第17話_報告

白うさぎの姿となったコウを胸に抱き、燈は小さく寝息を立てていた。

涙の痕が頬に残っていたが、その表情は先ほどまでの絶望とは違い、安堵と温もりに満ちていた。


管理人はその寝顔を黙って見つめる。

そして――わずかに眉根を寄せ、表情を引き締めた。


「さて、さっさと嫌な仕事を終わらせるとするか」


ゆっくりと立ち上がり、自身のデスクに向かう。

腰を下ろす時、椅子がかすかに軋み、そこへ混ざるように小さなため息が落ちた。


机の上の固定電話に指を伸ばす。

触れただけで、指先にあの女の気配が蘇り、背中に薄ら寒さが走る。


(……憂鬱だ)


番号を素早く押し込み、受話器を耳へ。

声は意図的に平坦に、冷たく抑え込む。


「……つきのみやだ」


瞬間――

受話器の向こうから、舌で喉をなぞるような低く甘い声が響いた。


「あらぁ……つきのみやじゃない。そっちから連絡を寄こすなんて珍しいわねぇ?」


声だけでぞわり、と背筋が逆立つ。

管理人は小さく眉をひそめつつ、さっさと要件を伝える。


「今日、うちから魂を一体『きさらぎ』宛てに送った。受け入れ対応を頼む」


余計な会話は一切したくない――そんな思いが露骨に滲んでいた。


「そう……で、どんな子なのかしら?何をしたの?反応は?声は?泣いてた?」


声の温度が一段階低くなり、電話越しでも彼女の表情が明瞭に浮かび上がる。

管理人は一瞬だけ肩を強張らせた。


「お前の趣味に興味は無い。到着すれば全てわかるだろう」


苛立ちをなんとか押し隠した声音。

だが、相手はむしろ喜ぶようにくぐもった笑い声を漏らした。


「ウフフ……期待できるわね。了解、『うちのやり方』で丁寧に扱ってあげる♡」


受話器から距離を取りたい衝動を抑えきれず、早く通話を終えようとする。

「要件は以上だ。失れーー」


「――あぁそうそう!」


唐突に遮られ、管理人はわずかに顔をしかめた。


「来月の『八駅会合』楽しみにしてるわよ。会場はあんたの駅でいいんでしょ?」


そのワードに、管理人はわずかに肩を上げる。


「まさか……『忘れてた』なんてことはないでしょうねぇ?」


「忘れるなんて、あるわけないだろ。会場はうちで合っている」


「よかった……忘れてたなんて言われたら、あたし泣いちゃってたかもしれないわぁ……」


「やめろ気色悪い」

抑えきれず口から飛び出した拒絶。


受話器の向こうで、声が低く跳ね上がる。

「あいっかわらず失礼なガキねぇ!!」


突発的な怒りのはずだが、わずかに愉悦も含まれていた。


「まぁ……そういうところが気に入ってるんだけどね♡」


背筋を指で撫でられたようなぞっとする感覚。

管理人は耐えるように目を閉じる。


「じゃ、来月会えるのを楽しみにしてるわ。失礼」


ようやく通話が切れた。


受話器を置いた瞬間、肩の力が一気に抜ける。

たった数分ほどのやり取りが、永遠のように感じられた。


「来月、しかも会場はここ……まずいな」


燈たちが眠る仮眠室へ視線を向ける。


(奴は、過去に迷い込んだ生者を何人も……殺害している)


きさらぎ駅管理人の手に、燈が触れたらどうなるか。

結末は、火を見るより明らかだった。


管理人は、固定電話を見つめながらしばし思案するのだった。


無事に会合を終わらせるため。

そして何より、燈を守るために。



~あとがき~

ここまで読んでいただきありがとうございました!

これにて「第1章_つきのみや駅~管理人との出会い~」は無事完結となります。


『第2章_冥府八駅会合~つきのみや駅に集う影~』では、

つきのみや駅へ集う各駅の管理人達、そして生者である燈が彼女らにどう扱われるのか。

今のところはその辺りを描写していく想定です。

ほんの少し期間は空いてしまうかもですが、引き続き本作をどうぞよろしくお願いします。

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