第3話 なじめない転校生と義姉
初めての教室は、冷たく広がっていた。
四月の朝。
歩道にはまだ桜の花びらが残り、風に揺れている。
制服のリボンを結び直しながら、私は一歩ごとに呼吸を浅くした。
今日から二年生。
知らない校舎、知らないクラス、知らない人たち……。
そのすべてに足を踏み入れることが、転校生にとって一番不安になる瞬間だった。
唯一の救いは、横に沙耶が歩いていること。
けれどその背筋はまっすぐで、
まるで私とは別の世界に立っているように見えた。
教室のドアを開けた瞬間、視線が一斉にこちらへ向いた。
ざわめきが波のように広がる。
「転校生?」「沙耶と一緒だ」……小声の囁きが耳を刺した。
私は黒板の前に立ち、担任の先生の紹介を待つあいだ、
足先に力が入っているのが自分でもわかった。
「今日からこのクラスに入る、水瀬結菜さんだ。
分からないことがあれば、みんなで助けてあげて」
形式的な言葉。
私は「よろしくお願いします」と頭を下げた。
拍手が起こるが、まばらで乾いた音に聞こえた。
席は、担任の配慮で沙耶の隣になった。
机を引く音が、静かな教室に響いた。
いくつかの視線は好奇心というより、探るように見つめていた。
“どんな子なの?”と問われている気がして、
私はノートを取り出すふりをしながら机の下で手を強く握りしめた。
休み時間、数人の女子が話しかけてきた。
「沙耶の義理の妹なんだよね?」
その言葉に一瞬、呼吸が止まった。
“義理の妹”。
昨日まで存在しなかった肩書きが、いきなり私の前にぶら下がる。
「うん、まあ……」
曖昧に答えると、彼女たちは「へぇ、仲良しそうだね」と笑った。
その隣で沙耶は微笑んでみせる。
その笑顔は、教室の誰もが知っている“優等生の顔”だった。
私の背筋に冷気が走った。
——仲良し。そう見えてしまうのか。
昼休み、廊下の窓から校庭を見下ろすと、
サッカー部の掛け声が遠くに響いていた。
光を受けた沙耶の横顔は澄んでいる。
けれど、そこに私への視線はなかった。
同じクラスに座っていても、
彼女はこの学校に確かな居場所を持っている。
私はただ“新しく加わった影”でしかない。
胸の奥に、居場所を探すようなざらつきが残った。
——教室での私たちは、「義姉妹」ではなく「隣の席の転校生と人気者」。
表面だけの関係が、誰の目にも“仲良し”に映っているのが、
むしろ息苦しかった。
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