第12話 久々の再会は、腹の探り合いだ

「いらっしゃいませ、何名様ですか?」

「個室の23番で!」

変身を解いた俺は、警戒しながらもあえて人通りの多いルートを選び、アンフィールを連れて繁華街の大きなビルへと駆け込んだ。ようやく肩の力を抜いて、首元の詰まったシャツをゆるめながら、わざと常連客っぽく胸を張る──

だが——

「申し訳ありません。当店に23番の個室はございません」

「……」

ニコニコ顔の店員に、あっさり現実を突きつけられた。

そして、すぐ後ろから、俺の袖をちょんちょんと引っ張る手。

「……おじさん、予約してないよね?」

「アホ!これはブラフってやつだ!最初から強気で出なきゃ、ナメられるだろ!」

「はぁ……でも、別に乗り込むわけじゃないし……虚勢張る意味どこに……」

意味はあるに決まってるだろうが……俺もここ初めて来たんだよ!このポンコツ!

「……とりあえず、一番奥の席で頼む」

「かしこまりました~。こちらへどうぞ」

……。

席に着いた途端、ソワソワと周囲を気にしていたアンフィールが、案の定、不安げな声を上げてきた。

「ねぇ……おじさん、さっき『いいアイデアがある』って言って急に飛び出したけど……もしかして、ここ?」

「そうだ。落ち着いて考えるには、最高の場所だろ?」

「……うん、確かに雰囲気はいいけど……ここって、めっちゃ高級なカフェじゃないの!?」

店内に広がる煌びやかな内装、AR投影による優雅なキャンドルライト、漂う芳香なアロマ──

まるで完全に場違いな小動物みたいに、アンフィールは目をまん丸くしていた。

は、だから世間知らずな小娘はこれだからな……まったく。

「何が悪い?俺みたいな奴がここに来ちゃいけないって言いたいのか?」

「い、いえっ、そういう意味じゃなくて……。ただ、その……お鍋一つも買い替えないおじさんが、こんな高そうなお店に来ても大丈夫なのかなって……」

「大人の財布をナメるなよ!この口の減らない小娘めっ!」

「いたっ!」

遠慮なくおでこにチョップを一発かましてやってから、ベルベット装丁のメニューを彼女に押し付けた。

「好きなもん頼め。今日は俺のおごりだ」

「……え、えええ……?」


半信半疑でメニューを抱えたまま、アンフィールは値段の欄をじーっと見つめ続け……結局一番安いミルクティーをおずおずと指差した。

「じゃあ……これで……」

「……それだけ? 他には? ……ったく、つくづく小物だなお前」

「……だ、だって、おじさん……さっき朝ごはん食べたばっかりだし……」

……まったく、こんな簡単なことすら分からんとは。

……しょうがない。ここは社会人として、しっかり基本を叩き込んでやらねばな。

「いいか、よく聞け──」

俺は姿勢を正し、まるで地図でも広げるかのようにメニューをテーブルの上にぱたんと開いた。

そして、視線すら落とさずに、迷いもなく一番高そうなページを指さす。

「食後のデザートは別腹だ!」

「……」

俺の理不尽極まりない発言に、アンフィールは呆気に取られたまま、ただ俺が優雅にテーブルのベルを鳴らす姿を見つめていた。

「……コホン、すみませーん、注文いいですか」

「はい、お客様。ご注文はお決まりですか?」

俺はにっこりと微笑みながら、指をすっとメニューに滑らせて──

「ここに載ってるやつ、ぜんぶで!」

……二十分後。

「……はぁ」

テーブルの上に積まれた、まるでパーティーでも始まりそうなスイーツの山。

その向かいに立っていたのは、高級そうなコートを腕にかけ、金髪をきっちり整えた男だった。

鋭い鷹のような鼻筋と凛々しい眉、無駄のない引き締まった体に彫刻のような顔立ち。たった一人で突っ立っているだけで、ファッション誌の表紙みたいなオーラを放っている……。

そんな彼に見下ろされる位置に座る俺は、まるで付き添いの運転手よろしく見劣りしまくりながら、彼の香水の匂いにむせそうになりつつも、無理やり作った笑顔で出迎える。

「よう、久しぶりだな、親友。ささ、座れよ座れ。全部そろってるぜ。あとはお前を待つだけだったんだ」

「くだらないお世辞はやめろ……他人の予定なんて一切考えずに、自分勝手に呼び出すその傲慢な性格、昔っから全然変わってないな、ライク」

「おいおい、そんな水臭いこと言うなよ。、もうちょっと和やかにいこうぜ~、チャールズ?」

「フン……どうせ俺に奢らせるつもりだったんだろ」

チャールズはテーブルの横で不安そうに立っていた店員に一瞥をくれると、ポケットから見るからに高級そうなカードを取り出して差し出した。彼女はようやく安心した顔で、足早にその場を離れていった。

