救世主、救います。

青瑠璃しおり

第1話 神様のお仕事

雀の声とけたたましい目覚ましの音で暮雲正愛は気だるげに目を覚ました。

時刻は7時を指し、人々は忙しなく活動を始める時間だ。


寝ぐせでぼさぼさな頭を掻き、寝ぼけ眼のまま階段を下りていく。

一階に下りれば妹である愛沙の作る味噌汁のいい匂いが漂ってきた。早起きして兄のために朝食を用意する妹に深々と感謝をし、冷水で顔を洗う。


ついでに、寝ぐせを整える。イケてるとはお世辞にも言えないが、見れるくらいにはなっただろう。


「愛沙、おはよう」

「おはようございますお兄さま。朝食はできていますよ」


表情の変わらない顔で愛沙はペコリと頭を下げる。食卓に出された白米と味噌汁、だし巻き卵に心を躍らせながら席に着く。


「お兄さま。今日はお弁当を用意しておきました。夜はバイトですか?」

「ああ。9時くらいには帰って来るよ。先に夜飯は食べててくれ」

「いえ、私も友達と勉強してから帰ってきますので。9時ごろに夕飯は出来上がるようにしておきます」

「…その喋り方はやめてくれ。むず痒い」

「私としてはこの話し方が一番楽なのですが…。お兄さまがそう仰るのでしたら、努力させていただきます」

「…いや、いい。ちなみに、今は待ってるアニメと推しキャラは?」

「再零のメイドのリムです」

「もうすぐ受験なんだから夜ふかしもほどほどにな」


相変わらず影響されやすい奴だと嘆息する。

食べ終えた皿を重ね、軽く水で流す。濡れた手はタオルで拭かず部屋に戻る合間にズボンで拭う。


制服に着替え、テレビをぼーっと見ていると時計の針は7時30分を指していた。

いつも通りの時間にチャイムが鳴る。しかし、愛沙も正愛も反応するそぶりはない。


「おはようございます、先輩。今日も相変わらず猫みたいですね」


薄紫のきれいな髪をたなびかせて、楚々とした振る舞いで挨拶をする綾織純恋に正愛はテキトーに手を挙げるだけにとどめる。


「よくわかんないけど、確かに可愛さは天下無双かもな」

「ふふ、そうですね。では、少し早いですが行きましょうか」

「ツッコんでくれよ…」


ニコリと微笑んで、正愛のボケをスルーし、来た道を辿るように玄関へ向かう。

正愛も気だるげにその後を追う。

靴を取り出し、履く。その間、なぜか優し気な瞳でこちらをじっと見つめている。


「先輩、ピシッと立ってください」


言われるがままに気を付けの姿勢を取ると胸元のネクタイに手が伸びる。

そのまま、テキトーに結んだタイをほどき、付け直す。


「相変わらず上手になりませんね。もうすぐ、1年たつんですよ?」

「高校ではネクタイをテキトーにつけるのが流行ってるんだよ」

「ラフなのや着崩したりしてるのをかっこいいと勘違いする年頃なのはわかりますがピシッと決めている方がかっこいいですよ」

「純恋って妙に的を得たこと言うよね。本当に後輩?」

「あと一年、早く生まれられたらよかったんですけどね」


ネクタイを結んでもらうという行為に新婚のような浮かれたバカップルのようなむず痒さを感じる。そのむず痒さを誤魔化すように冗談めかして口に出す。


「ネクタイ結ぶの上手だね。旦那さんのために練習したのかな?」

「そうですね。ずぼらな人なので私がしっかりしないとで。じゃあ、行きますよ、旦那さん」

「ああ、3歩下がって付いてきたまえ」

「ふふ、離婚で」


冗談交じりの雑談をかわしながら学校への通学路を進む。

正愛と純恋が通うのは中高一貫の私立総明高校。


ここらでは一番大きな学校であり、更に言えば日本でも有数のマンモス校である。

勉強、スポーツ両方に力を入れた学校であり、毎年のように最難関大学へと合格者を出し、部活動でもプロを輩出している。


更には、生徒数が日本で2番目であり、生徒数が多い分様々な生徒がいる。


「おい、今日も持ってきたんだろうな?友達料金、3万円」

「持ってきたけど…もう、これ以上、払えないよ!お母さん騙すのにも限界が…」

「じゃあ、盗みでも何でもやって用意しろや‼払えなくなったら、平和に学校生活送れると思うなよ」


当然、気の弱いいじめにあうような人間もいれば、そのような人物をターゲットにしいじめを行う人間もいる。

正愛は通りがかりに、嫌なものを見たと舌を鳴らす。


「…くだんね」

