約束 〜destiny〜

ピリオド２ ・ １９８３年 プラス２０ 〜 始まりから二十年後・３

ピリオド２　・　１９８３年　プラス２０　〜　始まりから二十年後

３　事件の余波

　勾留されて三日目の午後だった。

薄ら西の空が赤みがかってきた頃、稔はどうにか無事に釈放された。

警察署の前では美代子が寒そうにしながら待っていて、彼は何年かぶりに母親と並んで一緒に帰った。そうして店の前まで帰って来ると、何やら店の中が騒々しい。

「常連さんたちがね、あんたが釈放されるって駐在さんに聞いて、みんなでお祝いしようって集まってくれてるのよ」

　美代子のそんな説明を聞いても、稔はちっとも嬉しいだなんて思えなかった。

この頃は反抗期の真っ只中で、〝お客様は神様〟なんてのを地で行く父、三郎と何かとぶつかっていたから……、

――なんでえ！　なんだかんだ言って、結局、商売じゃねえか！

そんな思いを顔面に込めつつ、彼は引き戸の取っ手に手を掛けた。

　その時、美代子が耳元そばで囁いたのだ。

「ちゃんと父ちゃんに、ただいまって言うんだよ」

　そんな声に逆らうように力いっぱい引き戸を開き、稔は睨み付けるようにして店の中を見回した。その途端、拍手や歓声が一斉に上がり、皆、口々に労いの言葉を口にする。

　見れば立ち呑み客までいるようで、店内は見知った顔でいっぱいだ。

そんな中、一番奥にある二人掛けテーブルで、見知らぬ客と向かい合っている三郎の姿が目に入る。稔は集まってくる酔っ払いをかき分けて、まっすぐそのテーブルに歩み寄った。するとそんな彼に気が付いて、ニヤついた三郎の顔がこっちを向いた。

だからあっという間に告げるのだ。

「ただいま！」

　てんでぶっきらぼうにそれだけ言って、稔はさっさと背を向ける。

そんな彼の背中に向けて、三郎からの返事は確かにあった。明るい声で「お帰り！」と聞こえ、その後はひと言だってありゃしない。それから酔っ払い連中に捕まって、そこそこビールなんかを飲まされた。

　そんなことから二十年が経ち、今ではなんとも思わなくなったが、あの時どうして「お帰り」だったのか？

元々、口数の少ない父親だった。それでもやっと釈放された息子に向かって他に言うべき言葉はなかったかと……あの頃しばらく考えたのだ。

ただとにかく、謎の写真のお陰で無罪放免。それでも人ひとりが亡くなって、智子は依然どこに行ったか分からない。だから余計に様々な噂が囁かれ、時間経過とともにさらに尾ひれが付きまくった。

そうして入ったばかりの高校へも、そんなのはあっという間に飛び火した。

「幼なじみの女子高生を殺してさ、林に埋めちまおうとしたんだって？」

「いやいや違うって、女の子はどこかに監禁されててさ、その場所を知られちゃったから殺したって話だろ？　浮浪者だかなんだかって、身元不明の男をさ～」

こんな言葉が学校あちこちで囁かれ、中には面と向かって言葉にしてくる強者もいた。

「うちの学校さ、もともと評判のいい方じゃねえんだから、おまえさんみたいのがいっとよ、ますますイロイロ言われちまうからさ、とっとと退学してくんない？」

　こんなことを言われ、以前であれば間髪入れずに取っ組み合いだ。とはいえあんな事件の後だから、さすがに手は出せないし、さらに事件の余波は両親にまで降りかかる。

　正直、あの大男がどうなろうが知ったこっちゃない。死んだのはもちろん可哀想だが、それなりの理由があるに決まってる。

しかし智子の方にそんなもんがあるわけないし、稔は正直、智子の行方不明が一番こたえた。だから時間を見つけて林周辺を捜し回り、そんな姿がさらなる話題の種となる。

「例のほら、やきとり屋の息子、なんだかおかしくなっちゃったみたいでね、いつもブツブツ言いながら歩き回ってるのよ。お宅、あの林のすぐ近くなんだから、夜なんか気をつけなさいよ！　最近の高校生ってのはね、ホントに怖いんだからね」

　なんてことを、酒屋の女房がやたらと客に言いふらすのだ。

一方両親の店も、そんな噂が影響したか、彼の逮捕後売り上げが一気に落ち込んだ。

いつもなら満員御礼って時刻でも、数人の常連客だけってことが多くなる。そうしてそれからの数年間が稔にとって一番辛く、厳しい時間となっていた。