「ふぅ〜、さすがは地位も権力も手に入れた勝ち組様、太っ腹だねぇ~」

「えっ?でもおじさんさっき、『俺の奢り』って──」

「奢るとは言ったが、払うとは一言も言ってないぞ」

アンフィールのツッコミを鋼のメンタルでスルーしつつ、俺は向かいの男へと視線を向けた。

「にしても、連絡先変えてなくて助かったわ、本当に」

「そうだな。知らない番号からお前の声が聞こえてきたときには、ついに昔の『裏切り者』が完全に堕ちて犯罪者にでもなったか、と思ったよ」

「おいおい、口が悪いな。俺をなんだと思ってるんだ。世都(ホープキャッスル)一まじめで法を守る優良市民だぞ、俺は」

「はは、よく言う。過去の自分をここまでスパッと切り捨てるとは……お前がいなくなってた間に何か心境の変化でもあったのか、それとも──」

わざと意味深に言葉を止めたチャールズは、大人しくミルクティーを啜っていたアンフィールに、興味深げな視線を向けた。


「──春でも来たのか?お前、昔は『一途な男』が売りだったんじゃなかったか?」

「ぶふっ──」

「ぶふっ──」

今度ばかりは俺とアンフィール、息ぴったりに飲み物を盛大に吹き出した。

だがそこは流石チャールズ、手元のメニューで見事に水をブロックしてやがった。

「はあ!?何バカなこと言ってんだよ!こんなポンコツで世間知らずなガキに、俺が興味持つわけないだろ!?こいつはただ、その……万が一お前が来なかった時に、メシ代を肩代わりさせるための保険ただけだ!」

「もはや心の汚れがにじみ出てるよ、おじさん……」

「悪いのは俺じゃない!大人の世界が汚れてるだけなんだ!」

「まともな大人とお前みたいなクズを一緒にするな……さて、そろそろ本題に入ろうか。俺は暇じゃないんだ、まさかとは思うが、呼び出した理由がただの世間話ってことはないだろうな?」

「……うっ」

穏やかな笑顔を浮かべながらそう言ったチャールズだったが、そこに一切の笑みの気配はなかった。

……ちっ、この仕事人間め、昔から全然変わってねぇ。

「わかった、わかったって。とにかく、これを見てくれ。これたぶん、お前が主導で開発したヤツだろ?」

「……降臨端末?いや、待て……これは──」

あれ?何か想像と違う反応なんだけど……。

いつもは冷静沈着なチャールズが、俺が差し出した端末をじっと見つめた途端、明らかに顔色が変わった。

「ライク……正直に答えてくれ。これ、どこで手に入れた?」

お、おいおいおい!?なんだこの物騒な質問!?すげー警戒モード入った。

そんな地雷だらけの問いに、素直に答えられるわけないだろバーカ!

「……ふぅ、そこまで言うなら仕方ないな。実はこの端末……」

そう言いながら、俺はテーブルに身を乗り出し、辺りをキョロキョロと確認してから声をひそめる。


「……闇市で、高値で仕入れた」

「……闇市?フッ、俺まで騙すつもりか?」

チャールズは薄く笑いながら、どこか皮肉っぽく肩をすくめる。

「一目でバレるような浅い嘘じゃなく、『それっぽくていかにも危なそうなネタ』で真実を覆い隠すとは……さすがはお前らしいな」

……チッ、この生意気なヤロー、シワ一つ増えてねぇどころか、嗅覚の鋭さもまるで衰えてねぇとは……っ!

「たとえ闇市でも、最終的な目的は金だろう?命懸けで取引するリスクを背負ってまで、こんな価値が不明なものを扱う必要がある?ましてや……仮に取引できたとしても、食事代すらロクに払えないお前が、わざわざこんなものを手に入れに行くと思うか?」

「……」

……なんか、真実を突きつけながら、さりげなく俺をディスってないか?

「黙秘するのも構わないが……隣のお嬢さんは、そろそろ落ち着かなくなってきたみたいだぞ?」

ふん、ここで振り返ったら思うツボだろうが。

そんなわかりやすい誘導尋問に、俺様が引っかかるとでも思ったかよ!