「先輩。やり過ぎはだめですよ?」


純恋の注意に肩をすくめ、足を速める。

そして、機嫌よさそうに同級生から金を巻き上げるいじめっ子とその取り巻きのポケットから財布をスッと抜き取る。


「いいもん拾ったな~。財布が3つ。交番にでも届けて、財布の中身でも貰うかな」


一瞬の間を空けて、気づいたいじめっ子どもが慌てて制服のポケットをまさぐり、探すが財布は正愛の手の中だ。


「あ、てめえ!俺たちの財布!」


気づくや否や取り返そうと威勢よく吠えるいじめっ子など歯牙にかけず無造作に財布を放り投げる。もちろん、お金はすでに抜き取っている。


「俺の財布が!」

「この野郎!ぶっ殺してやる」

「俺に構っててもいいけど…財布、どんどん流れていくよ」


今すぐに探し始めれば運が良ければきっと見つかるだろう。

いじめっ子3人組は一瞬、ためらいを見せたが財布を優先したのか、土手を転がるような勢いで急いで転がり下りていく。


「財布の中にお金はないけどね」


正愛は一人、あざけるように笑うとポケットにしまった財布から抜き取ったお札を取り出し、無言で押し付けるように返す。


しかし、お金を取り返してもらったにもかかわらず彼はお礼を言うどころか、少し怯えた目で正愛を見つめている。

嘆息し、お札を空に置くように手放すと踵を返し、学校へとまた歩き始める。


「…止めるわけではないですが、あのようなやり方はどうかと思いますよ?いじめっ子を庇うわけではないですが、今みたいに同級生にも怖がられ続けますよ?」

「いいんだよ。毒を以て毒を制す。そんなやつがいたっていいだろ。何もせずに通り過ぎるよりましだ」

「ほかにいくらでも手段はあったでしょうに。相変わらずヒーローアンチですね」

「ちょっと待て。その言い方はこじらせすぎたクソガキみたいだからいやだ!」

「なにも間違ってないでしょう。心根の清いまっすぐな人だったら同学年全員にドン引きされて外道なんて呼ばれることはないですよ」


放たれた正論に仕方なく、反論をやめる。


1年の始まり。心地の良い春に正愛はいじめっ子六人を病院送りにしたあげく、再発防止と銘打ちトラウマを植え付けた。


正愛の名誉のために言えば、いじめられていた少年を結果的に守っており見て見ぬふりをすれば心身ともに深く傷ついていたであろう。

やり過ぎは否めない。周りの反応も正愛自身間違いではないと思っている。


しかし、純恋を始めごく少数の人間は正愛を肯定し、当たり前のように付き合ってくれている。

口には出さないが相当救われていた。


「アンチ正義感…いや、これも捻くれてるな」

「ほら、さっさと行きますよ。時間に余裕があるわけじゃないんですから」


呆れ気味の純恋に促され、学校への道行きを再び進み始める。

ほどなくして、学校は見えてくる。正愛はそのまま、高校のせい門をくぐり純恋は道向かいの中等部へ。

一階の奥の教室へ入ると一瞬だけこちらへ視線を向けるとすぐにそらしひそひそと話を始める。

噂が広まるには早すぎる…と、思ったが先ほど近くにクラスメイトがいたのを思い出した。


彼らは新鮮で叩き甲斐のある噂話に夢中のようだ。

とはいえ、今更気にするほど繊細でも豆腐メンタルでもない。

愛沙おすすめのラノベを開き、授業までの時間を潰す。

今日も退屈な一日になりそうだ。



夕方になり、授業が終わり、生徒たちは次々と帰途につく。

正愛も同様に帰り支度を終え、流されるように周りと同じ道をたどる。


しかし、校門を出ることはなくひっそりと佇む旧部室棟へと向かう。

人や部活が増えてから手狭になった旧部活棟はグラウンド付近に運動部棟と文化部棟ができてからは人が寄り付くことはほとんどなく、今や正愛と純恋。そして、もう一人の先輩が所属するマンガ研究部の部室のみがある。


「先輩、ぬるぽ」

「がっ。今日は来てくれたんだ。暇だったから嬉しいよ」


時代遅れの挨拶にすでに部室へと来ていた彼女はこれまた時代遅れな返答を返す。


「俺も暇なんで。それに真白先輩と話すために学校来てるようなもんなんで」

「ちか君友達いないもんね」

「先輩もね?」


少しくせの入った白髪のボブに優しげな眼と泣きぼくろ、頭がよさそうに見えるというなんとも頭の悪い理由でかけてる伊達メガネがトレードマークの部室の主、紙透真白にあいさつをし、いつもの席につく。


