第16話 現地調査班へ

【現地派遣記録 No.16】


記録者:雨宮透子(防衛省災害対策局・分析官)


私は管制室の椅子に座ったまま、手を震わせていた。

報告書に私の名前が刻まれた瞬間から、周囲の空気が変わったのを感じたからだ。

同僚たちは画面を覗き込み、何かを議論していたが、私の声は届いていないようだった。


「……見えていないのね」

私は小さくつぶやいた。

私の端末には、はっきりとこう表示されている。


〈新規報告者:雨宮透子〉


そして下には、次の行。


〈任務:現地調査班への参加〉


【管制室ログ/抜粋】


08:05

・雨宮透子に現地班への派遣命令。

・本人への口頭通知は未実施。

・端末のシステムが先行して指令を表示。


「雨宮、出る準備をしろ」

不意に上官の声が響いた。

彼の目は疲弊して虚ろだが、指令だけは動かせないという意志に満ちていた。


「なぜ私が?」

「報告者に指定された。……それ以上の理由は不要だ」


私は返す言葉を失った。

“報告者”に選ばれた時点で、管制室には居られない。

それは悠人や梢の記録で、もう証明済みだった。


出発準備の間、私は端末を見つめ続けていた。

画面にはすでに「現地調査報告書 No.16」のファイルが生成されていた。

まだ一文字も打ち込んでいないのに、提出者欄には――私の名前が刻まれている。


【移動ログ 抜粋】


08:42

・雨宮透子、現地調査班に正式登録。

・外縁ゲートを通過。

・班構成:雨宮透子(分析官)、三枝誠(隊長)、他二名。


ゲートの向こうに広がる霧の壁を前に、三枝隊長が口を開いた。

「ここから先、俺たちは“存在”を保証されない。記録が唯一の証明だ」

彼は無言で報告書の端末を差し出した。


私はそれを受け取り、指先で文字を打ち込んだ。

「雨宮透子、現地調査班に参加」


打ち終えた瞬間、霧がざわめいた。

まるでその言葉を待っていたかのように。


【補足メモ】


・報告者に指定された人間は、必ず現地調査へ派遣される。

・報告行為そのものが入域の“鍵”になっている可能性。

・以降の記録は透子によって残される。


こうして私は、異世界帰還者の跡を追うことになった。

生き残るために、そして――自分の死を記録するために。

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帰還不能区域〈ヒギリ〉――異世界帰りたちの調査報告書 彼辞(ひじ) @PQTY

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