約束 〜destiny〜

ピリオド３ ・ １９８３年 プラス２０ 〜 始まりから二十年後・３

ピリオド３　・　１９８３年　プラス２０　〜　始まりから二十年後

３ 現れた少女

　――確か、ポットにお湯が入っていたはずだ。

　部屋に置かれていた魔法瓶を思い出し、稔は慌てて大声を上げた。

「お茶！　お茶を淹れます！　だからまず、そこにある離れまで来てください。大丈夫、大丈夫ですから……」

　などと声にしてみたものの、何が大丈夫かなんてまるで知っちゃいないのだ。

　最初その顔が目に入った瞬間、思わず声を上げそうになった。「嘘だ！」だったか？　もしかしたら、その名を叫ぼうとしたかもしれない。しかしすぐ、事はそう単純ではないと気が付いたのだ。

　稔の立っているすぐ前だった。さっきまで揺れていた空間に、いきなり細長い扉のようなものが現れた。それは銀色に輝く金属のようで、そんなのがなんの支えもなくポッカリ宙に浮かんでいる。

　ところが次の瞬間だ。それがとつぜん形を変えた。硬い扉のようだったそれが、驚くなかれ……一気にまあるく膨らんだのだ。さらにそこからグニャリと伸びて、それが地面に向かって一直線だ。あっという間に地面へ続くスロープとなり、よくよく見れば階段らしき段差までがちゃんとある。

　――……ってことは、ここから何かがが下りてくる！？

　そんな恐怖と共にスロープの根っこを見上げれば、扉だったものが流れ出し、あった形そのままポッカリ穴が空いている。

そうしてその直後、穴から何かが顔をヒョコッと出したのだ。

　稔の驚きは尋常じゃなかった。だいたい普通あり得ない。何もない空間を切り裂くように穴が開き、そこから人らしき影が現れる。

さらにもし、そんなのが階段を下り始めたら……？

　――どうする？　このまま離れまで一気に走るか？

　そんな一瞬の迷いの最中、現れた影が足を一歩踏み出したのだ。階段にゆっくり足が掛かって、そこでやっとその姿にも光が当たった。

その瞬間、狂ってしまったと素直に思った。

あり得ない！　あり得ない！　あり得ない！　と三度念じて、もう一回は「あり得ない……」と声に出る。そんな状態の彼に向け、さらに衝撃ともいうべき声が掛かった。

「あの……すみません」

　たったこれだけで、すべての疑念が消え去った。

　――こういう……ことだったのか……。

記憶にある声そのもので、見間違いでもなんでもない。

彼を見つめる顔にしたってまさに……なのだ。

「ここっていったい……どこ、なんでしょうか？　あ、あの、大きな……いえ、背の高い男性が、この辺にいませんでしたか？」

　緩やかなスロープの真ん中辺りに立って、彼女は大きな瞳をこぼれんばかりに見開いている。まごうごとなき……変わらぬ姿がそこにはあった。

　智子……。脳裏で何度もその名を呼んで、声にならぬように必死に堪えた。

「あの、わたし……」

　彼女は不安げにそう呟いてから、ゆっくり稔の顔から視線を外した。そうして庭園の端から端まで目を向けて、おぼつかない様子で残りの階段を下り始める。やがて地面に下り立ち、稔に向けて今さらながら頭を垂れた。

「すみません、わたし、霧島智子と申します。勝手にお庭に入ってしまってすみません。でも、わたしもどうしてここにいるのかわからなくて……」

　そう言いながら、彼女はまたまた頭をペコンと下げるのだ。

　現実に、こんなことがあっていいかどうかは別として……目の前に立つ少女こそ、二十年前に消え去ってしまった智子なのだ。さらにそうであるならさっさと何か言葉にせねばと思うが、どうにも言葉が浮かんでこない。そのうちに智子の顔が不安げに揺れて、視線がストンと下を向いた。

　怖がっている！？　そんな印象に慌てまくって、大丈夫！　とかなんとか声にしようと思わず足を踏み出したのだ。

もちろん威嚇しようなんて気はなかったし、心の焦りがそんな形で出ただけだ。

ところが彼女はそう思わない。いきなり「失礼します！」と声にして、クルッと稔に背を向けた。その瞬間、彼はとっさに大声を上げ、

「稔を！　児玉稔を知っている！」

　そう叫んでから、心の中で力いっぱい念じ続けた。

　――俺だよ！　児玉稔は俺なんだ！