第5話 小さな光

わたし、矢野光莉が高校生の時に印象に残っている事はいくつかあります。

多くの友人を作ったこと、多くのボランティア活動をしたこと、勉強もたくさんしました。惜しげもなく周りの人たちに手を差し伸べていた為か、なんと生徒会長にもなったんです!凄いでしょう!


でも一番わたしの中で印象に残っている出来事は高校一年の時の文化祭。今思えばこの時の出来事がきっかけで、勇気をもって一歩踏み出すことを学んだのかもしれません。


文化祭の1ヶ月前、わたし達のクラスの催し物をみんなで決めていました。

お化け屋敷、カフェ、ゲームコーナ、など一般的に文化祭で定番の候補が上がっていました。誰か提案したのか、「ティラのサウルの固体における歯の違いの展示」とか、「飛行機のエンジン音の違いを体験できる展示」もありました。もちろん、あまりにもマニアックすぎたので即却下されてます。



結局、わたし達のクラスではテイクアウト専門のオムライス販売に決まりました。カフェも最終候補に挙がっていたのですが、テイクアウト専門にした方が、前もって作れる、カフェだとメニューを考えたりや接客が大変そう、というのが理由です。


だけど、わたし達は料理が得意でもなく、シェフでもありません。本当に美味しいオムライスが出来るかどうかも分からない状態で始まったのです。



担当分けです。食材や容器の仕入れ担当、料理を作る担当、販売する担当。それらみんなを統括するリーダー。リーダーには学級委員長に全員一致で決まりました。

わたしは調理担当です。家では料理のお手伝いをした事が無いので上手く出来るか不安もありました。でも他にも調理担当の友達がいるので何とかなるかなと思っています。


まず、料理レシピサイトでオムライスを検索してみます。3500件ほどのヒットです。

料理素人のわたしとしては、この3500件のレシピの中でどれが美味しそうなのか全く見当がつきません。使用する食材を見ても、調理手順を見ても・・・。わかりません。

この素材を加えることでどのように味が変化するのかさえ想像できないのです。


普段お母さんの手伝いをしていない事が、こんなところで影響するとは思いもよりませんでした。

お母さん、本当にごめんなさい。そして安心してください。光莉はこれから料理や家事を覚えていく事を心に決めました。だからいつかわたしが作った料理を食べて涙を流して喜んでください。

あっ、食べてるのはかなり先になりそうです。今作った料理を食べてしまうとあまりの不味さに涙を流してしまいますから・・・。


数日かけて調理担当のみんなでどのようなオムライスを作るか相談しました。

結果、「きのこソースのオムライス」に決定です。

理由は・・・、美味しそうだからです。

これでいいんですよ。

所詮わたし達の様な素人が文化祭で作るオムライス。

だれも感動なんて求めていません。

一口食べて「ふーん。意外と美味しいね」という言葉が最大の賛辞と考えています。



必要な材料を集め最初の試作品を作ります。見かけはとても悪いですが、問題は味です。見かけなんてどうにかなるし、第一、見かけで判断してはいけません!と、小学生の頃から先生に教わってきました。


ドキドキしながら一口目をみんなで食べてみます。

口に入れたスプーンをそのまま咥えた各々の表情を確認します。

他の人も同じようにキョロキョロしています。

もぐもぐしながらみんな無言です。


どう表現していいのか語彙の少なさに情けなく思っています。

でもこの味はきっとみんな同じように感じているはずです! 

みんなで沢山のレシピを調べて含まれる材料を分析し、作る時もお世辞にも上手に作れていないけどみんな力を合わせて作った最初の一品、いや逸品。


そして、一人がこの静寂を破った。


「まずくね?」


そう、全員が思っていた味です。大きなため息と共に一般的に知られているオムレツとは違う料理になってしまい、やり直しです。


数日が過ぎ、見た目も綺麗な「きのこソースのオムライス」が出来上がりました。

ただ、「きのこソースのオムライス」とやらを誰一人として食べた事ないから、本当にこの味でいいのかわかりません。ただ一つ言えることは、もし自宅でこの料理が夕飯に出たとしましょう。テレビに夢中になって食べていて、母親から美味しい?と尋ねられたら、

「ん? うん、美味しいよ」と無意識に答えてしまうような味なのです。前も言いましたが、高校生が文化祭で作る料理。これでいいのです。



高校生のオムライスとしては上出来だと思います。特にケチャップでなく「きのこソース」を使ったところが、素人が背伸びした感じで、わたしは気に入っています。

文化祭で出すオムライスとしても、きのこソースの方が何だか差別化されているようで特徴にもなります。


販売目標の200食を作る為の必要な量を計算し、リーダーに米、玉子、きのこーソース等々、必要な数量を伝達しました。これで、わたし達の調理班の仕事は一旦おわり。あとは当日に頑張って作り続けるだけです。


リーダーと仕入発注係は必要な食材を仕入先ごとに集計し、内容をお互い確認して、メールにて発注をしていました。メール送信を無事終えた後、安堵の表情で向き合い、忙しかった準備作業の終わりに安心していました。

準備段階での一番の山場を越えたわたし達クラスもひと段落。あとは5日後の文化祭本番で頑張るだけだ。と、みな今日までの頑張りに満足し帰宅していきました。


しかし、その時クラスの誰もがその後に起こる出来事に気付いていません。送信したはずの1通の注文メールがメールアドレス入力ミスで送信されていなかった事を。送信エラーの通知メールはタイトルも英文なのでメールを確認した人も全く気付いてませんでした。



