第12話 地伊田桃黄子は匂われフェチである。

「えーと……匂われフェチってことは……匂いを嗅がれたいってことですよね」

 もう黙ってる必要ないな、と思った私は、口を開いて地伊田さんに聞いた。

「……うん」

「……いつ頃そのフェチの自覚を」

「高校入ってから……かな」

「……高校入学から今まで、嗅がれたいと思った時に仲直りしようと考えたことは……?」

「あったけど……あったけどさぁ!」

 地伊田さんが声を荒げる。

「アタシの方から匂われ拒否って仲悪くなったのに今更『匂い嗅いでほしい』はどの口がって話にならない!?」

「それは……そうですが……」

 つまり……獅子神さんが自分が悪いと思って謝る勇気が出なかった一方、地伊田さんも自分が拒否ったのだからやっぱり嗅いで欲しいとは言えず……お互い仲直りしたい状態だったのにできなかったわけか……。

 擦れ違いだなぁ……。

 ……フェチのくだり無かったら青春の一ページだなぁって普通に言えたな……。

「ま、まあ……これでお互い仲直りしたかったということで……とりあえず獅子神さんに匂い嗅いで貰います?」

「……」

 おや?

 何故そこで黙る?

 さっきの話の流れ的にそうじゃないのか?

「ウチに匂い嗅いでほしいって話じゃ……ないの?」

 獅子神さんも、涙を拭き終えてから聞き返す。

「い、いや……ついさっきまではそうだったというか……夕方、駅でリコたちに会うまでは……リコに嗅いで欲しかった……けど……今は違くて……」

 地伊田さんの……謎の回答。

 どういうこっちゃ?

 何故、その瞬間に心変わりを?

「あの、だから、ええと……ど、どちらさんでしたっけ?」

 地伊田さんが、私を見る。

「兎佐田、ですけど……」

 ここで……私?

「そ、そう兎佐田さん。リコが……兎佐田さんの匂い……嗅いでて……」

「本当に……悪い癖治ってなくてごめん……」

「いや違うのリコ。違くて」

 謝る獅子神さんを、地伊田さんは否定。

「だ、だから……リコが……他の女の子の匂いに夢中になってるの見て……なんか……」

 地伊田さんの声が――。

 トロけた。

「ちょっと……興奮して……♡」


 変な扉開いてる――!!

 地伊田さん思ったより変態の扉開いてる――!!


「たぶん……『匂取られN T Rフェチ』も目覚めちゃって……♡」

「何ですかその聞いた事のないフェチ!?」

 いや……アルファベットで略すと聞いた事あるなぁ!?

 よい子は検索しちゃダメなワードだなぁ!?

「だから……今はリコに匂われるのは……なんかちょっと解釈違い。リコは兎佐田さんの匂いを嗅いでて欲しい……でもそうなると匂われの方の欲求は満たせなくて……」

 地伊田さんが頭を抱える。

 さっきまで獅子神さんが謝罪に滅茶苦茶悩んでたというのに……この人すごくバカな事で……ごほん、変な事で悩んでる……。

 獅子神さんの涙返せ……。

「……え、駅での去り際の『信じらんない』ってのは……?」

 すっかり涙も引っ込んだ獅子神さん、何気ない疑問の提示。

「あの時はあの状況に興奮してしまった自分が信じられなくて……」

「そっち?」

 地伊田さんの答えに、いつもの調子のノリで返す獅子神さん。

 あの辛い空気が無くなって、いつもの感じになったのは……まあよかったと思おう。

「えー……と……とりあえずウチは兎佐田さんの匂いを嗅げば、桃黄子的には満足?」

「うん……」

「じゃあ後は匂われの方のフェチを満たせばいいから……そうか、兎佐田さんが桃黄子の匂い嗅げばいいのか」

「何で私ですかッ!?」

 獅子神さんの突然のアホ発言もいつものノリな所はあるけどッ!

 なんかいつもの感じが完全に戻ってるのは嬉しいけどッ!

「その手があったか……!」

「地伊田さんッ!?」

 地伊田さんは初対面の時ともう印象が全然違うッ!


 え、待って?

 獅子神さんが私の匂いを嗅いで?

 それを地伊田さんが見て?

 私は地伊田さんの匂いを嗅ぐ?

 何? 何なんだこれ? ぐるっとくっついた感じなんの?

 フェチウロボロス?

 バケモン生まれちゃったぞ?


「あの……獅子神さんと地伊田さん的には私が地伊田さんの匂いを嗅ぐことに不満や嫌な感じはないのですか」

「ウチは謝罪も兼ねてできるだけ桃黄子のフェチを満たしたい。そんで兎佐田さんの匂い嗅げるのは嬉しい」

「アタシはリコに嗅がれるのが今解釈違いなだけだから誰かに嗅いで貰えばそれで」

 あれ……?

 もしやこのフェチウロボロス計画に異を唱えているのは私だけか……?

 そうか……この二人中学の頃から友達だから……基本的には波長や意見が合うんだ……。

 ……。

 あ、逃げ場ないな?

 ライオンとチーターの挟み撃ちになってるな?


