第19話 白い刻印

つづりの体も、ゆっくりと透けていった。

髪が、指先が、光の粒となって夜空に舞う。


「……いろは」


奪われていたはずの声が、初めて空気を震わせた。


「え……? どうしたの、つづり。光ってる……!」


つづりは、自分の刻印を見下ろして、かすかに眉をひそめた。

「……なんだろう。刻印が……白になった」

白い光が脈打つように広がり、指先が震える。

「僕にも……わからない。でも……呼ばれてる。向こうの世界に」


「え、どういうこと……? 帰っちゃうの? そんなの、嫌だよ!」

いろはの声が夜ににじんだ。


つづりは首を横に振り、小さく笑った。

「僕だって、まだここにいたいよ……。

でも、君と出会って、描いて、言葉を重ねた時間が——僕を変えた」


いろはの瞳に涙が浮かぶ。

つづりは、震える指でいろはの手に触れた。


「いろは。君と描いた言葉は、もう消えない。

僕がいなくても、君の線は息をする。

だから——進め。」


光の粒が彼を包み込み、夜空へと溶けていく。

声は月明かりに溶け、夜に消えていった。


いろはは立ち尽くす。

頭上には静かな月が浮かんでいた。

胸の奥に広がっていたのは、失った寂しさよりも、確かな温もりだった。

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