【第二章】

【第二章】


 雨の日はいつも憂鬱だ。

「今日も雨かよー。もうずぶ濡れだわ」

 同じクラスであり友達の幸田尋こうだじんは濡れた制服をパタパタと仰ぐ。

「ちょ、かかってるって」

「え?あ、ごめん!」

 他愛もない話で始まり、他愛もない話で終わる。

 そんな毎日。

 何も変わり映えのない日々。

「い〜わながくーん!」

 また、『一軍女子』がやってきた。

「いいよなぁ〜、お前だけモテて」

 尋は羨ましそうに見つめてくる。

「いやいや、そうでもないよ」

 一生懸命否定するが尋は引き下がらない。

「よお、蒼月そうげつ!」

 幼馴染の折宮朔おりみやさくは蒼月と女子の間を割るようにして入ってきた。その行動にほっと息をつく。

「今日数学だぜ?宿題やったのか?」

 朔の言葉に尋の顔が一気に青ざめる。

「やっべ、今日田中じゃん。完全に忘れてたー」

 焦るようにファイルの中を探る。

「うわ、ぐっしゃぐしゃ」

 宿題で出されていたプリントが蛇腹折りのようにくしゃくしゃになっていた。

「やべー、まじどうしよー。田中って怒ると面倒なんだよなー」

「なら、俺が教えてあげるよ」

「まじ⁉︎ありがとうございます!マジ感謝!流石、学年一位の男!」

 尋は朔に大いに感謝し、教えてもらいながらなんとか数学の時間までには終わらせていた。

 蒼月にとってその様子は微笑ましくもあり、羨ましくもあった。

「助かったぜ朔〜」

───どうして、こんなにも『息苦しい』のだろう。

 蒼月にもわからない。

 この心のわだかまりがどういう感情を表しているのか、全く検討もつかないのだ。

「蒼月、次移動だぞ」

 気がつけば数学の時間は終わっていた。

「ああ、ありがとう」

───何だか、苦しい。

 わからない。

「ん、なんか元気ないな。なんかあったか?」

 朔はよく人の変化に気がついてくれる。

「いや………何でもない」

 移動準備を始めた。


  *


 放課後、蒼月は尋と朔と一緒に中区の中華街に来ていた。

「うおー、美味そうなんがいっぱいだぜ」

 尋は露店で買った肉まんを片手にキムチの店を覗く。

「おー、母親に買ってやろう」

 朔はきゅうりのキムチをグラムで買い、会計をしていた。

───楽しそうだな。

 しかし、二人の存在がどこか遠くにも感じた。


「あ、雨だ」

 十九時を回った頃、パラパラと雨が降ってきた。

「帰ろうか」

 朔はどしゃ降りになる前に帰ろう、と言った。

 中華街を抜け、市街地に入る。



「あっ…………」



 蒼月は傘を差した少女と目が合った。

「…………」

「ねぇ、待って………!」

 顔を逸らす少女の腕を咄嗟に掴んでしまう。

「何…………?」

 少女の腕にはうっすらと痣があった。

───どうしよう……何から話したら………。

「この前……大丈夫だった?」

「…………なにが………?」

「あ、ああ、いや………この間、傘差してなかったから……大丈夫だったかなぁって」

「ああ」

 そんなことか、とでも言いたそうに返事を返す。

「大丈夫、だから………もう、関わらないで」

 少女は振りほどくようにして腕を払い、走り去っていってしまった。

 その背中が何だか寂しそうに見えた。

「どした、蒼月?」

 尋が走り寄ってくれた。

「いや……この間、傘を差さないでいた子がいたからつい声かけちゃった………」

「へー。蒼月にしては珍しいな」

「そんなに気になる子なんだ」

 朔は何か勘違いしそうな言い方をしてくる。

「違うって…………」

 

  *


 蒼月は家に帰ると母の鈴子すずこが夕飯を作っているところだった。

「おかえり、蒼月」

「ただいま、母さん。今日は親子丼か」

「そうそう。好きでしょ?」

「うん」

 先に風呂に入っちゃいなさい、と蒼月を促した。

 シャワーの中、蒼月はふと考えていた。

───ただの気のせいだったのかな………。

 さっきの少女。腕に複数の小さな痣があった。

───どうしたんだろ…………。

 会ったのは二度なのに、どうしてこんなに気になるんだろうか。

───わからない…………。

 同情かそれとも別の何かか。

 もうわからなくなった。


「いただきます」

 鈴子の親子丼を頬張る。

「うま」

「そう、よかった」

 鈴子はふと父の写真を見つめた。

「もう、お父さんがいなくなってから随分と経つのねぇ………」

 蒼月の父は、蒼月が小学五年生の頃交通事故で亡くなった。横断歩道の信号待ちをしていたところ、居眠り運転をしていた重トラックが父の元に突っ込んできたのだ。顔は押しつぶされ、四肢は所々裂かれた状態だったという。

「そういえば、庭に彼岸花が咲いてたね」

「もうそんな時期なのね」

 父が亡くなったのも彼岸花が咲いていた時期だった。

 最初は信じられなかった。そんなんじゃないと思いたかった。

 でも、現実はいつだって残酷なもの。

 まるで誰かからの悪戯のような。

───イグニス・ファトゥスのような。

 神からの悪戯かもしれない。もしかしたら妖精なのかも。


 もう、わからなくなった。


 誰かの死に直面した。

 涙が出そうで出なかった。

 何も考えられなかった。

 『死』というものについて。

「母さん、大丈夫だよ。俺がいるから」

 母を安心させるためだけに使う魔法のような言葉。

「うん、ありがとう。蒼月」

 鈴子はうすら涙を浮かべた。

 蒼月は瞳に光を無くした。



 

 






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