第八射 再会と狼とお願いと
「それじゃ、先生。また明日ね〜」
「ああ、また明日。気をつけて帰れよー」
教室に残っていた最後の集団が帰っていき、夕陽が射し込む部屋に静寂が訪れた。
…………本当に、濃い一日だった。
朝師匠と別れ、電車がサテライトに襲われ、サターシャと鏡花に出会い、鏡花の因縁の相手を打ち倒し、ヴェルメイユ・ファミリアに到着し、癖の強い生徒達と出会い…………
もうお腹いっぱいだ。思い出すだけで吐き気がしてくる。
「そういえば、職員室に顔を出してないな………」
他の教員よりだいぶ遅れて到着しているため、職員室での顔合わせに参加できていない。一応生徒たちの情報は忘れないようにマジパ(スマホもどき)にメモしておいたし、今後のためにも教員たちのことも知っておきたい。もう帰宅している者もいるかもしれないが、その人たちにはまた明日会えばいいだろう。そう思い、俺は教室を後にした。
ここから更に濃いメンツによるぶっ濃い時間が始まるとも知らずに………
◇
ようやくたどり着いた職員室。何度も言うがここは広すぎる、せめてあと半分くらいの敷地に収めて欲しかったものだ。
こちらも変わらず魔鉱石で作られた職員室の扉を開く。重厚な見た目からは考えられないほどの軽さで扉が開く。その瞬間。
「なしにぃーーー!!!!!!」
「ぐはぁっ!?!?!?!?」
大質量、もとい豊満な胸に弾き飛ばされる。その飛距離なんと二十メートル!普通なら死んでいてもおかしくない。抱きつかれているせいで少し体を捻るくらいしかできなかったが何とか受け身を取る事に成功し、九死に一生を得た。
「なしにぃ、本当に帰ってきてたんだ!久しぶりぃぃぃぃ!!!」
むにゅんむにゅんと豊満なその乳房を俺に押し付け続ける少女。彼女の名はティーゼル・アッハ・バリオルド、通称『暴虐の金槌』。身長は俺とほとんど変わらず、およそ180センチ程。少し筋肉質だが、少女の柔らかさを残すその肉体には、見た目からは想像できないような超怪力が宿っており、それももちろん異能によるものである。彼女の異能を『星に願いを』と彼女は呼んでおり、変異種とも魔法種とも取りにくいが一応変異種とされているが、本来の能力は『一度だけ、全力で願ったものが手に入る』という物であり、そして彼女は力を願ったようで、現在は超怪力として機能している。
ちなみになしにぃとは『名無しの兄弟子』を略したものだ。………そう、彼女は俺の妹弟子である。もちろんあの人付き合いが大の苦手な少女の……ではなく、人類最強の赤毛の青年の弟子だ。
「今日からここに務めることになったんだ。……まずはどいてくれないかな?」
「あっ、ごめん!」
ティーゼルが慌てるように俺の腹上から降りる。本当に死ぬところだった………
「それにしても本当に久しぶりだよね!月影さんのところを離れて以来会ってなかったから………ざっと一年くらい?」
「そんなとこだね。それにしてもまぁ………」
大きくなった。どことは言わないが、とんでもない成長速度である。腰に手を当てながら楽しそうに話す彼女の体を見ると、その成長具合がよくわかる。成長期というやつだろう。
「あれ、話してるときに髪いじる癖直したの?前はよく触ってたよね」
「え?ああ、うん。そうなんだ。やっぱり話してるときは他事しないほうがいいかなって」
まぁたしかに。彼女の言い分もわかる。実はあの癖結構好きだったのだが…………レイサも同じように髪をいじっていたが、彼女のとはまた違う、なにか独特の良さがあったのだ。
……………こんなこと言ったら引かれるので言わないでおこう。
「あ、ごめん引き止めちゃって。みんなにあいさつに来たんでしょ?ほら、入って入って!」
ティーゼルに背中を押されながら職員室へと再度入室する。直後、俺は目を疑うような光景を見た。
「………………????????」
「何だよその目は………………俺がここにいるのがそんなに不思議か?名無しくんよぉ」
