第16話🐒「お誘い」
真壁友哉のスマホが短い音と共に振動した。
「あれ、柳楽さんからだ? なんで」
送信元は、先程までに一緒にワイワイと食卓を囲んでいた男だった。今はトイレのため中座しているはずである。
横から画面を覗き込んだ派手な頭の渡移が、口を尖らせる。
「えー、なぎらん帰っちゃったのー? そういうのよくなくなくなーい?」
画面にはこう綴られていた。
【すみません。ちょっと体調悪くなったみたいなので帰らせてもらいます。片付けもしないでごめんなさい。材料費とか後で清算させてください。今日は本当に楽しかったです。とてもいい息抜きになりました。誘ってくれてありがとうございました。】
簡素な要件だけの文章。それと、雪男がごめんなさいと手を合わせているスタンプが貼り付けられていた。
「柳楽さん勉強忙しいみたいだし、無理やり誘っちゃったとこあるかもね。仕方ない仕方ない」
「空気読めねえやつすぎるのですよ。帰るにしたって皆に挨拶して帰るのがスジってモノです。スジ違いをしたヤクザは指を詰められるって相場が決まってるのですよ」
「にょほほ、青ちゃんおっかないにゃーん」
渡移は笑いながら、ボウルに残っていたホットケーキミックスの生地をたこ焼き器に流し込む。
小麦粉と卵の甘い香りがふわんと部屋いっぱいに広がった。
「……私、何か不快にさせるようなことしちゃったのかな……」
ずんと顔が暗くなる知里佳を、真壁がどうどうと慰める。
「そんなことないよ。体調不良って書いてるでしょ。俺たち本当に楽しい場を提供してもらったから。感謝しても不快になることはないよ。大丈夫」
「言い出しっぺの青をもっと褒めてください!」
「春待さんもプレートの提供ありがとね」
「俺も俺もー! なんかわかんにゃいけど褒めて褒めてー!」
「渡移さんは生きてて偉いね!」
知里佳はそんな皆のやり取りを見て、心は晴れないまでも少し気持ちが楽になり、くすりと笑うと、いちごアイスを口に入れた。甘く冷たい塊が口内の熱でゆったりと溶けていった。
+++
真壁からの既読の通知、そして「オッケー!」という昔のバスケ漫画のスタンプ。
【無理言って誘って悪かったねー 体調しっかり治してね! また機会があったら誘ってもいい?】
この人は少しお節介なところがあるがいい奴だな。柳楽はそう思った。
雪男が嬉しそうに両手を上げて「是非!」と言っているスタンプを送信する。
黒い肌に白いもふもふとした毛並みの雪男。母から送り付けられたスタンプだ。
スマホの電源ボタンを押すと画面が真っ暗になる。黒い画面に映し出される柳楽の顔は、その雪男によく似ている。黒い肌に白い毛皮。角の生えた化け猿のものであった。
+++
真壁友哉。同じマンションの住民であり、同級生。柳楽にとって友人かと言われると、微妙な関係性だ。
顔見知り、他人、というほどは遠くはない気がするが、友人と言えるほどには近くない。
生活圏内が同じだから、何度かごみ捨て場やコンビニ、駅などで顔を合わせることがあり、何となく話すようになり、何となくお互いの連絡先を交換し、何となく合コンに誘ってきたり断ったりしたことが何度かある。いつか飯食いに行こうと言葉を交わしたことはあるが、実現はしていない。そんな間柄だ。
同級生ということもあり親近感は沸いているが、向こうは大学生、こちらは浪人中ということもあり、何となく柳楽からは距離を縮め損ねていた。
だから、昼のバイト中に「タコパしない?」とメッセージがきたときは驚いたが、素直に嬉しかったのも事実だった。
今日は花の土曜日。明日は予備校はないし、バイトも休みだ。模試まではあと二週間以上もあるし成績も最近は悪くない。
今は随分引きこもりがちな性質になってしまっているが、柳楽は元々賑やかなのを好む人間であった。
高校時代、ただの人間だったときには、部活の友人やクラスの友人とカラオケやファミレスに行き、だらだらと時間を過ごしたものだ。
【いいですね。夜開催? 今バイト中なんで、終わったら行きます。店の食べ物も適当になんか持っていきます。】
そう返信して、既読が着いたのを確認するとスマホを鞄にしまった。
真壁からの返信にはバイトが終わるまで気づくことはなかった。
【会場は二階の橘さんちです。ニコニコマートのバイトの女の子の】
それを先に言われていれば、絶対に行くと言わなかったのに。と柳楽は終業後のバックヤードで大きな背中を丸めてため息をついた。
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