傲慢になりドラゴンを超えようとした。賢い魔法生物ドラゴンは、ほとんど人前には出なくなってしまった。今やドラゴン研究はドラゴンを探すことではなく、前史の古い文献を掘り起こす作業が主になっているのですよ」

「ドラゴンと人は会うことが無いから、呪いをかけられる人がいないってこと?」

「そうだ。現在わかっているのは、ドラゴンの呪いといわれているのは、ドラゴンの望みを人がかなえることを条件に、ドラゴンの加護を得るだとか、英知を得ることができるだとか、そういう現象と考えられている」

 ドラゴンの方を見てみると、頷くように動いている。

「ドラゴンの望み……?」

「お嬢ちゃん、わしの体を探してくれると了承しただろう?」

「あれが?」

 確かに頷いた。強くなるために魔法を使えるようになりたかったし、ドラゴンの体探しなんて、そんな大きいものすぐ見つかると思っていたから。痛みを感じるようになって、今までの無茶な、私だけが使える戦法はもう使えない。戦闘用の奴隷になったばかりの時の訓練と、仲間になった者たちからの手ほどきを受けたくらいでまともな戦い方を知らない私にとって、自分の体を気にせず戦うことだけが、私を奴隷騎士の立場まで上り詰めさせたのに。

「こんな体にして……私もう戦えない……」

「大丈夫だ!君には私の加護が授けられた!まぁ……みなが呪いと言っているそれだけれども……」

「加護……?」

「あぁ、ちょっと君」

 ドラゴンはそばに居た学者を呼び寄せる。

「ポケットの食べ物をさ、少し分けてやって欲しいんだ」

「えぇ、なんで分かるんですか?」

「ドラゴンは嗅覚もいいんだ」

 まるで人間のようにウインクをする生首だ。鱗におおわれているくせに表情があるのがなんだか人間じみていて気持ち悪い。ドラゴンに促された学者は、ポケットから何かを取りだし、しずしずと私に差し出す。干した何かの木の実だ。

「食べていいの?」

「あぁ、バレないうちに口に入れちまえ」

 王属騎士たちにはここにいる学者より偉い人もいて、私に構っているところを見られると後で面倒になる。せっつかれるままに、木の実を掴んで口に入れる。くにゃりと柔らかく、甘酸っぱいそれは口を通って体に染み渡った。

「手を見てみな」

 めったに食べられない甘味を大事に口の中で味わって余韻に浸っていると、そうドラゴンに促された。そういえば怪我した手のひらの痛みが和らいでいる気がする。包帯を外してみると、手には傷1つなかった。

「なんで?回復薬も使ってないのに」

「わしの加護は不死だ。わしの望みを叶えるまで、君は死ななくなった。痛みは感じるが、命を顧みず戦うことが出来るぞ」

「これならまだ戦えるかも」

 痛みは辛くて、頭がおかしくなりそうだった。でも、死なないなら負けることが無いも同じだ。私より大きくて力があるやつでも、正面きって戦える。小柄で、一撃でもまともに食らえば死んでしまうからって一生懸命考えて考えて戦っていたけれど、何も考えずに戦うことができるかもしれない。最後まで立っているやつが勝者だ。ドラゴンの呪いは、私にとって祝福かもしれない。

 しかし周りを見てみると、学者たちは黙ったままこちらを見ている。溜息をついたり、ばつが悪そうに視線を逸らしたり、なんだかいやな雰囲気だ。

「お嬢ちゃん、なんでドラゴンの加護が呪いといわれているか知っているか?」

「なんでなの?不死なんて戦うには最適だし、ドラゴンの願いが叶えば元に戻るんでしょ?」

「あぁ。ドラゴンの加護は願いをかなえるまで限定だ。だから人間がわざと願いをかなえずドラゴンの機嫌を損ねて、国が滅びかけたり、ドラゴンの願いが想像よりも無理難題で、かなえることができず道半ばで死んでしまうという結末が多い。加護だって、下手すると命にかかわったりするから、契約した瞬間に死んでしまうこともあるようだ」

「なかなか、人間とドラゴンは分かり合うのが難しくてな。良かれと思ってしたことが逆効果だったことはままある」

 契約した途端死ぬ……とりあえず、命の心配をしなくてよいのはありがたいが、なかなか面倒なことに巻き込まれたらしい。

「まぁこの契約は不慮の事故だし、気長に探してくれるのならわしは100年でも200年でも待てるぞ。魔法もたくさん教えてやろう」

 目を細めながら言ってくれるが、人間はそんなに生きられない。早速すれ違いが起きていて、なんだか怖くなってきた。契約を解除する方法も同時に探したほうがよさそうだ。

「ドラゴンの魔法、僕も習いたいです!」

「私だって習いたい!」

 大陸の中で、コラバインだけ魔法が絶滅してしまった。数代前まではほかの国と同じように魔法使いや魔術師がいて、人は簡単に空を飛んでいたという。世代を重ねるごとに、この国の魔力量は激減してしまった。いまや豊富な水資源と、農作物に私たち奴隷の労力が主力となっている。ここにいる学者たちの主な仕事は、消えてしまった魔力を復活させる方法を探ることなのだ。各々自分の興味事しか研究しないから、全然成果が上げられないと前回の遠征で学者長が溜息をついていたけれど。

学者たちはお気楽なものだ。さっきの落ち込みようから一転、ドラゴンの魔法に興味津々だ。この国はすでに魔法が失われているから他国より圧倒的に魔法に関する物事が発展していない。ドラゴンだって魔法の存在だ。彼らがはしゃぐのも仕方ないが、こちらの身にもなってほしい。

「契約は解除できないの?」

「残念ながら、途中で解除ができたという話は一件も見つかっていない」

「わしも知らぬな。まぁ昔の記憶があいまいだから、何か思い出したら伝えるとしよう」

「何ごちゃごちゃ話しているんだ、城へ到着したぞ」

 外の兵士がホロをめくってまくし立てる。慌てて馬車から飛び降りる。1週間ぶりの白亜の城は、照り付ける太陽を反射し目が焼けてしまいそうだった。

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