第11話「魔王の城と、世界の真実」

 王国から追われる身となった俺とエリアナは、レオンの手引きで国境を越え、魔族の領地へと足を踏み入れた。王国からの追っ手と、魔族からの攻撃。どちらに転んでも危険な旅だったが、意外にも魔族が俺たちを襲ってくることはなかった。どうやら、ヴァルガスの言葉が何らかの形で伝わっているらしかった。


「これから、どうするの……?」


 不安そうなエリアナに、俺は答えることができなかった。宰相の陰謀を暴くには、王都に戻る必要がある。だが、今の俺たちにはあまりにも無力だった。

 そんな俺たちの前に、一人の魔族が現れた。それは、他でもない、俺が命を救った黒翼のヴァルガスだった。


「我が主、魔王様が、貴公に会いたいと仰せだ」


 魔王に会う。それは、敵の本拠地に乗り込むことを意味する。だが、今の俺たちに断るという選択肢はなかった。あるいは、そこに活路が見いだせるかもしれない。俺は、ヴァルガスの申し出を受けることにした。

 案内された魔王城は、禍々しいというイメージとは程遠く、静かで荘厳な場所だった。玉座の間で俺たちを待っていた魔王は、恐ろしい怪物などではなく、銀髪の美しい女性だった。


「よくぞ来た、人間の聖医よ。妾がこの地の王、ルナである」


 魔王ルナは、静かに語り始めた。人間たちが知らない、この世界の真実を。


「我ら魔族も、そして人間も、古くからこの世界を蝕む『呪い』の被害者なのだ」


 彼女の話によると、この世界は、いにしえの神々が遺した強大な呪いによって、少しずつ生命力を奪われているという。大地は痩せ、作物は枯れ、人々は原因不明の病に倒れる。

 魔族は、人間よりもその呪いの影響を受けやすい種族だった。彼らが人間を攻撃していたのは、侵略のためではない。人間の持つ生命力を奪わなければ、自らの種族を維持できないからだった。それは、生きるための、悲しい戦いだったのだ。


「妾もまた、その呪いに蝕まれている。もはや、永くは持つまい」


 魔王ルナの体は、透き通るように白く、儚げだった。彼女こそが、この世界で最も呪いの影響を受けている存在だった。


「カナタよ。そなたの噂は聞いている。そなたは、人間の王を蝕んでいた呪いを和らげ、病を癒したと。その力、まことか?」

「俺がやったのは、呪いそのものを消したわけではありません。呪いによって弱った体を、医学で支えただけです」

「それで十分だ」


 ルナは、玉座からおぼつかない足取りで降りてくると、俺の前にひざまずいた。


「どうか、この世界を救ってほしい。この大地を蝕む、大いなる呪いの根源を断ち切ってほしいのだ。そのためならば、妾はどんな協力も惜しまぬ」


 一人の王が、俺に世界の運命を託そうとしていた。それは、あまりにも重い宿命だった。

 だが、俺は医者だ。病に苦しむ者がいるなら、それが一人の人間であれ、一つの世界であれ、救おうとするのが俺の道だ。


「わかりました。やりましょう」


 俺は、魔王ルナの手を取った。

 調査の結果、呪いの根源は、世界の中心に位置する「創生の祭壇」にあることが分かった。そこには、神々が遺した強大な魔力結晶があり、それが暴走して世界中に呪いを振りまいているのだという。

 祭壇の魔力を鎮めるには、人間の持つ生命力と、魔族の持つ魔力を融合させ、中和させる必要がある。つまり、人間と魔族が手を取り合わなければ、世界は救えないのだ。


「宰相ダリウスはその事実を知りながら、人間と魔族の対立を煽っていた。世界が滅びる前に、自らが王になろうと企んでいたのだ」


 ヴァルガスが悔しそうに言った。ダリウスは、魔王軍に偽りの情報を流して利用していただけだったのだ。

 全てのピースがつながった。俺たちが戦うべき本当の敵は宰相ダリウス、そしてこの世界そのものを蝕む巨大な呪いだ。

 俺は、魔王ルナとヴァルガス、そしてエリアナと共に、「創生の祭壇」へと向かうことを決意した。それは、一人の医者が、世界の命運を懸けて挑む、最後の治療の始まりだった。

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