第21話 嵐を乗り越えて ~リコ~

 沿岸部の港湾都市『シーポート』に到着したリコチームを迎えたのは、激しい海風と暗い空だった。

 リコのチームメンバーは、マリン(20歳・元漁師の娘)とウェイド(19歳・元船大工見習い)の2人だった。

「すごい風......」

 マリンが髪を押さえながら言う。

 港町特有の潮の香りと、不安定な天候。そして、瘴気は海からも吹き寄せてきていた。

「海からの瘴気は、陸とは性質が違うみたいですね」

 ウェイドが観察する。

「波のように、満ち引きを繰り返している」

 リコは明るく言った。

「大丈夫! 私たち、きっとできるわ!」


 翌日、シーポートの浄化に挑戦した。

 しかし、海風が強すぎて、安定したダンスができない。

 音響水晶の音楽も、風に吹き飛ばされてしまう。

「くっ......」

 リコが悔しそうに唇を噛む。

 何度挑戦しても、風と波の影響で聖魔法が不安定になってしまう。

「一旦、撤退しましょう」

 マリンが提案する。

「天候が落ち着いてから、もう一度......」

「でも、街の人たちは待ってるのよ!」

 リコが焦る。

 その明るさの裏に、焦りと不安が隠れていた。


 三日後、再び挑戦したが、今度は嵐に見舞われた。

 激しい雨と風が、3人を襲う。

「リコさん、危険です! 今日は中止にしましょう!」

 ウェイドが叫ぶ。

「でも......!」

 リコは諦めきれない。

 しかし、嵐はさらに激しくなり、3人は宿に避難せざるを得なかった。

 ずぶ濡れになって部屋に戻ると、リコは壁に拳を叩きつけた。

「なんで......なんで私たちだけ、こんなに......」


 その夜、魔法通信で他のチームの報告を聞いた。

 みんな、順調に進んでいるようだ。

「リコ、調子はどう?」

 ミナが尋ねる。

「う、うん! 順調よ!」

 リコは明るく答えたが、その声は震えていた。

 通信を終えた後、マリンが優しく声をかけた。

「リコさん、無理しないでください」

「無理なんかしてないわ。私、いつも明るいでしょ?」

「でも......」

 ウェイドも心配そうに見つめる。

「リコさん、本当は辛いんじゃないですか?」

 その言葉に、リコの目から涙が溢れた。

「だって......私、みんなを励まさなきゃいけないのに......」


 リコは初めて、本当の気持ちを話した。

「私、本当は怖いの。嵐も、失敗も、みんなに迷惑かけることも......」

「でも、明るくしてないと、チームの雰囲気が悪くなっちゃうから......」

 マリンがリコの肩を抱いた。

「リコさん、無理に明るくする必要なんてないんですよ」

「え?」

「本当の強さって、弱さを見せられることだと思います」

 ウェイドも頷く。

「僕たちは仲間です。リコさんが辛い時は、支え合えばいいんです」

 その言葉に、リコは声を上げて泣いた。

「ごめんね......ごめんね......」

「謝らないでください」

 マリンが優しく言う。

「これからは、一緒に乗り越えましょう」


 翌朝、3人は港の船乗りたちに相談した。

「嵐でも、あなたたちは海に出るんですよね?」

 リコが尋ねる。

「ああ、でも嵐と戦うわけじゃない」

 老船乗りが答える。

「嵐の流れを読んで、うまく付き合うんだ」

「流れを読む......?」

「そうさ。海も嵐も、リズムがある。そのリズムに合わせれば、乗り越えられる」

 老船乗りが歌い始めた。

 それは「船乗りの歌」――嵐の海を航海する時に歌う、力強い歌だった。

「この歌は、波のリズムを表現しているんだ」

 老船乗りが説明する。

「満ち引きする波、吹き荒れる風......全てがこの歌の中にある」


 リコは音響水晶で「船乗りの歌」を記録した。

 それは、力強く、ダイナミックで、まるで荒れる海そのもののような音楽だった。

「この歌を使えば......」

 マリンが希望を見出す。

「嵐と戦うんじゃなく、嵐のリズムに合わせるんですね」

 ウェイドも理解した。

「そういうことよ!」

 リコが久しぶりに本当の笑顔を見せる。

「今度は、無理に明るくするんじゃなくて、本当の気持ちで挑むわ」


 数日後、再び嵐が訪れた。

 しかし、今度は3人に迷いはなかった。

「みんな、行くわよ!」

 リコの声には、偽りのない強さがあった。

 音響水晶が「船乗りの歌」を奏で始めると、港の船乗りたちが一斉に歌い始めた。

 何百人もの船乗りの歌声が、嵐の中でも力強く響く。

 3人は、嵐のリズムに合わせてダンスを始めた。

 風が吹くタイミング、波が打ち寄せるリズム、全てを読んで動く。

 嵐と戦うのではなく、嵐と共に踊る。

 聖魔法の光は、まるで荒波を突き抜ける船のように、瘴気を切り裂いていく。


 長時間に及ぶ戦いの末、シーポートの瘴気は完全に消失した。

 そして、嵐も去り、美しい青空が広がった。

「やった......やったわ......」

 リコが膝をつく。

 船乗りたちが3人に駆け寄ってくる。

「ありがとう! 君たちは本物の船乗りだ!」

「嵐を乗り越えた者だけが、本当の強さを知る」

 老船乗りがリコの肩を叩く。

「君は、強くなったな」

「いいえ」

 リコが微笑む。

「私、弱さを認められるようになっただけです」

 その言葉に、老船乗りは深く頷いた。

 リコチームの本当の戦いは、今始まったばかりだった――。

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