第14話🌸「自己紹介」

「同じマンションの渡移わたらいさんと、それから柳楽さん。二人とも、面識はあるって聞いたけど」

「あ……は、はい……。その、コンビニとか、で」


 声が上擦ってしまう。扉を開ける直前に考えていた顔が、まさかここへ本当に来るなんて、考えもしていなかったから。


「えーっ⁉ 猫にゴリラなんて、いい男が友くんしかいないじゃないですかっ」

 不服げな声を上げたのは春待だった。ぎょっとして知里佳が振り返ると、人形のような端正な顔の頬をぷくっと膨らませ、不機嫌さを隠そうともしない。


 かと思うと、玄関に立つ真壁の腕をぐいっと引く。


「もう。青の隣には友くんが座るですよ。席替えはなしです」

「わ、春待さんちょっと待って! 橘さん、これ差し入れ買ってきたんだ。ちょっとつまめるものと、紙皿と割り箸に紙コップ。あと飲み物も」

「た、助かります! ありがとうございます」


 受け取り、知里佳は少しほっと肩の力を抜いた。自室で異性を招いてのパーティーなんて、と戸惑っていたが、そんな壁を感じさせない真壁の笑顔を見ていると、なんだかリラックスできてしまう。これが、人徳というものだろうか。


「……俺も、バイト先の料理、いくらか持ってきたんですけど」

 そうぼそっと呟くような声で言ったのは、柳楽だ。大きな手がビニール袋を差し出してくるのを、知里佳は「ありがとうございます」と両手で受け取る。一瞬、その大きな身体が身じろぎしたような気がしたのは、気のせいだろうか。


「えっと、どうぞ、中へ。ちょっと、狭いかもしれないですけど」

「……俺、身体でかいから窮屈になっちゃって申し訳ないし、やっぱり帰ろうかな」

「なに言ってんの柳楽さん! 他人とごはん食べるの好きって言ってたじゃん。ほら、美味しそうな差し入れまで持ってきてくれたんだから、奥進んで」


 青によって先にリビングへ引き摺り込まれている真壁が、柳楽を促す。柳楽はそれに、渋々といった様子で靴を脱いだ。


(柳楽さん……乗り気じゃ、ないのかな……?)


 反対に、明るい笑顔で渡移はタタッと中へ入っていく。

「おじゃましまーす。あー、女の子の部屋の匂いがする」

「に、匂……っ⁉」

「渡移さんそういうこと言わないで」

 思わず赤くなる知里佳を見てか、渡移に真壁が注意をする。


 全員部屋に入ったところで、手分けして差し入れの皿や飲み物、食べ物を並べていく。柳楽が持ってきたのは、油淋鶏と野菜炒めだった。


「わ、うまそう」

「ほんと、美味しそうです……! この前にいただいた唐揚げも、すごく香ばしくて」


 知里佳がそう話しかけると、柳楽が「それは良かったです」とぼそぼそ話す。その様子は、夜道に会話した時とは違うように感じられる。


 知里佳は青の隣に座り、青は真壁の隣、真壁の反対隣には柳楽が座って、その更に隣に渡移が座る。

 テーブルをぐるりと囲むように全員が座ると、真壁がパンッと両手を合わせた。


「せっかくだし、はじめる前に改めて軽く自己紹介しようか。俺は真壁友哉。三〇八号室に住んでる。大学ではスポーツ学科に所属してて、バスケ部だよ」


 はきはきと率先して自己紹介をする真壁に、四人が顔を見合わせる。


「なるほど。確かに自己紹介って合コンっぽいですね! テレビで見たことしかないですが」

 拍手をする青に、真壁が「合コンってわけじゃないけど」と苦笑しながら、

「でも、こうやって集まったんだし仲良くなりたいからね。じゃあお隣の春待さん、次どうぞ」

「青ですか? 青は春待青といいますよ。家はスキー場のある山で、この春からマンションに住みはじめました。部屋は友くんのお隣の、三〇七号室です。ニートというものをしています」