なけなしの部費で買った人をダメにするソファでくつろぎ、近くに積んであるマンガに手を伸ばす。だらしなく制服がしわになることなど微塵も気にしない。


真白も真白でスカートだという事を忘れてるのかはなから気にしていないのか、だらしなく寝そべっている。

体勢によっては正愛に見られても仕方ないほどめくれているが今さらなので両者ともに気にした様子はない。


「ちか君、昨日のアニメ見た?」


無造作に置かれた漫画に手を伸ばし、数ページをめくったタイミングで真白はいつも通りの話題を切り出した。正愛も特に考えることなくてきとうに返事する。


「見ましたよ。まさか、敵が裏切って味方になると思ったら味方が敵になるなんて…」

「それ何のアニメ?ぜって~見てないじゃん」

「9時に寝ました」

「早すぎる。健全な男子高校生なんだからもっと夜ふかししなきゃ!てことで、今日ボス戦付き合ってね」


ぺらりとページをめくる。お互い手に持つ書籍から目を離すことなく会話を進めていく。


「俺、まだ特攻武器作れてないんで手伝ってください」

「いいよ、あげる。4つ作ったし」

「あれの必要素材集めるのに50回以上周回が必要って聞いたんすけどどんだけ一人で回ったんですか」

「これがぼっちの力…。怖いか!僕の時間浪費が!」


時間の浪費具合にドン引きしているというのに、真白の声にはどこか誇らしさが滲んでいた。


「くっ!なんて力だ!もうすぐクリスマスだというのにスケジュールが真っ白なことを微塵も恐れていない!これがエリートぼっち…!」

「…クリスマス」

「急に現実に戻らないでくださいよ」


真白は読んでいた本を閉じ、空虚な目で今年を一月切ったカレンダーへと目を向ける。

ひぃふぅみぃと一日ずつ数えていき、24の日付で指が止まる。

名の通り真っ白なメモ書きスペースに悲哀を感じる高校生がどれだけいることだろう。南無三。


「ちなみにちか君はどうするの?」

「純恋と愛沙とケーキ食べるくらいですね」


話を振られた正愛は無慈悲な答えを返す。

一瞬、絶望的な表情を顔に浮かべるがすぐに悲しみと怒りを混ぜた涙を流し、八つ当たりに拳を振るうが全く痛くない。


「このリア充!かわいい後輩と妹と一緒だなんて!いつから君は僕を置いてリア充になってしまったんだ!」

「言うほどリア充ですか?いつも通りですよ」

「いつも後輩がご飯作ってくれるのがすでにリア充…」


爆発しろ!と言い放って真白は再び、本の世界へとダイブする。

すぐに機嫌は元に戻るので真白を放っておいて、正愛は借りていく本を物色するために本棚をあさり始める。

ここにあるマンガやラノベは基本的に真白が持ってきたものであり、布教したいものが続々と追加されるシステムなので飽きが来ることはない。


一度、半額出すと申し出たことがあったが、どうせ浮いた分で新しい本を買ってしまう。その結果、部室がパンクする、という理由で断られた。


「あ、そこのマンガおすすめだよ。最近始まったからまだ知られてないけどきっと来るね」

「真白先輩がそう言うなら読んでみようかな。見る目は確かだし」

「見る目以外はだめみたいな言い方ぁ!」

「ダメでしょ。ぽんこつなんですから。しょっちゅう転んでるの見るし、勉強もそこそこだし」

「…ちか君だってハイスペックなだけでクラスメイトのほとんどから嫌われてるじゃん」

「それ、論点ずれてるし、気にしてないんで効きません。じゃあ、俺バイト行きますね」


時間も押しているわけじゃないが早めに行くに越したことはない。が、


「え~、もう行っちゃうの?あと10分くらいゆっくりしていきなよ」

