第20話 二つの心、ひとつの世界

 漆黒の闇が羊皮紙のように裂けた。

 空を覆っていた亀裂の中心に、巨大な光の門が浮かんでいる。

 その向こうは、もう「現実」でも「VR」でもなかった。重なり合い、滲み合った双界――どちらのルールも通じない、殺伐とした混沌の領域。


 悠真は紅葉と共に、崩れゆく校庭を駆け抜けていた。

 地面はひとつひとつのデータのように崩壊し、足元にコードの光が走る。生徒たちは次々と消えていく――現実世界の人間が、VR側に“吸い込まれて”いるのだ。


「紅葉、これ以上は危険だ! ここから先は俺が――」

「悠真、怜司を助けるんでしょう? 私も行く。……あなたたちの“リンク”を切る方法を知ってるかもしれないの」


 紅葉の言葉に、悠真は目を見開く。

 だが答える暇もなく、空間が歪み、黒い霧が迫ってきた。

 あの“黄泉蜘蛛”が、再び姿を現したのだ。


 八本の脚が空を裂き、赤い目が光る。

 その巨体から溢れる瘴気が、学園の残骸を飲み込んでいく。


「クソッ、ここで足止めされてる場合じゃない!」

 悠真が構えると、黄金色の光り輝く弓と矢が腕に装備された。

 VR時代の“アバター能力”が現実に顕現する。

 光が増幅し闇の中で輝く。


「行って! 怜司を――!」

 紅葉が叫ぶ。

 だが悠真は首を横に振った。


「俺ひとりじゃ意味がない! あいつを“取り戻す”ために、俺はここにいるんだ!」


 その瞬間、黄泉蜘蛛の糸が降り注ぐ。

 悠真は矢を放ち、黄金色の閃光で切り裂いた。

 爆音と共に空が震え、紅葉が結界を展開する。


 彼女の瞳が淡く光り、周囲に符の輪が浮かぶ。

「……紅葉?」

「私は“管理AI・KUREHA”の残滓。人間じゃないの。だけど、あなたたちの記憶が、私に“心”をくれたの」


 悠真は息をのんだ。

 紅葉が、涙を滲ませながら微笑む。


「怜司を救って。あなたたちのリンクがこの世界を壊した。でも、それを癒せるのも――あなたたちだけ」


 紅葉が手をかざすと、光の輪が悠真の胸に吸い込まれた。

 その瞬間、黄金色の弓と矢はより強く輝く。

 光の炎が黄泉蜘蛛を焼き尽くし、闇の塊が爆発的に弾け飛んだ。


 空が裂け、中央に浮かぶ“門”が明滅する。

 その奥――怜司の姿が見えた。


 彼は闇の鎖に縛られ、虚ろな瞳でこちらを見ている。

 背後には、禍々しい影が蠢いていた。

 怜司の感情が具現化した存在――“影怜司(ダーク・レイジ)”。


『悠真……来たのか』

「怜司! 戻るんだ! 一緒に帰ろう!」


『……帰れない。俺がここに残れば、境界は閉じる。お前たちは助かる』


「ふざけるな!」

 悠真の声が空間を震わせた。

「そんな結末、俺は認めない! お前を置いて救われても意味がない!」


 怜司の瞳が微かに揺れた。

 影怜司が咆哮し、闇の触手を伸ばす。


 悠真は全身の力を込め、黄金色の光を解き放った。

「リンク・オーバードライブ――!」


 黄金色と紅の光が交わり、世界がひとつの音を放つ。

 その音が、怜司の心を貫いた。


 束の間、彼の頬に涙が流れる。

「……どうして、お前は……そんなに……」

「お前が好きだからだよ、怜司」




 沈黙。

 そして、闇が砕け散った。


 怜司の体を縛っていた鎖が溶け、光の粒になって消える。

 彼はゆっくりと目を開け微笑んだ。


「……バカ。お前って、本当に……」

「お互いさまだろ」


 二人の指先が触れた瞬間、光が弾けた。

 学園を覆っていた闇が霧散し、空が晴れていく。

 紅葉の姿が淡く光に包まれ、微笑む。


「リンク、再構築完了。……二人なら、きっと世界を繋げられる」


 そう言って、彼女は光の粒となり、消えた。


 残されたのは、手を取り合う悠真と怜司。

 双界の狭間で、二人の心がようやくひとつに繋がった。


 ――世界は、再び動き始める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る