 胸を張ってハキハキ喋る青に、知里佳は軽く拍手した。並び的には、次は自分の番だ。


「ええっと……わ、私は、橘知里佳……です。国際学科の一年で……あ、部屋はここ……二〇一号室、です」

「ほんと、急にだったのに部屋貸してくれてありがとうね」

 すかさず真壁が声をかけてくれて、知里佳は「いえ」と首を横に振りながら少し微笑んだ。

「サークルとかは入っていないんですが……えっと、一階のニコニコマートで働いています。宜しくお願いします」

 ぺこりと頭を下げたところで、他のメンバーからの拍手が聞こえた。それに再度ホッとしてから、顔を上げる。


「じゃあ次はおれ。渡移わたらい 真緒まお、部屋は十階の一〇〇二号室でぇ、プロフリーターだにゃん」

「ぷろふりーたーってなんです?」

 青の質問に、「プロのフリーターだよん」と答えにならない答えを渡移が返す。

「渡移さん、ドラッグストアとか居酒屋とか、いろいろバイトしてるよね」

「にゃふふ。働き者なおれに、いつでも美味しいもの恵んでくれていいのよ?」

 ニコニコと渡移が話し終えると、残るは「ジャスミンさん」こと柳楽のみとなった。


「柳楽凌。浪人中の十八歳。部屋は渡移さんと同じ十階で、一〇〇八号室。日中は予備校で、夜は『飛龍蛮』って中華料理屋でバイトしてることが多いかな」

「あ、その店、先輩から聞いたことある。うちの大学からもわりと行きやすい場所にあるし、量多くて旨いって人気なんだよね」

「そりゃ嬉しい。今日も少し料理持ってきたけど、できたてがやっぱり一番だからさ。どうぞご贔屓に」


 ふっと柳楽が笑ったのを見て、知里佳は思わず自分の口元までにやけそうになってしまい慌てて手で隠す。バイト先を褒められ嬉しそうに笑うその顔が、あの日ジャスミンティーを見つけたときの表情とつい重なってしまった。


「それじゃ、みんな自己紹介も終えたところで、さっそく準備していこうか! お腹もすいてきたしね」

 ほがらかに進行していく真壁の言葉を聞いて、知里佳は傍らに避けておいたボウルをテーブルに置いた。


「一応、タネはもう用意してあるんですけど……」

「お、橘さん手早い。ありがとう」

「でも私、たこ焼きって家で焼いたことなくて」

 知里佳がおずおずと言うと、真壁がぐるりとメンツを見渡す。

「誰か自信ある人いる? 別に失敗してもいいけど」

「青は他人が作ったものを食べる係なので」

「はい、はーい! 俺、たこ入れたーい。たこ入れるのだけやるー」


 好き勝手に喋る春待と渡移を横目に見て、柳楽が「じゃあ俺やろうか」とタネの入ったボウルを受け取る。ぐいっと長袖を捲ると、逞しい二の腕が顕になって、見つめていた知里佳はついどきりとしてしまう。


 油をプレートに馴染ませ、熱が加わったところで生地を注いでいく。そこに渡移がたこのぶつ切りをひょいひょいと楽しげに入れ、それを柳楽が様子を窺いながら竹串でちょいちょいとつつき、くるりと返す。


「わ! 丸くなりました」

 知里佳は思わず手を叩いた。春待も、ふむふむと覗き込んでいる。

「ほう、店で見たのと同じ形をしていますね」

「そりゃ、たこ焼き焼いてるんだからな」


 言いながら、柳楽は次々にくるくる生地を返していく。一度返して丸まったものを、焼け具合を見ながらまた少し角度を変えるように返す。それを繰り返すと、どんどん綺麗な球状のたこ焼きが焼けていく。


「すごいね、柳楽さん。バイト先、中華料理屋じゃなかった? たこ焼きも焼けるんだ」

「うちにもたこ焼き器があるんだよ。たまに母親が引っ張り出してきて、焼いてたから」

「なぎらん、おうちどこー? 西の方?」


 真壁に答える柳楽に、更に訊ねたのは、焼いてる最中のたこ焼きを別の竹串でつついていた渡移だった。柳楽のようにひっくり返すでもなく、ただ感触を楽しんでいるようだ。


「いや、信州。松本だよ」

「長野なんですか? 私、お隣です。実家が群馬で」

 知里佳が言うと、柳楽の手が一瞬止まった。たこ焼きに目を向けたまま「そうなんだ」と相槌を打つ。


「そろそろ焼けてきたんじゃない?」

 そう言って、真壁がソースやマヨネーズを取り出し各人に行き渡るように回しはじめる。


「なぎらん。俺、たこ入ってないとこちょうだい」

「え? そんなの分かんねぇよ」

「さっきたこ投入した時、右端の方は入れてないからその辺りヨロ〜」


 あんなに、楽しそうにたこを入れていたのに。そう知里佳が驚いていると、渡移はにかりと笑った。


「たこ焼きのふわふわした生地は好きなんだけど、たこは食べらんないんだよねー。あ、鰹節いっぱーいかけて」

「そ、それなら。次はたこじゃないやつも焼きましょうか。チーズとか、ウインナーとか」


 確かその辺なら、冷蔵庫に入っているはずだ。そう思い出しながら言うと、渡移が「さんせー」と両手を挙げた。

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