「それで先週遅刻しかけたんで」


上目遣いで懇願するように見上げてくるこの目。すごく弱い。

確かな決心の元持ち上げた鞄を再び下ろし、ため息を漏らしながら座り込む。


「あと5分だけですよ」

「やった~。言ってみるもんだね。ちょろいぜ」



結局バイトの時間スレスレになってダッシュした。


「疲れた…」


バイトも終わり、玄関で疲労をにじませぼやく正愛のもとへとてとてと可愛らしく愛沙が出迎える。


「お帰りなさいませ、兄さま。お食事にいたしますか?お風呂にいたしますか?」

「…ただいま。いつまで続きそう?ブームは」

「しばらく続くと思われます。それで、どういたしましょうか?私にいたしますか?」

「ちょっと休憩してから飯。私は一生機会がないからしまっとけ」


10分ばかり休憩する、と愛沙に伝え2階の自室へと向かう。

体をベッドへ投げだし、瞼を閉じ視界を黒く染める。


もうすぐクリスマスなので、愛沙と純恋。ついでに、真白先輩にプレゼントでも送ろうとバイトを入れすぎたせいで少し疲れ気味だ。


硬くなった体をほぐそうと腕を伸ばす。

カサリ、と手に紙が触れた。

視線を向けずに手繰り寄せ、天井で輝くライトの明かりを遮るようにかざす。

どうやら1枚の便箋のようだ。


「愛沙か…?いや、ないな。俺の部屋に許可なしで入ることはないし、そこのラインはわきまえてるしな」


では、誰が。一旦疑問を思考の隅に追いやり封を開ける。


『午後10時。総明高校を見渡す公園にて待つ』


少し迂遠な言い回しに、愛沙ではないという予想は確信に変わる。

しかし、そうなると一層、この手紙を差し出した人物がわからない。


「字は新聞の切り抜き…。住所はもちろんなし。便箋もどこにでも売ってそうなシンプルなもの。情報を与える気はなさそうだな」


さて、どうするか。

普通に考えればいたずらだとごみ箱へと放り投げるだろう。

しかし、誰かがこの部屋へと入った可能性が捨てきれない。


「…引くは凶。進むは大凶、って気がするな~」


指定の公園まではそう遠くない。決められた期限まで時間もある。

正愛は心を決め、重たい腰を上げる。


「お兄さま、お食事は?」

「すまん、ちょっとコンビニ行ってくる。そんなに遅くはならないと思うけど先に食べててくれ」

「そうですか…。お兄さまは私の料理よりコンビニのお弁当を好むのですね…」


ヨヨヨとわざとらしく泣き崩れる妹に苦笑しながら「夜ごはん、楽しみにしてる」と声をかけ背中越しに「お気をつけて」を聞きながら、いつもの道を進み始めた。



10時より10分前。30分ほどの道のりを自販機のあたたかいペットボトルでやり過ごす。

流石に12月の寒波は厳しく、すぐに着こまなかったことを後悔した。


「10分前。誰か来てるかなと」


少し離れたところから様子をうかがうが、誰もいないどころか静寂が広がっているだけで生物の気配すらしない。


「いたずら、か?」


そのまま少し待つが時計の針が10時を指しても誰も現れなかった。

拍子抜けと困惑の入り混じった感情のまま帰るかもう少し待つか思案する。


しかし瞬間、閃光と衝撃音が静寂を蹂躙する。

異形の化け物。獣に似た四つ足の怪物は誰かに吹き飛ばされたのか誰もいない公園に着地し、低い唸り声をあげる。

遅れて、人影が家の影より飛び出し、勢いのまま光を纏った打撃を怪物へと叩きこんだ。


「神秘(アルカナム)…!」


嫌なものを見た。


それは人知の及ばぬ異能。神より与えられた秘められし力。

それは炎の夜を思い出させる。

