『次は、あなたです』

ΛKIRA

第1話:黒いアイコン

 夜の山道は、アスファルトの色すら飲み込んでしまうほど暗かった。

 窓を開ければ虫の声が響き、湿った風が車内を抜けていく。大学二年の夏休み、深夜零時を過ぎた頃。俺たち五人は、肝試しと称してとある心霊スポットのトンネルへ向かっていた。


「やっべ、マジで来ちまったな……」

 ハンドルを握るのはグループのリーダー格、佐伯。後部座席から、いつも調子者の河合が身を乗り出す。

「直哉、顔引きつってんぞ? 動画に映ったら一番オイシイ役だな!」

 スマホを構えるレンズが俺を狙う。


 俺――新堂直哉は溜め息をつきながら、窓の外に目を逸らした。こういうのは正直好きじゃない。ただ、誘いを断れば「つまんねぇやつ」と言われるのが分かっていた。だから仕方なくここにいる。


 やがて車はトンネルの入口に着いた。街灯はなく、闇の口がぽっかりと開いている。壁には赤茶けた錆が浮かび、湿気のせいかコンクリートが黒ずんでいた。


「はい到着ー! じゃあ行きますか、心霊生配信!」

 佐伯が冗談めかして言い、俺たちはぞろぞろと車を降りる。


 スマホのライトを点け、俺が先頭に立たされた。

「直哉、ビビりだから先頭な!」

「ふざけんなよ……」

 笑い声に押され、仕方なく歩き出す。


 トンネル内は、ひんやりとした空気がまとわりつき、足音が反響する。壁にはスプレーで「死ね」「返せ」など不穏な言葉が書かれていた。

「うわ、ガチで怖ぇなこれ」

「最高の映えスポットじゃん」


 俺はため息をつきつつ、地図アプリを開こうとスマホを操作した。場所を確認しておかないと、不安で仕方なかったのだ。


 その瞬間――。

 画面が一瞬、ノイズに覆われた。

 ザザッ、と砂嵐のような映像。思わず立ち止まると、後ろから河合が「どうした?」と声をかける。


「いや……スマホが変な動きして」

「圏外なんじゃね?」


 そう言われて画面を見直すと、地図は正常に表示されていた。胸を撫で下ろし、ホーム画面に戻ったとき。

 見覚えのないアイコンが増えていることに気付いた。


 漆黒の背景に、白い点がひとつ瞬いているだけ。

 名前は表示されていない。タップしても反応はなく、長押ししても削除できない。


「……なんだこれ」

 小声で呟いたが、友人たちは気に留めない。

「おーい直哉! 早くこっち来いって!」

「顔こわばってんぞ、動画映え最高!」


 俺は慌ててスマホをポケットに突っ込み、歩き出した。バグか、変な広告アプリが勝手に入っただけだろう。そう思い込もうとした。


 だが胸の奥で、じわりと汗がにじむ。

 黒いアイコンの白い点が、ポケットの中でもなお、淡く点滅している気がしてならなかった。

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