第2話:カウントダウン

 心霊スポットの肝試しは、結局ただの悪ふざけで終わった。

 トンネルの奥まで進み、叫んだり、落書きを読み上げたり。何も出るわけもなく、帰りの車内はくだらない笑い声で満ちていた。


「なーんだ、幽霊もいねぇし」

「直哉のビビり顔が一番怖かったな!」


 助手席の俺に向かって、後部座席の河合がまたスマホを突きつける。画面には俺の顔が青ざめた様子で映っていた。

「やめろって! 消せ!」

「いやいや、保存だろこれは。再生数取れるわ」


 車は深夜の街道を走る。みんなテンションは高いのに、俺だけは笑えなかった。あの“黒いアイコン”が気になって仕方ない。


 ポケットからスマホを取り出す。

 画面を点けると、やはりそこにある。漆黒の背景に白い点が瞬くだけのアイコン。並んでいる他のアプリの中で、異様に目立っていた。


 操作を間違えたのかもしれない。そう思い、恐る恐るタップしてみる。


 ――画面が真っ暗になる。


 一瞬、車内の反射光で自分の顔が映り込み、すぐに消えた。

 やがて、無機質な白文字が浮かび上がる。


 《対象者:河合 俊》

 《残り時間:72:00:00》


「……え?」

 思わず声が漏れた。


 隣の佐伯がハンドルを握りながら「どうした?」と横目で見る。

「い、いや……なんでも」

 慌ててスマホを伏せる。


 画面には、淡々と数字が刻まれていた。

 七十二時間――つまり三日後の同じ時刻までを示している。


「おい直哉、今名前呼んだろ?」

 後部座席から河合が身を乗り出す。

「いや、なんでもない」

「嘘つけ! 俺の名前言ったよな?」

「……」


 心臓が早鐘を打つ。どう説明すればいい?

 アプリを見せれば笑い飛ばされるだろうか。けれど、どうしても口には出せなかった。


 数字は秒単位で減っていく。

 72:00:00、71:59:59、71:59:58……。


 ただのタイマー。そう思いたい。

 だが“対象者”という言葉がどうしても引っかかる。


 帰宅後、ベッドに横になっても眠れなかった。

 カーテンの隙間から差し込む街灯の明かりが、部屋をぼんやり照らす。暗闇の中でスマホの光だけが異様に眩しい。


 再びアイコンを開く。

 やはりそこには河合の名前と残り時間が表示されていた。数字は確実に減っている。


「なんだよ……これ」

 震える声が自分でも耳障りだった。

 怖いのは“消せない”ことだ。通常のアプリなら、設定からアンインストールできる。だが長押ししても、削除の項目が出てこない。


 まるで俺のスマホに埋め込まれてしまったかのように。


 その夜、何度もスマホを閉じては開き、タイマーを確認した。

 そして気付いてしまった。

 アプリを閉じていても、画面を消していても――数字の減りは止まらないのだ。


 やがて午前三時。

 眠気と恐怖が綯い交ぜになった頭で、俺は考えた。

 もし、このカウントダウンが本物だったら。

 三日後、河合に何が起きる?


 ただの悪質なウイルス。そう決めつければ楽だ。

 でも、もし……。


 ポケットの中で光る黒いアイコンが、じっと俺を見つめている気がしてならなかった。

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