第22話 保護者会とAI宿題の衝撃
~ルールを作るとき、本当に試されるのは「想定外」を受け止められるかどうかだ~
体育館の空気は、参観のときよりずっと重かった。椅子がきっちり整列し、後方にはスライド用のスクリーンが立てられている。今日は発表会ではない。ICTルールの説明と意見交換――保護者会だ。
僕はマイクを握る前に、胸ポケットの小さなカードを指でなぞった。最初の一文、合図、深呼吸、次の一文、誰かの挑戦を応援。
「それでは、来年度のICT利用の約束について、叩き台をお伝えします」
スライドに映したのは、昨日まで何度も修正を重ねた文章。禁止ではなく、守りたいものの宣言。授業中の撮影をやめる代わりに学校から同じ写真を共有する仕組み。端末の持ち帰りは家庭で話し合うこと。そして、失敗しても戻れる合図。
スクリーンを見つめる保護者の視線は真剣だった。僕は説明を終えると、深く頭を下げた。
「以上が案です。本日は、皆さんのご意見を伺いたいと思っています」
一拍の沈黙のあと、最前列の女性が手を挙げた。大翔の母親だ。
「家庭の時間についての文、とても助かります。うちは寝る前の端末でいつももめていて……。学校が“家の約束を尊重する”と書いてくれたら、子どもに言いやすいです」
ほっとした空気が流れる。僕はうなずき、感謝を伝えた。
しかし次の瞬間、空気が変わった。後方から手が挙がる。見覚えのある父親――参観で撮影を制止した、あの父親だ。
「質問です。もし、子どもがAIで宿題をやってきたら、どうしますか?」
会場がざわめく。僕は一瞬ペンを止めた。想定していなかったわけではない。けれど、正面から突きつけられると重さが違う。
横で彩花が僕を見た。小谷は腕を組み、微かにうなずいた。
僕はカードをもう一度指でなぞる。最初の一文――「止まってもいい」。
マイクを口元に持っていき、深呼吸を二回。
「AIを使うこと自体は、これからの社会で避けられないと思っています。ただ、“どう使うか”が大切です。子どもが自分の頭を使わずに丸写ししたなら、学びにはなりません。でも、AIを辞書や参考書のように使い、調べ、考え、まとめたなら、新しい力になります」
少しだけ息を吐く。保護者の顔が揺れる。
「私たちは、禁止ではなく“学びを支える使い方”を子どもと一緒に決めたいと考えています。たとえばレポートでAIを使うなら、“どこまでがAIで、どこからが自分か”を明記させる。授業でその練習をします」
後方の父親が腕を組んだまま首をかしげる。
「でも、ズルする子は必ず出ますよね」
「はい。だからこそ“隠す”より“話せる”環境を作ります。使い方をオープンにすれば、ズルではなく技術になる。もし使い方を間違えても、止まって戻れるようにする。そのためのルールです」
前方の別の母親が手を挙げた。
「家庭でもAIの使い方を決めたほうがいいですか?」
「はい。学校の約束と合わせて、家での使い方も話し合っていただけると助かります。『調べ物はOK、丸写しはダメ』など、家庭の線引きを子どもと共有してください」
彩花が横から補足する。
「私たちは“禁止リスト”ではなく“活用のための合図”を作ろうとしています。AIも同じです。怖がらずに、どう使うかを一緒に考えたいんです」
会場のざわめきが少しずつ和らいでいく。保護者の中には、頷く人、スマホにメモを取る人もいた。
休憩を挟んで後半。別の話題も出た。
「クラウド共有の頻度は?」
「フィルタリングで何が見られるか説明してほしい」
「学校が撮った写真を祖父母に見せたいときは?」
僕は一つずつ答えた。学校が月ごとに写真を共有すること、フィルタリング内容の公開、祖父母への共有方法を検討すること。
彩花が合間に「家庭の声をアンケートで集めます」と告げると、拍手が起きた。
会が終わったのは予定より三十分遅かった。片付けの最中、例の父親が僕のもとへやってきた。
「先生、さっきは失礼しました。でも、正直に考えてくれているとわかって安心しました」
「ありがとうございます」
「AIのこと、うちでも話してみます。宿題を全部やらせるんじゃなくて、どう使うか決めるって発想はなかった」
そう言って、少し照れたように笑うと去っていった。
体育館の静けさが戻る。舞台の幕の裏側を通り、機材を片付ける彩花に声をかける。
「助かった」
「お互いさまです。……先生、最初止まったでしょ」
「うん」
「でも、戻った。いい会だったと思いますよ」
小谷が笑いながらケーブルを巻く。
「ルールづくりの本番はここからだ。保護者の声をどう拾うかだな」
夜、アパートに戻った。ノートを開き、今日の一行を書く。
・想定外を恐れず、まず止まる。
・“禁止”より“使い方を一緒に決める”を選ぶ。
・AIも、辞書も、道具。怖さより透明さを。
スマホが震えた。彩花からのメッセージだ。
「今日のまとめを教頭に送りました。すごく助かりました。次は児童向けの“AIの使い方”授業案、考えましょう」
僕は笑い、短く返信する。
「了解。止まって戻れる授業を」
窓の外で風が唸った。街灯の下、駅へ向かう人々の影が揺れる。
ルールはまだ道半ばだ。だが今日、ひとつの扉が開いた。禁止ではなく対話でつくる道。子どもも大人も、止まって考え、戻って歩ける道。
次の挑戦は、子どもたち自身が“AIの使い方”を考える授業。未来の学び方を、子どもと大人が共につくる日がやってくる。
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