「……おじさん、何言ってるの?私の降臨端末は、ちゃんと努力して正規ルートで手に入れたものだよ?」

くそっ……しくじった。

隣にいるあのポンコツな『ダメヒーローちゃん』が、警戒心ゼロの単細胞生物だったってこと、すっかり忘れてた……!

「やはり……そういうことか。それにしてもライク、お前……今日はどこか様子がおかしいな。一体、何をそんなに怯えている?」

「答える前に、こっちからも一つ聞かせてくれ……この端末って、壊れやすいものなのか?」

「……冗談だろ?『これを壊すくらいなら、使ってるヒーローを倒したほうが早い』……お前なら、それぐらい分かってるだろう?」

「ああ……言いたいことは分かるだけと……」

「それに……」

言葉を濁したままのチャールズの目に、一瞬だが確かな疑念の色がよぎった。

「これは、普通の端末じゃない……」

……つまり、特殊タイプってことか?

おいおい、こんなものをCランクの新人ヒーローに配るなんて、正気かよお前ら。

「とはいえ、どんなに頑丈でも……絶対に不具合が出ないってわけじゃないだろ?」

「いや……俺の見立てでは、問題なく動いていたはずだが?……何かあったのか?」

「あ、うん……その……正確に言うと、そこの『彼女』が使えなくなっててさ……」

「……使えなくなったって、どういうことだ? いや、待てよ……なんでわざわざ『彼女』がって強調したんだ?」

……だから俺は、こういうカンの鋭い男が嫌いなんだよ!!

「……ライク、お前まさか――」

「おっ、おおおおっ、このアップルパイうまっ!!チャールズも早く食べろって、冷める前にいかないと勿体ないぞ!!」

チャールズの言葉を全力で遮りつつ、俺は目の前の、まだ歯型の残ったアップルパイをフォークでぶっ刺して、奴の皿に押し込んだ。

「……てめぇ」

案の定、いつも冷静沈着なチャールズの額にも、ピキリと青筋が浮かび始めた――。

「ふふふ、ライク、お前にはどうやら一からテーブルマナーを叩き直す必要がありそうだな。人生、最初からやり直してみるか?」

「はははっ、そんなチャンスがあるなら、お前も道連れにするに決まってるだろ、親友!」

男同士のくだらない『戦争』は、そんな冗談めいた掛け合いからあっさりと火蓋を切った…

「ケ、ケンカはダメですっ!」

──が、スタートの合図を待つまでもなく、ぷくっと頬を膨らませた小動物が、俺たちの間に割って入ってくる。

……なんか本当にハムスターっぽいな。

「それより……おじさんのその友達って、いったい何者なんですか?降臨端末のこと、すっごく詳しそうだったけど……」

「ん?ああ……こいつはまあ、紹介するほどのもんでもねぇよ。群星協会(スターリンク)の、ちょっとした雑用係みたいなもんだ」

「──『万象言霊(ヴァストオラクル)』のこの俺を、雑用呼ばわりする奴が現れるとはな。何年ぶりだろうねぇ?」

万象言霊(ヴァストオラクル)だか何だか知らねぇが、顔がちょっと整ってるだけのくせに、偉そうにしてんじゃねえよ。

「えっ?えええええ!?でもその称号って……たしか『秩序十星(プトレマイオス)』の一人、Sランクのヒーロー様じゃないですかっ!」

俺が心底どうでもよさそうな顔をしているのとは対照的に、アンフィールはまるでアイドルでも見つけたかのように目をキラキラさせながら叫んだ。

「ほう、あっちのどうしようもないクズとは違って、このお嬢さんは見る目があるようだね」

……チッ、よく言うぜ。

「でも、おじさん……こんなすごい人と知り合いだったなんて!どうして今まで教えてくれなかったんですか?」

「ははは、驚いたか?俺様は意外と顔が広い男だからな。今後は俺への接し方、もうちょっと見直したほうがいいぜ?」

「別に、あいつのことは尊重しなくてもいいさ。俺とあいつの関係なんて、ちょっとした腐れ縁ってだけだしな。もしもいつか逮捕が必要になったら、いつでも連絡してくれ。証拠なら、いくらでも用意してやるよ、賢いお嬢さん」

「はいっ、ありがとうございます!肝に銘じておきます!」

……いやいや、勝手に話を進めるなって!

だから俺を一体なんだと思ってんだよ!?

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