文化祭前日の夕方。リーダーと発注担当者が慌てていました。リーダーは顔面蒼白で放心状態です。みんながリーダーの周りに集まってきたときに、リーダーはわたし達たちに頭を下げました。


「みんな、本当にごめんなさい!」


みんな、何が起きたか解らず、リーダーの様子を見守っていました。


「わたし、商品を正しく発注したと思ったのですが、数を間違えてしまい・・・。卵があと200個足らないのです。そして『きのこソース』に至っては、発注すらできていませんでした。本当にごめんなさい」


リーダーの瞳には涙が浮かび、震えながらクラスのみんなに頭を下げていた。


つい先程まで、明日の文化祭を楽しみに最後の準備をしていたクラスが一気に暗く落ち込んでしまいました。そして誰かが口を開きました。


「今ある材料だけは作れないの?」


リーダーは涙を浮かべながら答えていました。

「あまりにも玉子が少なすぎるから。無理かも・・・。しかもきのこソースが無いから、オムライス自体無理だと思う」


それを聞いてクラス中がさらに落ち込んでいました。今年のクラスの出し物は中止として実行委員に連絡しないといけないな。と誰もが思っています。折角みんなで遅くまで学校に残り、準備作業をしてきたのに、残念だな・・・。とクラスのみんなも思っていました。


ムードメーカの一人が口を開き、

「明日はオムライス屋さんが出来ないかもしれないけど、今までみんなで力合わせてやってきた事。それで十分だよ。みんな初めての文化祭だったし。」


と励ましてくれていました。わたしもその言葉に納得して諦めようとした時、わたしの中で小さく光るものを感じました。


「ここでやめていいのか?」

「みんな文化祭の為に頑張って準備したんだろう!」

「やれることは、すべてやったのか?」

「勇気をもって、一歩踏み出せ!」


わたしは思い出した。小学生の事故の事を。あの時助けてくれた人は、最後の最後までわたしの命を助けることを諦めなかった。


わたしの心の中にあった小さな光が、少し大きくなっていた。


「ここでやめていいのか?  いや、駄目です!」

「みんな文化祭の為に頑張って準備したんだろう! その通りです!」

「やれることは、すべてやったのか? まだやっていない事もあるはずです!」

「勇気をもって、一歩踏み出せ!」


光莉は、一歩踏み出した。

そしてみんなに向かい話を始めた。


「まだ諦めるの早いよ。玉子は200個足りないという事は、パックでいえば20パック。今の時間スーパーに行っても売り切れていると思う。だけど、商店街の飲食店を回って頭を下げれば20パック揃えられるかもしれない! 例えば、ケーキ屋さん、お菓子屋さん、パン屋さん、お弁当屋さんにビザ屋さん。玉子を使用しているお店はたくさんあるはず、みんなで手分けして探そう! きのこソースは・・・。これだけは手に入らないから通常のケチャップオムライスでやろう。」


光莉はみんなの顔を見た。先程まで諦めムードだったが、今は違う。もう一度やるぞ!という前向きな表情へと変わっているのを感じていた。


続けて光莉はお店巡りの割り振りをし、一斉に学校を飛び出した。光莉も数件のお店を回り2パックは譲ってもらえた。そしてピザ屋さんに入って事情を説明したところ、残念ながら玉子は譲ってもらう事が出来なかった。

だが、光莉と一緒にお店に来ていた親友がレジ横に置いてあるバジルソースを手に取って見ていた。光莉はそのソースに目が留まる。バジルを使った料理はわたしの母が良く作ってくれていた。わたしからすると母の味ともいえる。お店の人にバジルをオムライスに利用できないか相談してみた。


ソースにチャップだけだと風味が平たくなるけど、バジルソースを加えることで深みが増すとの事でした。少し試食したが、確かにケッチャプと比べて美味しい。いける。これでいこう!バジルソースを数本調達し急ぎ学校へ戻った。



学校へ戻ると他のみんなも戻ってきていた。手分けして集めた玉子の数は全部で18パック。何とか明日やれそうだ。あと肝心のオムライスにかける新しいソース「バジルケチャップソース」の試作に取り掛かりる。


試作品が出来、通常のケチャップだけと、バジルケチャップの二種類をみんなで食べ比べてみる。口に入れると、みんな目を輝かし明日への希望が見え始めていた。

味を例えるとするならば、ケチャップオムライスは手作りお弁当に入っている。バジルケチャップのオムライスはイタリア料理店で出されてもおかしくない味。


わたしは、何とかやり遂げた気持ちでいっぱいになり、体の力が抜け近くの椅子に座り込んだ。リーダーが近づき、

「光莉ちゃん、本当にありがとう。おかげで明日、みんなで文化祭を行える!」


喜びの涙を浮かべていた。他の人達も今まであまりクラスで目立っていなかった、わたしに声をかけて喜んでいた。


わたしは心の中で爽やかなで心地の良い風が吹き、とても充実した気分になっていました。目の前で困っている人を助けるって、この様な気持ちなんだな。わたしも達成感で嬉しいけど、それ以上にさっきまで困っていた人が笑顔になるのはもっと嬉しい!


光莉のこの文化祭での出来事が、これからの光莉の将来への目標へと繋がっていく。その説明はここでは不要であろう。


あと、文化祭の「バジルケチャップのオムライス」はとても評判がよく、午前中で完売したそうだ。中には何度も購入する人もいたとか。また光莉も後日、自宅で両親にご馳走したそうだ。


文化祭が終った夕方、賑やかな余韻のなか、オムライス屋さんの看板に貼られていた文字訂正の紙が風ではがれ、「きのこソースのオムライス」の幻のメニューが夕日に照らされていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る