兎佐田桃香は女の子たちのフェチにドンピシャである。
剣崎甲骨
フェチとの遭遇編
第1話 兎佐田桃香はオタクである。
あなたはオタクだろうか。
この私、
今の時代、漫画・アニメといった、いわゆる「オタクカルチャー」を嗜む趣味は、ある程度一般的な範囲の趣味として人々に認められている。
とは言っても、すべての漫画・アニメが一般人に認められているわけではない。
社会で堂々と「好き」と言える作品は、知名度の高い漫画雑誌に掲載されている一部の人気作品に限られている。
そうでない作品のタイトルを口に出し、それを好きだと言えば、「あなたって意外とオタクなんだね」と変な目で見られ始めてしまう。
仮に人気作品の漫画・アニメが好きだからと言って、その作品のグッズを大量に買い込んだり、作品のイベントに参加したり、その作品の二次創作をしたりと言った様子を誰かに見られれば、その瞬間「漫画・アニメ好きな一般人」は「ちょっと変わった人」に早変わりしてしまう。
結局の所、オタクが迫害される時代なのは変わらないのだ。
私は女の子がキャッキャウフフする日常系百合作品が大好きだ。
お気に入り作品の単行本は買い揃え、グッズを部屋の棚に並べ、イベントに参加し、二次創作小説を書く。
どこに出しても恥ずかしい、立派な百合オタク女である。
この趣味が誰かにバレれば、完全に「別の世界の人」として扱われることだろう。
中学時代、自分の趣味が人に堂々と言えたものじゃないと早い段階で気付くことができた私は、この趣味を隠し、「人気作品のキャラをちょっとだけ知ってる程度の一般人」を演じ続けて来た。
見た目も黒髪ボブカットにメガネ。
それこそ漫画で言えばモブキャラとして存在しそうな外見を維持した。
……いや、漫画に出て来る黒髪ボブカットメガネキャラの中には、美少女でメインキャラな子もいるとは思うが……それは置いといて。
さらに、人間関係も大切にした。
友達からの遊びの誘いはほぼ受け入れ、最新のトレンドを追って話題にしっかり追いついた。
とはいえごく普通の友達付き合いを維持することを優先した結果、逃してしまった漫画・アニメイベントも多い。
あの時は割と泣いた。
しかしそんな苦行をなんとかこなしていったおかげで、私は無事百合オタクであることがバレることなく中学を卒業することができたのである。
あの苦行は無駄ではなかったのだ――!
そして今年、私は
この時をずっと待っていた。
何故なら、大好きな百合作品の舞台も高校であることが多いから!
私自身が高校生になったことで、より作品の世界に実感を覚えながら没入して読める!
それに実際に高校生活を送ることで、ようやく実体験を得た上での二次創作小説も書ける!
中学時代、高校生活を送ったことのない私が、イメージだけで高校生活の様子を書く……というのが正直滅茶苦茶モヤモヤしていた。
そのモヤモヤが今年からついに晴れるのだ。
きっと、中学時代よりももっと楽しく話を書くことができるだろう。
もちろん、高校生になってからも一般人のフリは続けていかなくてはならない。
通学に使う電車の中で、アニメ化された百合アニメのアニソンなど絶対に聞いてはいけないし、スマホで百合漫画の電子書籍なども読んではいけない。
入学式では「流石に悪ふざけはしないが正直式を退屈だと思ってる、よくいる高校生」のオーラを放つ。
入学式が終われば、新しいクラスでクラスメイトたちとちゃんと顔合わせし、自己紹介を行うわけだが、長すぎず短すぎず、真面目過ぎずふざけ過ぎず無難に終える。
ちなみに趣味は読書、と答えたが、もしも誰かに「どんな本読んでるの?」と聞かれた時のため、流行りの推理小説を2冊読破しておいた。
そのため本の例を挙げたり感想を言ったりするのも無難にできる――まあ、特に聞かれずに済んだが。
ここまで、決して悪目立ちしない、どこにでもいるごく普通の女子高校生として、面白くはないがつまらなくもない存在であると……主張し過ぎない程度に主張することができた。
なんという圧倒的一般人感――!
漫画やラノベであれば絶対に主役になれない存在――!
