第27話 夏祭りが始まる

 筋雲が僅かに流れる青い空。その底が、少しずつオレンジに染まる。


 九色夏祭りを控えた街は色めき、老若男女が浴衣を着て、ここ駅前もにぎわっている。その一角、改札手前の、外に備え付けられているベンチに並ぶ鳥と猫たち。一人は、トレーニングをするために立っている。


「来ねぇな…」


 その一人は黒の浴衣と帯に身を包み、右手でうちわを、左手で胸元をパタパタしながら、人が行き来する広場に目線を撒いていた。


「来ないねぇ…」


 灰色の浴衣に身を包んだ囲炉裏が、そこそこ高級そうに見える紺色の扇子をパタパタさせる。そして、囲炉裏から見て右隣。


 白の浴衣に身を包んだ黒猫が、ぼんやりと見渡す。


「アイツが集合に10分遅れるとか…けっこう重傷じゃね?囲炉裏、"猫と鳥"の方に連絡はある?」


「いんや。個チャにも無い。もちろん鳥サーの方にも。まあ、待とうぜ。時間はまだたっぷりあるからさ。な」


「そう。…まだ時間はある。幾らでも待つ」


「おうおう」


 このまま、彼は永遠に来ないのではないか?


 そんな懸念が、彼らの頭の中に現実になりつつあった。それぞれが己の胸中に、そうなってしまった場合のプランを考え始める。紅葉のうちに凸しようとか、このまま三人で行くしかないのか?とか。だがそれは、いい意味で裏切られることになる。


「…お、お待たせ………」


「おう紅葉!いま来たとこだよ、俺たちも…なんて、そんな冗談が通る感じでもなさそうか。」


 伏し目がちな彼が、現れた。


 鮮やかな、夕日色の浴衣。細い、金色のネックレスをしている。


 春陽は文字通り、目を奪われた。本当に、綺麗だったから。


「春陽」


「えっ、うん…」


「すごく素敵だ。キレイだし、カッコいい」


「あっ、ありがとう…」


 くたびれた笑顔で、紅葉が笑う。けど、今までにないほどに、彼は春陽から離れて歩く。


「行こう。遅れてしまった分、急がなくちゃ」


「おっ、おう。そうだな。行こうか、春陽、囲炉裏」


「…わかった」


 何処か、淀んだ空気。夏目さえも、固い笑顔を見せる。そして、電車へ。


 紅葉が春陽から離れて座り、彼ら自身から見て左から、春陽、夏目、紅葉、囲炉裏の順になる。


「おっ、おい…………」


 紅葉お前、春陽の隣じゃなくていいのかよ!と、囲炉裏は口にしそうになって、自分から続きを発言することを取りやめる。


「今日天気いいな!」


 死ぬほど気まずい静寂。誰もが、彼が何を言おうとしたのか、なんとなく悟っていた。


「…ああ、でも今日局所的に雨降るってさ。囲炉裏、傘持ってる?」


「あ。持ってない、ね。あはは…うっかりうっかり」


 また静寂。


 まさに地獄の空気だ。誰もがこの状況を打破するミラクルを望んでいた…が、その望みが叶うことはなく、あっという間に三駅が過ぎる。


『間もなく、九色中街。お出口は右側です』


「………よし出るぞ。みんな。みんなー」


「え、うん」


 改札から降りて、街に繰り出す。その場は既に、祭りの空気に染まっていた。流れる人波、まだお祭り会場でないのに既に道路の脇にぽつぽつとある小さな屋台、つり下げられる無数の提灯。


 片手にラムネ瓶や綿菓子を持った人々が、楽しそうに街を歩いている。春陽はこらえきれなくなって、口を開けた。


「なっ、夏目。何か買う?」


「おっ、良いねぇ。今日は食事制限無し、予算も、今日のために貯めてきたから気持ちだけは制限無しだぜ!」


「ならば自分も付き合おう。わたあめとか、久々でワクワクするぞ。紅葉は?」


「………じゃあ、俺も買う………」


「…………」


 およそ、わたあめを買っているとは思えない表情をした大学生四人組にドン引きするわたあめ屋のおっちゃんを背に、会場へ歩いていく。


 ビル群を抜け、大きめの信号を四つほど渡ると、オレンジ色に染まる水平線が見えてくる。


 海辺にある、普段は砂地と芝生が広がる大きな公園が、今日はお祭り会場。屋台の出店数、実に100以上!打ち上げられる花火の数は15000超え!


 数多くのカップルがここで成立する、まさしく魔法のイベント!だが!


「………久々に食ったけどうまいな。」


「嘴がベトベトする………夏目〜、なんか拭くやつある?」


「備えが甘いね〜囲炉裏は。はいどうぞ」


「おっ、サンキュ」


 それなりに会話のある夏目と囲炉裏だが、もう片方のペアは無言を貫いたまま。会場につながる最後の信号の前で、四人は固まった。


「あ…紅葉」


「ん………?」


「それ…何処で買ったの?すごくキミに似合ってる。」


「…レンタル」


「そっか」


 うおぉおおおお会話が全然続かねぇー!!!もどかしすぎるだろ!!!


 と思った夏目であったが、この気まずさにどう挟み込んでも失敗になる気がしたため、何もできないでいた。


 うおぉおおおお会話が全然続いてねーじゃん!!何やってんだコイツら!!!


 と思った囲炉裏であったが、今何か失言してしまったらあの世行きになりそうな空気を肌で感じとったため何もできないでいた。


「………?」


 夏目のスマホから、通知の振動音が鳴る。取り出してこっそりと見ると、春陽からのメッセージが。


『様子を見て二人きりになります』


 なるほど?様子を見てとは言うけど、今の紅葉が自分たちを手放すとは思えない。どうする気だ。


『どうすればいい?』


 返信する。すると、ポケットに手を突っ込んだままの春陽から、数秒で返信が来る。


『なんか合図とか出す。……じゃあキーワードは、"フライドポテトを買う"で』


『了解』


 え、フライドポテトを買う…?謎すぎるんですけど?


 と困惑する夏目をよそに、春陽はとても真剣そうな表情をしている。もうこれに付き合うしかないか…つま先立ちになって、隣の囲炉裏の耳に口を近づける。


「おい囲炉裏、ちょっと耳貸せ。ゴニョゴニョ…」


「え?フライド…え?」


「黙って従ってくれ。いいね?」







 


 

 


 

 




 

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