 色々諦めた私は、背中に私の後頭部の匂いを嗅ぐ獅子神さん、前に私たちを見る地伊田さん、という体勢になる。

 うーん、ウロボロスというよりサンドイッチだな。

 親友ギャルの間に挟まる百合オタク。

 漫画だったらキャラによっては炎上不可避……。

「ん……すぅ……」

 うおっ、獅子神さんはもう嗅いどる。

「はぁ……♡」

 くそう、幸せそうな声漏らしてやがる。

 こちとらまだこのフェチウロボロスギャルオタクサンドに困惑しているというのに。

 地伊田さんは……。

「あ゛……♡ あぁ……♡」

 順調に匂取られフェチを満たしている……脳を破壊されて喜んでる……。

 実に難儀なフェチを拗らせてらっしゃる……。

「え、えーと……か、嗅ぎますよ? 地伊田さん?」

 ……人の匂いを意識して嗅ぐの恥ずかしッ!

 獅子神さんよく毎回やってるなこれ!?

 なんとか必死に羞恥心を堪え、私は地伊田さんの胸元に鼻を近づける。

「んくっ……」

 桃っぽい匂い。

 少し甘さが強そうというか……果物の桃というより桃缶が頭に浮かぶ。

「……ふぅ……」

 ため息のように、吸い込んだ息を吐いた。

 その時。

「ふぉあッ!?♡」

 ビクッ、と地伊田さんの体が跳ねた。

「えっ、あっ、ご、ごめんなさいなんか変でしたか!?」

 私は慌てて地伊田さんから離れる。

 やばい、後ろの獅子神さんにぶつかる――と思ったが、地伊田さんの反応で獅子神さんも体を起こしていたのか、後ろに離れた私を獅子神さんが受け止めてくれた。

「はぁー……♡ はぁー……♡」

 地伊田さんが、胸を抑えて息を荒くしている。

 ……え、そんな私の嗅ぎ方良かったのか……?

 地伊田さんは呼吸を整えてから、じっと私を見る。

「な、なんか……兎佐田さんの息浴びたらなんか……めっちゃゾクゾクしたんだけど……♡」

 ……息?

 ……おい……地伊田さんまさか……。

「やっばぁ……『息フェチ』にも……目覚めたかも……♡」

「フェチ何個抱えてるんですか地伊田さんッ!?」


 それからちょっとだけ追加で匂われ、匂取られ、息の三つのフェチを満たしてあげてから……流石にだいぶ時間が遅いので解散になった。

 地伊田さんとは連絡先を交換し、近所だからいつでも匂いを嗅いだり息を浴びせたりに……もとい、遊びに来てほしいと言われた。

 地伊田さんのお母さんにも「また遊びに来てね」と笑顔で言われたが……ごめんなさい、地伊田さんのお母さん、私は娘さんの脳をだいぶ壊してしまったと思います。


 獅子神さんを連れて、私の自宅に。

 お母さんには帰宅がだいぶ遅くなってしまったことを怒られてしまったが、獅子神さんが事情を(フェチのくだりを除いて)説明し、「ま、そーゆーことなら」と許して貰えた。

 夕食は、先程話した通り唐揚げ。

 やや多め片栗粉の唐揚げをザクザク食べていると……。

「あ、もう随分遅い時間だし、今日は泊まって行きなさいよ」

 お母さんが、デザートにイチゴを用意してくれながら、獅子神さんに言った。

「え……いや、でも……」

「遠慮しないの。この時間だと、帰らせる方が親御さんに申し訳ないわ。桃香もいいでしょ?」

「うん、寝るのは私の部屋で――」

 そこまで言いかけて、私は気付いてしまった。


 私の部屋の本棚にはそりゃもうびっちり並んだ百合漫画の数々――!

 壁やら棚やらに飾られた各作品イベントのグッズ――!

 勉強机の上には思いついた時に何気なく書いた百合二次創作小説のメモが乱雑に――!

 百合オタクバレ100%濃縮還元――!


「ア、ジャア私オ部屋片ヅケナイトダカラ……獅子神サン、先ニオ風呂入ッテ」

「え……何でそんな声上擦ってるの?」


 獅子神さんがお風呂入ってる間に、私は部屋の片づけに取りかかった。

 本棚は元々本棚用のカーテンがあったのでそれを閉め……開けられないことをひたすら祈る。

 飾られていたグッズは丁寧に外し、箱に入れてクローゼットの中に。

 メモはまとめて適当なクリアファイルに入れてから引き出しの中に。

 ……たぶん大丈夫かな……?

 大丈夫だよな……?

 しばらくして、獅子神さんが部屋のドアをノックした。

「兎佐田さーん? 入っていいー?」

「い、いいですよー」

 私の返事をしっかり待ってから、ガチャ、とドアが開く。

「へー……綺麗なお部屋じゃん」

 お母さんのスウェットの上下を借りた獅子神さんが、ゆっくりと部屋に入って来る。

「すみません、お母さんの服着て貰うことになって……私の身長じゃまず獅子神さんが着れる服無いんで……」

「いや、貸して貰えただけでホントありがたいお話だから……」

 ……獅子神さんの制服じゃない姿、初めて見たな……。

 お風呂の後だからメイクとか取れてるはずだろうけど……ノーメイクで全然可愛い……。

「あっ、化粧水とか乳液とか使います? 私のでよければ……」

「あ……じゃあ欲しい……かも……もちろん、使いすぎないようにするけど……」

「じゃ、こっちの棚にある奴好きに使っていただいて……鏡、これです」

「桃香ー、あなたもお風呂入っちゃいなさーい」

 お肌のお手入れ関係のアレコレを準備していたら、お母さんが扉の向こうから声をかけてきた。

「制服のシャツの洗濯とかもして、明日すぐ着て行って問題ないようにしておくから」

「あ、はーい! すいません獅子神さん、お風呂行ってきます」

 こうして、私は部屋を出て行く。

 ……頼む、獅子神さん、本棚のカーテンだけはめくらないでほしい……ッ!

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