初恋の味、5000万人が死んだ地で――

御伽草子913

初恋の味、5000万人が死んだ地で――

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 西暦”2005”年9月28日 1900時

 日本サンディカリスム人民共産民主社会主義★連合共和国

 新潟戦線

 ”第一絶対国土防衛線” B-7R地区 塹壕内 

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 それは、まだ穴倉――土の中で戦っていた頃……


 明日、いや……


 今日にも死ぬかもしれない、そんなことをたまに思い出してた日のこと――




 外では絶え間ない砲撃が鳴り響く。

 時折、近くに落ちた砲弾で塹壕内が揺れ、落ちた土が飯に紛れ込む。

 それでも構わずに──それが最後の晩餐になるかもしれない夕飯を口にしていた。


 タッパ―に入れられた白飯。そこにタクアンや、ゆで卵、そしてオカズが一品入っている。

 それが前線で戦う俺たち『学徒兵』の塹壕メシ。


 その味は、まずかった。

 けれど、食わないとならなかった。


 食わないと腹が減って戦えないから……


 そんな不味い思いをしながら食っている時、隣に寄り添うように座る黒のセーラー服姿の近衛さんが訊ねてきた。


「そういえば、明後日の献立、聞きましたか?」

「……献立?」

「はい」


 土が混じった飯を口に入れた瞬間、よりまずく感じた。


 ……をする場合、俺たちの死期が近くなるからだ。


「……知らないけど、もうすぐ始まるのか」

「かも、しれないです……」


 歯切れのしない応答をする近衛さん。

 いつもならキッパリと言うのが彼女だが、今回は違っていた。


 ……そう、違っていた。




 俺たち、”学徒兵”の間で献立といえば『もうじき攻勢に出る』という意味だ。


 それはつまり、もうすぐ敵地に攻め込むという知らせ。もうじき死ぬということだ。


 ……この国はいま、敵に攻められて戦争をしている。

 

 そして今や、中学生は卒業をしたら自動的に『戦場』へ進学され、国の為に戦っている。

 学生服のまま、武器を持って、敵が待ち構える目の前の塹壕を奪う。


 それが、俺達『高校生』の課題にんむであった。


 そして、その出撃の前日には必ず豪華な食事が出される。

 美味しいモノを食べさせて、士気を上げる為らしい。


 だが、実際は下がった。


 明日死ぬかもしれないと思うからだ。

 これがだと思うと、例えステーキや寿司だろうと、美味しくなかった。

 味なんてしなかった……


 そうして、いつの間にか俺たちの間で『献立』という呼び方が生まれていた。


 縁起が悪いモノとして……

 



「それで……明後日の夕飯って?」

 

 確か、この前が寿司だったから、ステーキかな?と思っていたところ、近衛さんは少し困惑気味な表情で口を開いた

 

