第19話 【side:ノルネ】唯一の味方




ーーさかのぼること、少し前。



ノルネは控え室にて、ドレスの着替えを行っていた。


選んだのは、ディープレッドのドレスだ。



もっとも、アウレリオの嫌う強い色味であり、これまでは避けてきた色だ。


だが、ウララに浮気をした挙句、不義としか言えない態度をとってくるのだから、もう気を遣ってやる気もなかった。



とはいえ、だ。このパーティ後のことを思えば、憂鬱でもあった。


彼らの話が本当ならば、ノルネはいよいよエレヴァン家から不要と断じられる。


もしそうなったら、どこかへ幽閉されたりしてもおかしくはない。



そんなことを考えているうち、王城の使用人らによるドレスの着付けは終わっていた。


今後の身の振り方は決まらないまま、とりあえずは部屋を出る。


そこを警備員らに囲まれており、ノルネは悟った。


たぶん、ウララとアウレリオが手を回してきたのだ。


「……やめなさい、と言っても聞かないのでしょう」



ノルネが言うのに、彼らはなにも答えない。


そのままノルネの手足を拘束する。



抵抗する気は起きなかった。

どう考えても逃げられようがないのが分かっていたからだ。


それは今に限った話ではない。


今ここから逃げられたところで、その先ではきっと自分は同じような目にあっていた。



王子の婚約者として、ウララで替えが効くのなら、ノルネである必要はない。

きっと両親だってそう判断して、近い将来、ノルネを切り捨てたはずだ。



だから、しょうがない。


幸い、たまたまとはいえ、トーラスを遠ざけられていたから、彼は直接巻き込まれていないはずだ。


ならば、それだけでいい。



そんなふうに自分に言い聞かせて、馬車の荷台に詰め込まれる。



馬車の行き先は、分からなかった。


車輪の跳ね具合などからして、少なくとも王都の中ではない。

もしかすると、このままどこか人気のないところで、殺されるのかもしれない。



そう悟っていたところ、放り出されたのは、見知らぬ山の中だった。



木に手足をくくりつけられ、身動きが取れなくされた状態で、彼らは去っていく。


視界はほとんどきかないほどの暗さだった。

ノルネはどうにか目から情報を得ようとするが、ほとんど見えない。


がさりと、近くの草むらが揺れる。

同時、這い寄ってきたのは、大きな蛇、魔物だ。


「……姑息ね、ほんと」


どうやらアウレリオも、ウララも、自分たちで手を下すようなことはしたくなかったらしい。



絶対的な死がすぐそこに迫っていた。


それを考えると、さっきまでは諦めで押さえ込んでいた恐怖が牙を剥いて、ノルネに襲いかかってくる。



身体の震えが止まらなかった。

動悸が激しくなって、呼吸が苦しくなっていく。


それでどうにか逃れようとするが、結ばれた鎖はどうあがいても、解けない。


「やめて、どうして、怖い……!」


どうしようもない弱音が、ここで漏れる。


「助けて」


そう呼んだって、届きはしない。

よしんば聞こえていたって、それは自分を殺そうとしている人間たちだ。


「助けて、トーラス……!」


だのにノルネは、来るはずがない人の名前を、彼女の世界で唯一の味方の名前を、ついには口にしてしまう。


彼が無事ならいい。

そう思っていたはずなのに、来て欲しいと願ってしまう。


いよいよサーパントは目前に迫っていた。

大口を開けて牙を剥き、噛みついてこんとする。


それにノルネは思わず目を瞑る。



が、いつまでも痛みが襲ってこないから、なにかと目を開けてみたら、そこにはトーラスの、唯一の味方の見慣れた背中があった。


彼がこちらを振り返る。



そこに浮かぶ、少しひなびた笑顔が、とても格好よく映った。


年齢なんて、どうでもよくなるくらい。



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