それはかつて友と呼んだ者たちの無残な姿を思い出させる。

それは…どうしようもなく嘆いた己の弱さを思い出させる。


「タマちゃん!」


制服を着た女子高生の姿が瞬間、光に包まれ改造巫女服のような姿に変わり、頭には猫耳、腰からは尻尾が生えていた。


異形の怪物は尻尾を振り、生えていたとげを飛ばす。

しかし、少女は一切の減速を見せず、紙一重で回避し、手で弾き飛ばす。


「ハッ!」


可愛らしい掛け声とほぼ同時に可愛くない鈍い打撃音が響く。それも連続で。

2mを超える怪物は宙に浮き、再度吹き飛ばされる。


受け身もろくに取れず転がる怪物に堂々と立ち、最後まで油断のかけらも感じさせない少女。


怪物は己の最後を悟った。ここが終わりだと。

同時に、それを認められない。まだここが終わりではないと。

怪物は吠える。己の全霊をもって敵を討つと。


その気迫に少し離れている正愛ですら一歩、後ずさってしまった。

しかし、それでも少女は怯えなど一切ないかのように構えた。


怪物は駆ける。少女は迎え撃つ。

最後に振るわれた凶爪を少女はダッキングで回避する。


「神威!」


光を纏った一撃は怪物の腹部へ直撃し、断末魔すら上げることなく塵となって消えていった。

呆然としていた正愛だが怪物が消えたことで我に返る。


「タマちゃん、ありがとう。はい、おやつ」

『たく…俺をおやつで釣ろうなんざお前ぐらいだぜ?』


再び、少女は制服姿へと戻り、肩には先程まではいなかった子猫が乗っていた。

姿に似つかわしくない渋い声では呆れながらも素直におやつを受け取る。

少女と猫は談笑しておりこちらに気づく気配はない。正愛は選択を下さなくてはならない。


己の業から逃げるか、向き合い手紙の謎を探るか。

どちらにせよ時間は待ってはくれない。

逃げるのであれば猶予はそう長くはない。


「よし」


 話を聴く

▼逃げる


正愛は逃げ出した。神秘にかかわるのも協会に関わるのもまっぴらごめんだ。

そして、家へと還ろうと振り向いた瞬間、きれいに枝を踏み抜いた。


「誰!?」


パキッと小気味良く鳴った枝は正愛に言い訳の余地すら奪った。

油を差し忘れた機械のようにぎこちなくゆっくり振り向く。


もしかしたら、なかったことにしてくれないかな。なんて淡い願いを抱くも呆気なく打ち砕かれる。

黒い双眸は警戒を露わにし、胸の前に構えられた拳は不用意に行動を起こせば正愛の体を打ち抜くだろう。


「「…………」」


お互い言葉を発さぬまま、数秒の時間が流れる。

その間、正愛は隙を見て逃げようと相手をくまなく観察した。

そして、あることに気づいた。いや、もっと早く気付くべきだった。


「…神代結縁?」

「…………ほえ?暮雲くん?……‥く、くくくくクラスメイトにバレたぁぁぁぁ!!」


神代結縁。才色兼備。才華蓋世。総明1の高嶺の花であり誰もが近づくことのできない孤高でクールなお姫様。

さらに言えば、数々の著名人を輩出してきた総明が始まって以来の才媛とまで呼ばれている。


しかし、目の前にいるのは内緒でSNSにコスプレ画像をあげてたのがバレ、パニックを起こしたコスプレイヤーのようだ。どこの誰先輩とは言わないが。


「よし、死のう」

「ちょっと待て!決断が早すぎる!」

「止めないでください!私には守秘義務があるんです!一般人にバレちゃダメだったんです!しかも、クラスメイトにバレるなんて!こんな恥ずかしい格好!趣味じゃないんです!効率がいいから着てるだけで…。そう!ちょっとサイズ合わないけど特に誰も見てないだろうし中学の時のスク水着るみたいな」