ある程度揃えられた白い体毛、その頭に当然のように鎮座する二つの耳、俺をにらみつける、あまりにも鋭い瞳、しまいには人間とはかけ離れた、正確には狼の顔を持つ人間大の生物が席に座り、コーヒーをすすっている。
「『冥夜の死神』………………」
「その名で呼んでくれるな………反吐が出る。俺には両親から………そういえば絶縁されてたな。元両親からもらったエリオ・フルアスという大切な名があるんだからよ」
狼は………いや、エリオは、自虐的に笑った。ように見えた。
◇
七色しちしきが一角、エリオ・フルアスは、変異種の異能、『人狼』を持つ男である。その身に宿す圧倒的な破壊力と暴虐性は他の追随を許さず、単純なパワーで見ればサテライト以上である。だが、先ほども述べたようにかなりの暴虐性も持ち合わせており、異能を得た当時はそれを抑えきれず、大混乱を起こす一因となった。それもあってか家族からは縁を切られており天涯孤独の身である。彼はそんな過去を持つことが影響してか、人とかかわることを避ける傾向にあると思っていたのだが………
「俺だって、いつまでも一人で戦い続けられるわけじゃねぇ。もう三十も半ばだぜ?後継者も探したくなるってもんだろ」
俺は今エリオの隣の席を借り、彼と話していた。
「まぁそうですよね………」
「それにしても、お前は変わらんな………戦闘の技術はずいぶん上達したようだが」
またしてもにらまれる。なにか気に障るようなことでもしてしまっただろうか?
「おかげさまで。それと、あの時はほんとすみませんでした………」
「あんなもん気にすんな。何か実害があったわけでもないし………そういえば、狙撃の嬢ちゃんとはどうだ?もうあんなことやこんなことまで………」」
「あんなこともこんなこともしてませんよ!どうして皆師匠との仲を邪推するんですか!?」
「はっはっは!あれだけイチャコラしてたら疑われても仕方ねえだろ!」
エリオが楽しそうに笑う。が、目はまだにらんだまま………そういえばこの人これがデフォルトだったな。
「とまぁからかうのはこれくらいにして………ここの職員に会いに来たんだろ?だが見ての通り、ここにいるのは俺と槌の嬢ちゃんくらいだ。また明日にしたらどうだ?」
「えぇ、そうしようと思います。それじゃあ、そろそろ行きますんで。また明日~」
「おう、またな」
席を立ち、エリオのそばを離れる。
「あ、なしにぃもう行っちゃうの?」
「うん、時間も時間だし、人も少ないしね」
「そっか………それじゃあ、また明日!明日は私がここを案内してあげる!」
「そりゃありがたい。よろしく頼むぞ、ティゼ!」
昔のように、昔の呼び方で。
ティーゼルはぱぁっと嬉しそうに笑うと。
「うん!」
と、大きく頷いた。
◇
マジパからコール音が響く。
数秒と待たずに相手につながった。
「あ………も、もしもし?」
「俺です、師匠」
小さく息をのむような音が聞こえた後、大きなため息が聞こえてきた。安堵の感情が感じられる、今まで聞いた中で一番温かいため息だった。
「良かった………連絡ないから、心配してた」
本当に心配してくれていたようで、「良かった………」と繰り返しつぶやく師匠に、思わず笑みがこぼれる。
「俺は大丈夫ですよ。師匠こそ、ちゃんとご飯食べました?」
「ん、玉ねぎとお肉炒めて食べた。ちゃんとお皿も洗って乾かした。ほめて」
ふふーん、と得意げに胸を張る小さな師匠の姿が脳裏に浮かぶ。
「えらいですよ師匠。この調子で頑張ってください」
「うん、頑張る。頑張って我慢する。だから………」
一息おいて。
「また、たくさん電話して………?」
不安気に、寂し気に、まるで本当の少女のように。
そんなかわいいお願いを、むげに断ることもできない。
「ええ、また。何度でもかけますよ。それじゃあ、また」
「うん、またね………」
通話を切る。
「電話は、あんまりしないほうがいいかもな………」
だって、仕方ない。
どうしても、帰りたくなってしまうのだから。
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