第5話 怪人
市街地で暴れていたのは、タコのような体を持ち、頭にシルクハットをかぶった怪人だった。
「タコ! タコタコタコッ!」
口と思しき部位から
魔法省の分類によれば、怪人はおおまかに四つの脅威レベルに分けられている。
最も弱いD級は、知性を持たず、見た目にも文明的な要素がまったくないケモノタイプ。
C級は外見に文明的特徴こそあるものの、知性は確認されていない。こいつみたいに、シルクハットを身につけてはいるけど──どう見ても知能は残念な部類だ。
B級になると少し厄介で、文明的な姿に加えて、小賢しい。
そしてA級。これは“悪意の塊”とでも呼ぶべき存在だ。高度な知性を持つだけでなく、個体ごとの固有能力まで確認されている。
怪人の発生原因については未だ不明で、どこから来るのかも分かっていない。ただ、近年の研究では「魔力汚染のレベル」が怪人の出現地域をある程度予測する指標になることがわかってきている。
だが、どれほどの強さであれ──怪人の「人間に対する敵意」だけは、紛れもない本物だ。
見ろ。逃げ遅れた幼い子どもが、恐怖で身体を固まらせたまま、道路の真ん中に立ち尽くしている。
そしてあのタコの怪人は、まるで獲物を見つけたかのように咆哮し、ぶっとい触手を振り下ろしてきた。
「っ!させない!」
シルバーリリーは空中で急停止し、足元に浮かび上がった花模様の魔法陣が一気に拡張、輝きを増す。爆発的な魔力が彼女の両足に集中し──次の瞬間、勢いよく踏み込んだ。
ドンッ!
大気を震わせる音とともに、レイピアが閃く。
怪人の触手を、真正面から叩き斬った。
「おおっ!」
思わず、僕は椅子から立ち上がってしまった。
うんうん、無駄のない動き、完璧に研ぎ澄まされたフォーム。きっとこれが、この子の鍛え上げられた戦闘スタイルなんだろう。
触手を斬られたタコ怪人は、痛みに体をこわばらせた。
断面をまじまじと見つめるその様子は、どこか困惑しているようにも見える。
その隙を逃さず、シルバーリリーは子どもを警察に引き渡し、すぐに鋭い眼差しを怪人に向け直した。
同時に、彼女の横にある空間が歪み始める。
白い魔力の揺らぎが走ったかと思えば、そこにぽっかりと開いた空間から、丸い生き物が飛び出してきた。
まんまるな体に、長い耳。ちいさな目がちょこんとついていて、どこかウサギにも似た、ふわふわの毛玉のような生き物。
「……ふーん、羽虫か」
モニター越しにひとりごちた僕の前で、その羽虫──もとい妖精が、シルバーリリーに語りかけ始めた。
「さっすがシルバーリリー。 到着早かった」
ぬいぐるみじみた見た目に反して、腹部あたりから響いてきたのは、まさかの渋くてダンディなボイスだった。
「
「ああ」
「そう……」
ほっとしたように頷いたシルバーリリーは、そのまま構えを取り直す。それを見て、妖精の表情が少しだけ曇る。
「シルバーリリー、お前の体調……大丈夫か? まだ回復しきってないなら、無理はしなくていい。支援が来るまで待っても──」
「……平気。あいつは、私がやる!」
妖精の言葉を最後まで聞かずに、シルバーリリーは矢のような勢いで、再び怪人へと突進していった。
「タコタコタコ! タ〜コッ!」
シルバーリリーの突進に応じるように、怪人は巨大な触手を振り下ろしてきた。
だが、シルバーリリーはレイピアの側面を巧みに使い、触手に押し当てることで衝撃を受け流す。
そのまま、足元に咲いた花模様の魔法陣を踏み台に、白き少女は一瞬で怪人の懐へと踏み込んだ。
「……タコ!?」
「はぁああああっ!」
全身をまるでバネのように一気に絞り込み、そして解放。
シルバーリリーの剣先は魔力の光を纏い、電光石火の勢いで怪人の胸部に突き刺さる。
さらに──二撃、三撃。
タコ怪人が瞬きをするより早く、胸にはすでに三つの大きな穴が穿たれていた。
「タ、タコタコッ!」
口から黒い液体を吐き出しながらも、怪人はまだ倒れなかった。
タコのような顔を怒りで歪め、すべての触手を一斉に振り上げる。
その先端が、シルバーリリーの背中めがけて突き出された──
だが、攻撃は空を切った。
シルバーリリーはひらりと一歩後退し、優雅な身のこなしで攻撃圏を抜ける。
舞い上がる砂煙と破片の中、彼女は低く身を構えた。まるで短距離走のスタートポジションのように。
「──はっ!」
原初の心臓が強く脈打つ。
高圧の魔力が足元に咲いた白い花の魔法陣を媒介に集中し、シルバーリリーは地を蹴った。砲弾のごとき速度で飛び出し、ほんの一瞬、瞬きすら許さぬ時間の中で、そのレイピアの切っ先は再び怪人の頭へと迫る。
「タ……?」
──ドンッ。
反応する間もなく、怪人の頭部は鋭い破裂音とともに吹き飛んだ。
灰色の粉塵が宙に舞い、シルクハットがふわりと空を滑る。
遅れて追いつく風。シルバーリリーは静かに振り返る。渦巻く風が少女の周囲を巡り、その銀白の髪をふわりと揺らした。
「……っ」
そのときだった。
シルバーリリーは突然、胸を押さえる。
苦悶の表情が浮かび、その身の各所から熱気が立ち上っていく。
まるで、ついさっきまで呼吸することさえ忘れていたかのように──
少女は大きく息を吸い込みながら、肩で呼吸を繰り返す。
冷たい汗が頬を伝い、シルバーリリーは溺れる者のように、必死に空気を求めて顔を上げた。
つい先ほどまで全身を包んでいた爆発的な魔力は、すでに枯渇している。
そのときだった。
妖精が、鋭い声で叫ぶ。
「まずい! まだ終わってない! 再生反応だ!」
「え……?」
シルバーリリーが困惑の声を漏らした直後──
ぶん、と唸る音とともに、一本の極太な触手が彼女の脇腹に直撃した。
「っ──!」
シルバーリリーの細い身体は、はじけ飛ぶように空中を舞い、壁へと叩きつけられた。
「げほっ……」
蜘蛛の巣のような亀裂が広がった壁に叩きつけられたシルバーリリーは、目をかすませながら、口から鮮血を吐き出した。
「シルバーリリー!」
妖精が慌てて飛び寄ろうとする──が、すぐさま黒い魔力の奔流に弾かれるように押し返される。
「ゆるさない……ゆるさないゆるさないゆるさない!」
さっき頭部を吹き飛ばされた怪人の首元から、まるで沸騰するように黒い泡が噴き出していた。
それは粘ついた泥のように濁っていて、何度も破裂と再生を繰り返しながら──やがて、醜く歪んだ怒りの顔を形作る。
怪人はすべての触手を束ね、ねじり、巨大な螺旋を形作る。
まるでドリルのように回転しながら、意識を失ったシルバーリリーへと狙いを定めた。
「……っ! まさか、また突然変異による進化だと!? シルバーリリー! よけろっ!!」
「タコタコタコタコォォォ!!」
耳障りな咆哮とともに、触手で構成されたドリルがシルバーリリーのいる場所を直撃した。
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