「落ち着け。言わなくていいこと口走ってるし、それもよくわからん!」

「殺して下さいぃぃぃぃぃぃぃ!!」

「落ち着けぇぇぇぇぇぇぇ!」



「すみません。取り乱しました…」

「ああ、ほんとにな」


荒ぶる結縁をなだめ、ネガティブスパイラルに陥る結縁を慰め、お腹が空いたという結縁のためにコンビニにダッシュし、息を整える正愛は声を絞り出すようにそうツッコんだ。


常にクールでおしとやかな高嶺の花はどこに行ったのだろう。いるなら連れてきてほしい。


「……あ、あの、暮雲くんですよね?同じクラスの」

「そうだよ。おたくは本当に同じクラスの神代さん?」


おにぎりの封を向き、半ば投げやりに意趣返しの質問を投げかける。


「うっ。……学校では、その…猫を被っているといいますか…」

「猫を被ってたのはさっきだろ」

「んにゃぁぁぁぁぁ!い、言わないでください!恥ずかしいんですから!」


先ほどの神々しい光を纏いながら猫要素を足したどこかコスプレ臭い装束は結縁にとって恥ずかしく、触れてほしくないみたいだ。

ぶつぶつと言い訳を垂れ流す結縁から視線を外し、隣に座りこの場を静観する猫へとむける。


「そっちの猫は?」

『ただの猫じゃねえ。猫神だ。気安く呼ぶんじゃねえ。様をつけろよ、デコスケ野郎』

「なんだこの駄猫。世界は猫中心に回ってるとでも思ってるのか?あ?躾直してハチ公像の横に飾れるほど従順にしてやるよ」


正愛とタマと呼ばれる猫神の間の険悪な雰囲気に慌てて、空気を変えようと結縁が意を決して口を開く。


「し、信じられないかもしれないんですけど、私、神秘って言う特別な力を持っていて…えっと、それで、さっきの怪物は協会の依頼で討伐してて」

「そういうの説明していいの?さっき守秘義務とか言ってたけど」

「見られてしまったので…なら、しっかりと説明して内緒にしてもらうのが一番かなって…。変に隠して好奇心で探られても暮雲くんの身が危なくなりますし」

「なるほどね」


結愛の対応は正解とは言えない。

協会の依頼を受ける際は基本的に人払いの神秘で一般人が近づかないようにする。

しかし、それも完璧ではないため稀に一般人に目撃されるケースもある。その場合は、協会にて記憶封印措置がとられる。


その場合、正愛が協会との関係があることがバレてしまうので結愛の対応はありがたかった。


「本当は人除けの力が働いてるはずなんだけどな~」

A,神秘所持者なので効きません

「それにしても、暮雲くんって驚かないんだね。さっきの怪物とか…」

A. 見たことあるどころか討伐経験あります

「…これってばれたら怒られるかな?どうしよう!!」


少しだけ申し訳なくなる。すべて説明すれば丸く収まるのだが生憎、協会や神秘と関わるつもりは金輪際皆無だ。

一人で慌てふためき、落ち込み、現実逃避する結愛を見てるのも面白いが


「大丈夫だよ。俺は誰にも言わないし、神代さんも協会に報告しない。これで、誰にもバレないでしょ?」

「い、いいんですか!?怒られなくてすむ…!」

「その代わり条件があって、今日のことは全部なかったことにすること。俺も関わらないし、神代さんも俺には関わらない。お互いに都合がいいでしょ?」


