第2話 雨中の序曲(2)
銃弾が、俺の隠れるコンテナに突き刺さり、甲高い金属音を立てて火花を散らす。敵の数は五。遮蔽物の多いこの場所では、数はこちらが不利だ。連中は俺を包囲しようと、コンテナの迷路をじりじりと回り込んでくる。
『レン、敵の配置を送る。右翼から二人、左翼から回り込んでいるのが一人。正面の二人は牽制射撃に集中してる』
ギークの声が、骨伝導イヤホンを通して脳内に直接響く。俺のコンタクトカメラが捉えた映像と、ギークが掌握した監視カメラの俯瞰映像が合成され、俺の脳内には敵の動きが手に取るようにわかった。
「右の二人から潰す」
『了解。お前の三秒後、右翼コンテナ群の照明をショートさせる。一瞬だけだが、奴らの目眩ましにはなるはずだ』
「十分だ」
俺は息を殺し、アサルトライフルのセレクターをセミオートに切り替えた。
三、二、一……。
ギークのカウントがゼロになると同時に、右手の通路を照らしていた裸電球が激しいスパークを起こして弾け飛んだ。一瞬の閃光と闇。敵が「うわっ!」と怯んだ、その刹那。
俺はコンテナの影から飛び出した。闇に目が慣れた俺の視界には、閃光に目を焼かれて体勢を崩した二人の男のシルエットがはっきりと見えている。躊躇なくトリガーを引く。プシュッ、プシュッ。乾いた発射音が二度響き、二つの影は声もなく崩れ落ちた。
「マズイ、右がやられたぞ!」
「どこだ、どこから撃ってきた!」
残る三人の間に動揺が走る。だが、彼らが体勢を立て直す前に、俺は既に次の行動に移っていた。
『レン、正面の奴らがお前のいるコンテナに近づいてる!』
「ギーク、おもちゃを動かせ」
『お安いご用だ!』
俺は敵の注意を引きつけるため、わざと銃口だけをコンテナの角から覗かせた。案の定、二人の銃口がそちらに集中する。その瞬間、倉庫の高い天井から、轟音と共に巨大な電磁クレーンのアームが動き出した。ギークがこの倉庫の制御システムを掌握しているのだ。
「な、なんだあれは!?」
敵の注意が頭上のクレーンに向いた、わずか一秒。それが、俺にとっては十分すぎる時間だった。
俺はコンテナの影から一気に駆け出し、驚愕する男たちとの距離を詰める。一人が慌てて俺に銃口を向けようとするが、その腕を掴み、逆関節に極めながら銃を奪い取った。そのまま男を盾にし、もう一人の男の眉間を撃ち抜く。
盾にした男が抵抗する。俺は男の身体を突き放すと同時に、懐からコンバットナイフを引き抜き、流れるような動きでその喉を切り裂いた。熱い血飛沫が、俺の頬にかかる。
これで残りは一人。リーダー格の男だ。彼は仲間が次々と殺されていく様を目の当たりにしながらも、冷静に俺との距離を取り、銃を構えていた。
「てめぇ……何者だ」
「お前たちが知る必要はない」
男が引き金を引く。俺は床を蹴り、側転するようにして銃弾を回避。着地と同時に、床に転がっていた鉄パイプを拾い上げ、男の手にする銃目掛けて投げつけた。ガキン、と鈍い音がして銃が弾き飛ばされる。男は怯むことなく、腰のホルスターからナイフを引き抜いた。
「死ね!」
ナイフを振りかざして突進してくる男に対し、俺は最短距離で懐に潜り込む。男の腕を内側から受け流し、がら空きになった脇腹に、肘を叩き込んだ。骨の砕ける鈍い感触。男の顔が苦痛に歪む。その隙を逃さず、俺は男の首筋にナイフを突き立て、深く抉った。
男は最期の言葉を発することもなく、その場に崩れ落ちた。
倉庫に、再び静寂が戻る。俺は荒くなった息を整えながら、ジュラルミンケースを拾い上げた。これが、今夜の獲物だ。
倒れている男の一人が持っていたAKライフルを拾い上げ、倉庫内の壁やコンテナに、弾倉が空になるまで無造作に撃ち込む。派手な銃撃戦があったように見せかけるための、簡単な偽装工作だ。
「ギーク、後始末は」
『抜かりなく。周辺の監視カメラは一時間ほど前から美しい夜景のループ映像を流してる。警察への最初の通報が入るのは、あんたがここから完全に離脱して、シャワーを浴びるくらいの時間になった後だ』
「そうか」
これで、この一件はよくある組織同士の抗争として処理される。まさか、たった一人の男が仕掛けた襲撃だとは誰も思うまい。
あの男に辿り着くためなら、俺はどんな道でも進む。たとえそれが、死体で埋め尽くされた修羅の道だとしても。
俺はケースを肩に担ぎ、倉庫の裏口から外に出た。霧雨は、まだ降り続いている。俺の身体に付着した血の匂いを、少しだけ洗い流してくれた。
闇に紛れて停めておいたバイクに跨り、エンジンを始動させる。湿ったアスファルトを滑るように走り出し、俺は誰にも知られることのない戦場を後にした。
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