初めての殺し合い1

背中に冷たく硬い感触。ざらつきがシャツ越しの皮膚に刺さる。

目を開けば、知らない天井。石造りの室内。


慌てて体を起こすと、俺は祭壇のようなものに寝かされていたらしい。

祭壇の天板中央には、二十センチほどの金属プレートが埋め込まれ、奇妙な紋様が彫られている。見ていると何故か、背中がぞわぞわする。

中央に祭壇がある他はがらんどうで、かなり広い。出入口は昇り階段のみ。窓はない。


周囲には見知らぬ連中。西洋人とも東洋人ともつかない顔立ち。黒い肌の者もいるが、俺の知る黒人ともどこか違う。

装いは中世ヨーロッパ風コスプレ――いや、状況的にそう言い切れるほど気楽でもない。

なにやら話しかけてくるが、ひとつも理解できない。


――訂正。英語でもフランス語でもなく、俺の全く知らない言語だということは理解できた。


中央の女が目を引く。

肌は白磁のようで、金糸の髪が光を散らす。取り巻きの兵士に守られている立ち位置。とりあえず“女神”と心の中で呼ぶことにした。そう呼ぶにふさわしい美貌だ。

すぐ隣には長身の美丈夫。側近だろうか。


「……瀬戸」


自分を指差して名乗ると、言葉は通じずとも名前だけは伝わったようだ。

女神も名乗ってくれたらしいが、どうもやたら長い口上付き。どこが姓名なのかさっぱり分からん。シンプルに姓だけでいいんだよ、見習え。


そのとき、階段から兵士が駆け込んでくる。息せき切って報告をすると、場の空気がざわついた。金属が打ち合わさる音が外から響いてくる。――まさか、剣戟?

嘘だろ。


女神らに連れられて階段へ駆け向かうが、その前に武装した兵士たちが雪崩れ込んできた。

敵だ。雰囲気でわかる。

こちらの兵士が七。敵は十二。しかもその視線は、女神よりも俺を睨んでいた。


敵の指揮官らしき男がなにやら叫ぶが、もちろん理解できない。

その直後、一斉に剣が振り下ろされた。

兵士たちが応戦するも、敵の殺意はまだ俺に向いている。


女神の隣にいた長身の剣士が前に出る。速い。敵を一人斬り伏せ、血しぶきが舞う。


光り輝く矢が、後方から敵へ向けて飛ぶが、鎧に弾かれる。

振り向くと、女神が銀の弓の弦を引いて、次の矢を放つ準備に入っている。

矢筒らしきものが見当たらない。新しい矢をつがえる様子もなかった。どういう仕組みだろうか。


誰かが何かを叫ぶ。やはり理解できない。


「……やべ」


敵が二人、防御線を抜けて俺へと突っ込んでくる。

振り下ろされる剣に対し反射でバックステップ。――跳びすぎた。二メートル以上下がって体勢を崩す。

運動不足の俺がこんな距離を? いや、どう考えてもおかしい。


崩れた体勢を立て直す間にもう一人が襲いかかる。

だが、今度は誤らない。

相手は革に鋲を打ったと見える鎧を纏っている。革鎧なんて触ったこともないが、鎧なのだから殴れば拳が砕けるだろう。


サイドステップで回避。押すような前蹴りを骨盤の横あたりに叩きこむ。

鎧越しでも関係なく、相手は十メートルほど転がっていく。


始めに体を動かした時から感じていた違和感。


これが俺? 火事場の馬鹿力なんてレベルじゃない。


頭のほうも、どうかしてしまったらしい。


嗅いだこともない鉄錆の匂いが鼻にこびりつく。心臓は痛いほどに脈打っている。冷静なはずがない。


しかし、敵のこと、自分の身体のこと、すこし意識を向けるだけで

外付けのCPUが稼働しているような感覚。解析結果だけでなく思考プロセスまで一瞬でインポートされ、それを当然のように受け入れている俺。


すでに身体がどの程度動くかは、概ね理解している。


敵はまだ俺を見ている。狙いはやはり俺だ。根本的な状況については、訳も分からず、人生初の殺し合いの渦中にいる。

階段からは敵兵と同じ足音。どうやら敵はまだ増えるようだ。


また敵の一人が何か叫ぶ。指揮を飛ばしているのだろう。

目の前の敵の意識が、一瞬後方の階段に逸れた。

振り返ったわけではない。わずかな目線の動きでわかる。

味方の増援に気を取られたのだろうか。


――見逃さない。


片手剣を握る右腕を掴み、力任せに捻り上げる。

だが、思った以上に相手の力も強い。俺の知る一般的な成人男性のそれよりもはるかに強い。


(まずった!)


左手の小盾で背中や側頭部を何度も殴られる。昏倒しそうなものだが、不思議とあまり効いていない。

むしろ数秒の揉み合いの中で、関節の構造を。柔術経験なんて、もちろんない。

肩を外し、剣をもぎ取る。悲鳴。不快な手ごたえ。


――履歴書に“特技:人体破壊”って書けるな。


鎧についても、揉みあいの中で理解している。革はそれほど硬質ではない。その下に金属板――それが本命の防御。鋲の配置を目印に、金属板の間を通して剣を突き刺す。ぐにゃりとした感触が伝わる。悲鳴を無視。さらに押し込む。


血の匂いが鼻を焼く。だが、妙に冷静だ。

いや、冷静に自身や周囲を観測している俺と、恐怖のあまりパニックになってしまいたい俺が併存している。


階段脇に、いつの間にか一人の男が立っていた。いつからそこにいたのか。

鎧を纏ってはいない。金糸で装飾されたベルベットのチュニックにレギンス。漆黒の外套。つま先の尖ったブーツ。貴族然とした装い。

ジトッとした観察者の目。兵士とは違う。こいつが親玉か。

ただ、見ている。戦いもせず。命じもせず。ただ、冷ややかに観察している。気味が悪い。


気を取られた瞬間、鋭い痛み。

左腕を裂かれる。熱い。怖い。視界がぐらつく。


「俺のひだっ……きら……た?」


剣を手離し、転がるように間合いを取る。

すぐさま左腕を動かしてみる。痛い。なんとか動く。腕はある。

錯覚で一瞬、本当に切り落されたかと思った。血が滝のように溢れる。


武器を失った俺に敵が迫る。速い。さっきまでの連中より明らかに。

腹から剣を生やして死にかけてる男は、その後ろだ。

体勢を持ち直すより前に距離を詰められる。


剣が振り下ろされる。今度こそ死ぬ。右腕では防げない。


(せめて……せめて、俺にも剣があれば……!)

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