こんな奴がまさか日々二次創作百合小説を書いてるガチの百合オタクだなんて、絶対に悟られないだろう。
完璧な初動だ。
ここが一般人演技用のオーディションであったら、審査員から拍手喝采が送られていたに違いない。
流石に現実はただの教室であるため、送られて来たのは少し開いた窓から吹いて来た温かみのある春の風だけであるが。
私は「う」から始まる名前のため、こういう入学時の席は窓際、一番左の列になることがほぼ確定している。
おかげでこういう良い風が来るのはいいな……夏場は暑そうだけど。
クラス全員の自己紹介も終え、本日は解散となる。
一応、隣の席の人と挨拶はしておこう。
一番左の列だから隣は右隣だけで済むし。
「あ、今日から隣、よろしくお願いします」
ニコ、と一般人スマイルを見せつつ会釈する。
隣の席の人は、
その名の通りライオンのタテガミを思わせるような美しい金髪を、これまたタテガミの如くふわっと広げた――ギャルだ。
間違いなくクラスのカーストにおいて上位に所属するお方だ。
きっとこの後すぐに作った友達とカラオケとかゲーセンとかに行き、お手頃価格のイタリアンファミレスで友達と夕食、暗くなったら駅前のイルミネーション(今やってるのかは知らないが)をバックにスマホで写真を撮り、SNSにアップして1200ぐらいの評価を得るのだろう。
一瞬の間にそんな妄想を浮かべてしまえるくらい、典型的なギャルの外見をしている。
……正直、苦手なタイプの第一印象しか受けないから「あんまり会話しない隣の席の人」で関係を終えたい。
が。
なんか知らんが……挨拶直後、私をじーっと見つめる獅子神さん。
「あ、あの……何か?」
私が何をしたというんだ。
私はただオタクを隠すべく一般人のような一日を過ごしただけだぞ。
「えっと、兎佐田さん……だっけ」
「あ、はい」
「んー……」
何? 何なの? その視線。
いや、視線というより……。
匂いを……嗅いでる?
「……兎佐田さんさぁ」
「は、はい……」
「いい匂い、するね」
「……はい?」
待ってくれ、その言葉は想定していない。
いい匂い? 私が?
「下の名前、桃香だっけ?」
「そ、そうですケド……?」
「名前の通りなんか桃っぽい匂いするなーって思ってたんだよね。何か香水とかつけてる?」
「い、いやいやいや! そういうの全然詳しくないんで!」
「マジ? 何もしてなくてその匂いなん? うらやま」
マジかよ、匂い褒められたり羨ましがられたりしたこと無いんだが?
っていうか桃っぽい匂いってなんだよ自覚したことないよ!
「あの……そんな匂います?」
「あ、ゴメン、キモかったよね?」
「いやいやいや別にそんなんじゃないんですけども!」
……この発言が男子からのものだったら相当キモいが、獅子神さんは女の子なのでセーフだ。
「ウチ、ちょっぴり『匂いフェチ』な所あってさぁ。好きな匂いに敏感ってゆーか……」
おいおい獅子神さん初対面の相手にフェチ語れるのかよ。
ギャルってみんなそうなん?
「って……好きな匂い……ですか?」
「うん、兎佐田さんの匂いめっちゃ好み」
獅子神さんは、すごくいい笑顔でそう言った。
……この顔は嘘じゃない。
前に、滅茶苦茶尊い百合漫画を読んだ後、顔を洗って火照った顔を冷やそうと洗面所に行ったことがある。
その時の自分の顔は、百合オタクにしてはすごくいい笑顔だった。
獅子神さんの顔は、その時の私の顔とよく似ている。
……百合オタクの顔と同じ扱いにするのは、ちょっと申し訳ないが……。
とにかく、これは……「本当に好きなものに出会った時の笑顔」だ。
つまり獅子神さんは……ガチで私の匂いが好き……なのか。
「あー……あ、ありがとうございます?」
反応に困った私だが、とりあえずお礼を言っておいた。
「へへへ、ね、兎佐田さん」
獅子神さんは、機嫌の良さそうな猫のような笑顔を浮かべ、私の顔を覗き込むように近づいて来た。
「え、あ、何ですか?」
聞き返した私の耳元で、獅子神さんは少し恥ずかしそうに、小声で囁いた。
「空き教室とか行ってさ……一回ちゃんと……がっつり匂い嗅がせてくれない?」
ん~……?
こいつ……金髪ギャルの皮被った、ただの変態か……?
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