「それが、だそうです」

「イクラ丼?」

「はい……」


 イクラ丼、と聞いて、今度は俺が困惑した。

 今まで出てきた豪華な食い物には無かったからだ。

 その食い物が、縁起の悪いモノなのか、即座には判断がつかなかった。


 ……ああ、だから近衛さんは困惑していたのかと、ここで納得した。


「……それって、豪華なのかな?」

「えっと、少なくとも”新潟”では豪華だと思います……海が無いですから」

「ああ……そうだね」


 いま俺たちがいるのは、

 だけど、




 18年前、俺たちが生まれる前のことだ。

 教科書でいう『』によって、この国の地形は大きく変わった。

 その結果、新潟県は””となった。


 そして今、この新潟を巡って熾烈な戦闘を繰り広げていた……




 ……俺たち、学徒兵でこの国土を守る『日本赤軍』と、

 再び”日本”を一つに繋げたい為に攻める『ユニオン軍』とで……


 この地獄の新潟戦線で戦っていた。


 ……5000万人の血が眠る大地に、新たな血を染み込ませながら……




 ――しかし、


「イクラ丼か……」


 土色の天井を見上げながら呟いた。

 大したことがない、無意味な呟き。

 なのに、口の中に広がった味がほんの少し甘くなった気がした。


 けれど、すぐに苦くなって、やがて何も残らなくなった。


 ……なんで、不味かったのに甘く感じたのだろうと疑問に思った。




 ……思い出した。


 それは、初恋の味だった。



――――――


――――


――



 その夜、夢を見た。

 懐かしくて、どこか切ない夢――


 俺の、大切な思い出の一つ。


 それは、まだ””が小学三年生の頃だった。


 ぼくには、大切な子がいた。


『みーちゃん』


 三年生の頃に、転校してきた女の子だ。

 ぼくは、その子と仲良くなった。

 そして、いつの間にか、一番の友だちとなった……


 一番、大切な友だちで……

 もう、会うことが叶わない友だち……


 その夢は、みーちゃんの家で遊んでいた時だった。


 昼時になって、ぼくはお腹が空いたから一旦帰ろうとした時に、みーちゃんが言った。


「ショウちゃん、実はね、お昼ご飯作ったの」

「え、そうなの?」

「うん! 今日遊びにくるショウちゃんの為に作ったんだから! ほら、行こ!」


 そう言ってみーちゃんは、顔を少し赤らめながら、ぼくの手を取って食卓へ連れていかれた。


 最近、みーちゃんが”ぼく”の手を引っ張ることが多くなった。前はぼくが引っ張っていたのになぁと思っていたら、目の前の光景に少し驚いた。


 テーブルの上には、見たことがない料理が置いてあった。


 白いご飯の上に赤い小さな粒々が載ったどんぶり。

 刻み海苔と刻み卵焼きが、その赤い粒々を取り囲んでいて、美味しそうに見えた。


「みーちゃん、これ何?」

「イクラ丼だよっ」

「いくらどん?」

「うん! おいしいよっ!」


 そう言って、笑顔でぼくの分のイクラ丼を手渡してくれるみーちゃん。


「ありがとう……」


 こうして、椅子に座って、みーちゃんの家族と一緒にお昼ご飯を食べることになったぼく。


 みーちゃんのお父さんや、お母さん、みーちゃんもその『イクラ丼』を美味しそうに食べている。


「うん? ショウちゃん食べないの?」

「えっ、あ、ちょっとね」

「あ、もしかして苦手だった?」

「いや、その……」


 そう言うと、みーちゃんは少し悲しそうな顔をした。


 ぼくは困っていた。


 だって、見たことも食べたこともない料理を食べるのに勇気が持てなかった。

 別に好き嫌いは無い。

 だけど、こんな料理、この国では見たことがなかったから……


 みーちゃんは、からやってきた子だ。

 時折、見たことが無い””や、知らないことを教えてもらっていた。

 そんな、ぼくの知らないことを話してくれるみーちゃんが好きだった。


 ……ぼくにだけ、嬉しそうに話してくるみーちゃんが、好きだった。


 そして、目の前にある『イクラ丼』も――


 だから――


「……おいしい」

「ホントにっ」

「うん……おいしいよっ、みーちゃん!」




 ぼくの為に作ってくれたその料理は――


 見たことも、聞いたことがないその『イクラ丼』は――


 大好きになりつつあった彼女の笑顔を見ながら食べるそれは――




 すごく、おいしかった――

 

