第18話 火花と鉄球
焚き火の赤を裂いた一閃は、確かに山賊たちを後退させた。
「せ、先生ェが……!」
「うそだろ、腕が動いてる……!」
恐怖と興奮が入り混じるざわめきの中で、ガロウは荒く息を吐いた。
右腕は痙攣を繰り返し、力を込めるたびに激痛が走る。
それでも、握った剣は離さなかった。
「……まだだ。まだ終わっちゃいねぇ」
左手に散らす火花が闇を赤く照らす。
その一歩は重く、引きずるようでありながらも確実に敵を押し退けた。
「な、なんだあの目……!」
「もう廃れたはずの“赤腕”が……!」
山賊たちの刃が恐怖に揺れる。
ガロウはその隙を逃さず、踏み込み、鋭い斬撃を見舞った。
鉄と鉄が打ち合わさり、火花が夜空に散る。
だが、力強い剣筋の合間に、ふと腕が痙攣し、刃先が僅かに逸れた。
その隙を突かれて、彼の肩口をかすめるように槍が通り抜ける。
「ぐっ……!」
血が飛び散る。
だがガロウは眉ひとつ動かさず、逆に槍を弾き飛ばした。
背後で燈子が息を呑む。
「すごい……本当に、すごい……」
カルディスは冷ややかな声で言った。
「……だが本調子ではないな。無理をすれば死ぬぞ」
ガロウの目が鋭く揺れる。
図星を突かれた苛立ちが、剣の動きに宿った。
「ちっ…だから……なんでわかるんだよ、てめぇは!」
吠えるように吐き捨て、さらに一歩踏み込む。
焚き火の明滅が、赤腕の影を荒々しく揺らした。
ガロウの怒号と剣閃が戦場を裂くなか、燈子は必死に呼吸を整えていた。
腕は痺れ、剣の重さに手首が悲鳴を上げている。
「はぁ、はぁ……もう、振れない……!」
その足元に、ごろりと鉄球が転がった。
戦闘の混乱で落ちた山賊のモーニングスター。
鎖の先で揺れる鉄球が、赤い焔を反射して不気味に光る。
燈子は反射的にそれを掴んだ。
「う、重っ……!」
最初の一振りは地面を抉るだけで、賊たちの笑いを誘った。
「ははっ! 嬢ちゃん、鉄球に潰されてんじゃねぇか!」
だが、燈子は諦めなかった。
剣で鍛えた腕力が、不格好ながらも鎖を振り回させる。
慣れない軌道が敵を怯ませ、偶然にも一人の賊の武器を弾き飛ばした。
「……あれ?」
腕に伝わる衝撃は、剣とは違う。
でも、不思議と馴染む感覚があった。
燈子の脳裏に、老剣士の声が蘇る。
『強そうじゃなくて、強くなれるもんを持て』
「師匠……ありがとうございます!」
隣でカルディスが目を細める。
「……誰のことだ?」
「決まってるでしょ! わたしの師匠!」
「……私ではないな」
「えっ? じゃあ……えっと……」
一瞬だけ戦場の空気が緩んだ。
だがその隙に、燈子の振った鉄球が別の賊の脇腹を打ち抜き、悲鳴が夜に響いた。
カルディスが短く息を吐く。
「……結果は出ている。怯むな」
燈子がモーニングスターを振るうたび、山賊たちの顔に焦りが走った。
予測できない軌道。
振り回すだけの無様な攻撃に見えて、実際には確実に距離を切り裂いていく。
カルディスはその動きに合わせ、隙を突こうとした敵の刃を弾き落とす。
彼の剣筋はぎこちなくとも冷徹で、敵の足を止めるには十分だった。
「……背中を預けろ」
「はいっ!」
燈子は勢い余って尻もちをつきそうになりながらも、必死に体勢を立て直す。
モーニングスターの鉄球が弧を描き、迫る刃を弾き返した。
その隣で、ガロウが吠える。
「どけぇッ!!」
赤腕の剣が再び閃き、三人を取り囲んでいた山賊の一角を切り裂いた。
火花とともに血飛沫が散る。
左手に散らす火花が一瞬の閃光となり、敵の視界を奪った。
「な、なんだこいつら……!」
山賊たちの士気が崩れる。
恐怖と怒号が入り混じり、円陣は乱れた。
カルディスが冷静に告げる。
「……怯んだ。崩せる」
燈子は大きく頷き、モーニングスターを頭上で振り回した。
「うおおおおおお!」
偶然か必然か、その軌道が山賊たちをまとめて退ける。
押し返された瞬間、ガロウが一歩前に出る。
「まだ……終わらねぇ!」
杖代わりに剣を突き立てながらも、赤腕はなお戦場に立っていた。
その背中は、もはや敗残の傭兵ではなく、かつて畏怖された戦士の姿だった。
山賊たちの叫びが夜に響く。
「ひ、ひいい! 化け物だ!」
「逃げろ! こいつらおかしい!」
蜘蛛の子を散らすように賊たちは逃げ出し、街道に静寂が戻った。
焚き火の残滓がぱちりと弾ける。
血と汗に濡れた三人は、その場に立ち尽くしていた。
静まり返った街道に、荒い呼吸だけが響いていた。
燈子はモーニングスターを握りしめたまま、膝から崩れ落ちる。
「……はぁ、はぁ……わ、わたし……やれた……?」
カルディスは短く答える。
「……生き残った。それで十分だ」
その冷たい言葉に、燈子は小さく笑った。
(そうか……これが“戦った”ってことなんだ……)
一方、ガロウは剣を杖のように突き立て、肩で息をしていた。
右腕は震え、包帯の奥からじわりと血が滲む。
「……まだ、終わっちゃいねぇ」
その呟きは、もはや自分自身への言葉だった。
かつての“赤腕”ではない。
それでも、剣を握り続ける自分が確かにここにいる。
燈子は泥にまみれた笑顔で彼を見上げた。
「ねぇ……おっちゃん、すごかったよ!」
「……誰がおっちゃんだ」
思わず顔を歪めるガロウ。
だが、その声には怒気よりも苦笑に近い響きが混じっていた。
カルディスは静かに目を細める。
「……戦う意思はまだ残っているらしい」
その一言に、ガロウは剣を握る手を強くした。
そして、月明かりの下で赤い瞳がわずかに光る。
「俺は…………戦わなきゃならねぇんだ」
その言葉は、敗残の傭兵が再び歩き出すための、最初の誓いだった。
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