これで、一件落着と思いきや結愛は顔を真っ青にし、ショックを受けている。

なにか不都合なことがあったのかと思い、考え直す。

結愛は絞り出すようにかすれた声で


「そ、そうですよね…。暮雲くんみたいな陽キャが私みたいな陰キャと話すなんて思われたら恥ずかしいですもんね…ハハハ、私勘違いしてました。そうですよね、もしかしたらこれをきっかけに仲良くなれるかななんて…思ったりして……ぐす」

「ちょっと待って!陽キャってどこ情報!?全然俺ぼっちだけど!?」


涙ぐむ結愛を慌てて慰めるため自分が陽キャなどという誤情報をすごい勢いで否定する。

まさかの言葉に動揺を隠せない正愛に構わず、鼻をすすりとぎれとぎれながら話を続ける。


「だって…いつも、女の人といるじ……3人ともすごい綺麗な人たちだし…」


3人と言うと真白先輩と純恋。後は…星礼奈さんあたりだろう。

正愛にとって3人は数少ない友人と呼べる人たちではあるが恋愛的な意識をしたことはなかった。


「…別に異性の友達ぐらいいるだろ。特段、陽キャだなんだと騒ぐことじゃない」

「そういうところが陽キャなんですよ!無自覚に陰キャを傷つける!私なんて同性の友達すら作れたことないのに!この青春時代に超かわいい3人の女友達がいるなんて勝ち確定じゃないですか!そんな、『別に俺恋愛とか興味ねえし』ってスカしはいらないんですよ!このかっこつけ!無自覚たらし!」


地雷を踏んでしまったらしい。

たまりにたまった青春へのヘイトがとめどなく溢れてくる。


「ぼっちにはそう見えるのか」


なので、この際地雷原でタップダンスを踊ることにした。


「はぁぁぁぁぁぁ!???暮雲くんだってクラスじゃぼっちじゃないですか!私より嫌われてるくせに!」

「別にクラスに友達とかいらないからね~。おっしゃる通り可愛い子3人侍らせてるリア充なもんで。お生憎様」

「そんなんだからペア組む授業で偶数なのに一人余るんですよ!」


正愛は10のダメージを負った。


「そう言う神代さんもお情けでグループは入ってるだけで存在感ゼロだけどね!」


結縁は20のダメージを負った。

不毛な言い争いでダメージを受けた双方は一旦、冷静になろうと深呼吸する。


「はぁ…なにやってんだか」

「うぅ…すみません。冷静じゃなかったです…無自覚リア充アピールに青春ヘイトが暴走して…」

「まあ、いい。言っとくけど陰キャ陽キャは関係ない。面倒なことには関わらないって主義なだけだ。何もなかったことにするのがお互いのためだろ?」

「……そうですね」


口ではそう言うものの不満さを隠さない態度に呆れるが、正愛自身もそれを口に出すことはしない。もう関わることはないのだから。

時計の針はもうすぐ日をまたごうとしている。高校生が外に出ている時間ではない。


「じゃあな」

「はい。おやすみなさい」


最後に一言、言葉を交わして公園を発つ。

しかし、思い出し最後に一番大切なことを結愛に聞く。


「あの手紙…出したのは神代さん?」

「手紙ですか…?心当たりはないですが…」

「そうか。忘れてくれ」


今度こそ正愛は家路を歩き始めた。

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