 甘く、切なく――


 そして、懐かしい――




 そんな、昔の夢だった……




 ――あの後、父さんに聞いたら、この国にもある料理だと知った。

 そして、ぼくも自分で作ってみることにした。

 みーちゃんが作ったイクラ丼が好きになったから。


 だけど、マズかった。


 自分が作ったのも、お母さんが作ったのも、どれも……


 あの時に食べたイクラ丼の味にはならなかった。


 だから――それ以来、イクラ丼を食べることはなかった。


 あの時に食べた、みーちゃんが作ってくれたイクラ丼だけが美味しかった。


 それ以来、食べていない。


――――――


――――


――


 二日後、敵の強襲を受けた。

 塹壕での防衛戦、その戦闘は熾烈を極めた。

 一度は俺たちの塹壕を敵に奪われたが、すぐに逆襲し、奪還することに成功。


 俺たちは、この国の国土を、今日も守った。


 その代償として、俺の部隊にいた学徒兵の半数が戦死した。


 それぐらいの激戦だった。




 その日の夕方、血まみれの穴倉で、それが現れた。


「天宮曹長、お食事を持ってきました」

「ああ、ありがとう、近衛さん」


 俺たちの寝床でもある塹壕内の清掃している時、近衛さんが4人分の夕飯を持ってきてくれた。

 そう、4人分。


「また”もったいないから”か……」

「はい、ちょうど半数が居なくなりましたから、この場にいる全員にもう一つ配りました」

「そっか……」


 近衛さんから、二人分の夕飯を受け取った。

 タッパ―に入ったメシ。少し透明な青色の蓋を開けた時、懐かしい感じがした。


 それは、赤く、深紅の小さな粒粒がこれでもかというぐらいに詰まれたメシ。

 その下に、ご飯が敷き詰められた料理。


「……イクラ丼、ですね」

「…………イクラ丼だな……」


 そう、今日の夕飯はこの前に近衛さんが言っていた、イクラ丼だった。


 その近衛さんの表情は暗かった。

 ……多分、俺もだろう。


 近衛さんのそれは、明日のことを思ってのことだろう。

 明日、出撃しなければならないから……


 だけど、俺は違った。

 俺は、……


 甘く……遠くに行ってしまった……あの頃を……


 俺は無言で箸を取る。

 そして、久しぶりにイクラを口に入れた。


「……美味しいな」

「はい、美味しいですねっ!」


 同じように食い始める近衛さん。

 久しぶりに彼女の笑顔を見た。

 いつも普通か、暗い顔か、寝る時に見せる泣き顔だったから、とても新鮮だった。


 ……そう言えば、中学ではマドンナだったっけ、近衛さんは……


 そんなことを思い出しながら、俺は――




 美味しいと思えない”ソレ”を、乱暴に口の中に入れ始める。




 ――確かに、これは美味しいのだろう。

 赤く、絶妙に味付けされたイクラは良いと思う。

 その上、ご飯は酢飯でその味は、昔みーちゃんが作った思い出の味にとても似ていた。


 ……多分、今まで食ったイクラ丼の中で、次にウマいと思う。


 だけど、足りなかった。


 何かが、足りなかった……


 足りないから、美味しくなかった。





 ……やはり、みーちゃんの作ったイクラ丼じゃないと、満足できないのか……


 そう思うと、途端に虚しくなった。


 死ぬ前に食う思い出の味が、こんなもんなのかと思うと……

 心が黒く塗られていく……


 まだ、17歳にもなっていないと言うのに……

 

 みーちゃんにも逢っていないのに……!


 これが、こんなのが、最期の晩餐なんて――




 そう思うと、立ち上がった。


「……天宮曹長?」

「……ごめん、少し風に当たってくる」

「危険です。まだドローンが飛んでいるかもしれません」


 心配そうに、俺の腕を掴んで、穴倉の外へ行かせないようにする近衛さん。

 ……別に、彼女とは特別な関係ではない。

 

 ただ、もう中学の”同級生”はもう俺たち二人だけになっただけで……

 俺を支えてくれる、頼りになる女の子なだけで……

 そして、戦争が終われば、俺たちは……


 だけど、そんな”今”よりも俺は――


「……なに、大丈夫だ」


 久しぶりに俺も笑ってみた。

 たぶんヒドイ顔なんだろう。愛想笑いは苦手だったから。


 そんな表情だったからか、わからないけど、


「……わかりました。何かあれば……戻ってくださいね……必ず」


 そう言って掴んでいた腕を放してくれた。

 そして、寂しそうな顔で俺を見つめていた……

 

「……わかった」 

 

 ……そう言い残して俺はショットガンと、食べかけのイクラ丼を持って穴倉を出た。




 外は、もう暗かった。

 月明かりだけが、綺麗だった……


 辺りは静かで、秋虫の声だけが僅かに聞こえていた……


 

 

 俺は、塹壕の中にいる。

 まだ土の中で、上が空いているかだけの違い。


 そんな中、明日突撃する敵塹壕がある方向を見る。

 

 その先には――東京がある。




 そこに――みーちゃんもいる……



 

 みーちゃんは、小学6年の卒業の時に『東京』へ引っ越してしまった。

 

 その数ヶ月後に、この戦争が始まった。


 そこで、ぼく達の絆は途切れてしまった……


 初恋だった子と、敵同士となってしまったから……



 

 ……みーちゃんに逢いたい。


 それが、今の俺の願いだった……



 

 その願いが叶うまで、こんなところで死ぬわけにはいかなかった。

 だから――生き残る。みーちゃんに逢うまで。

 



 赤い粒を口に入れる。

 甘い。けれど――苦い。

 思い出の味に似ているのに、何かが決定的に足りない。


 ……やはり、あの日、”ぼく”が食べたイクラ丼には敵わない。

 それでも、”俺”は食べる。


 生きるために。


 初恋の人と、再び逢う為に……




 敵地の向こう、東京にいるはずのみーちゃんを思いながら――




 初恋の味は、まだ遠い――




 〈終わり〉


 ※『対の片方は、引き裂かれても、血に染まっても……』第6話に続く?

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