きみたちの愛した世界に「さよなら」
ひなた華月
序章 目覚めた世界
序章 目覚めた世界
ぼくの世界は、いつだって同じ景色だった。
毎日同じことが繰り返されるだけで、変化もない。
平凡で平和な、面白いことなど何一つ起こらない、ただ生きているだけの退屈な世界。
果たして、こんな世界に価値なんてあるのだろうか?
そんなことを思いながら、ぼくは教室の窓から見える景色を眺めていた。
「はーい、それじゃあ転校生を紹介しますー。入ってきてー」
だけど、いつも通りの怠惰な学園生活が始まると思っていた僕の目の前に、その女の子は現れた。
透き通るような白髪が、視線の中でふわりと揺れた瞬間。
ぼくの世界が、動き出した。
「はじめまして、レイです」
かすかに動いた彼女の唇から発せられた言葉は、たったそれだけだった。
レイ?
それが彼女の名前なのか?
その類まれなる容姿と相まって、どこか現実味のない希薄な姿。
誰かが彼女のことを童話に出てくる登場人物だと説明してくれたほうが、まだ納得がいっただろう。
天使。
妖精。
女神。
きっと、そのどれもが彼女のことを表す言葉に相応しい。
ぼくたちのような平凡な人間とは違う、特別な存在。
だからこそ、ぼくは確信した。
この子と出会った今日から、ぼくの人生は変わっていく。
平凡で平和な、面白いことなど何一つ起こらない世界は、ついに終わりを迎えるのだと。
「そんなわけねぇだろ、バーカ」
しかし、ぼくの世界の変革を否定する不躾な声が、後ろの席から発せられた。
思わず振り返ってしまうと、そこにいたのは、ふてぶてしい笑みを浮かべた女子生徒が席に座っていた。
いや、座っていたという表現は些か和やかにしたもので、実際の彼女は背もたれに全体重を預け、机の上に両足を乗せるという大胆な姿をさらけ出している。
肩に触れるくらいの長さがある後ろ髪と、綺麗に切り揃えられた前髪。
整った顔立ちだが、その容姿を覆い隠すほどの悪態ぶりだった。
おそらく、ぼくの学園生活の中で、おおよそ関わりを持つことはなかったタイプの生徒だ。
その証拠に、ぼくに向けられた目は、どこか冷笑を浴びせるような感情が宿っていた。
「お前さ、誰かが勝手に世界を変えてくれると思ってるわけ? そんなのあるわけねぇだろ」
続けて、彼女は前の席にいるぼくに訴えかける。
「お前の住んでる世界ってのはな、平凡で平和なありきたりな――」
その言葉はぼくに向けられているはずなのに、彼女はぼくからの視線を無視して、断言する。
「面白れぇことが山ほどある、最高な世界なんだよ」
そう告げた彼女は、ふてぶてしい笑顔の隙間から、まるで子どものような純粋な感情をむき出しにした。
その瞬間、ぼくの中にあった全ての想いが、爆発した。
うるさい。
うるさい、うるさい。
うるさい、うるさい、うるさい、うるさいっ!!
お前みたいな奴に、ぼくのなにがわかるっていうんだよっ!!
そう叫ぼうと立ち上がった瞬間、教室にいたはずの生徒たちが赤褐色の塊となったかと思うと、突如、教室の中は炎に包まれ、ぼくが見ている景色が一瞬で燃やし尽くされた。
まるで悪夢を見ているような、この世のものとは思えない光景が広がる。
「へぇ、やっぱ気に入らねぇんだ。あたしとしちゃあ、もう少し学園ラブコメを楽しみたかったんだけどなぁ」
しかし、ぼくと対峙する彼女だけは、そのままの人間の姿で、眉一つ動かさずにこちらを見ていた。
この人は一体、何者なんだ?
……。
…………。
……………………。
いや、待ってくれ。
そもそもぼくは、どうして『学校』なんかに行っているんだ?
「あー、そろそろ潮時かな? んじゃ、あとはお前に任せるぜ、レイ」
パチン、と彼女が指を鳴らしたと同時に、ぼくは思い出したかのように、黒板があったはずの方向へ振り返る。
果たして。
そこには白髪を揺らした制服姿の少女がいた。
だが、その右手に握られていたのは、天使にも妖精にも女神にも似つかわしくない……。
一丁の拳銃だった。
「さあ、少年。そろそろお目覚めの時間だ」
そう呟く声が聴こえた瞬間、少女の指が引き鉄に触れる。
そして、白髪の少女は表情一つ変えることなく、最初の自己紹介のときと同じように、唇を少しだけ動かして、ぼくに告げた。
「さよなら」
その言葉は、まるで彼女がぼくの代わりに告げてくれた、この世界との別れを意味する言葉のようだった。
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