第20話 三秒間の勝機

練習後、道場ではなく、校舎の視聴覚室に、星流高校空手部の主要メンバーが集められていた。 竹村、菊田、佐藤、栞奈、そして、場違いな空気に身を縮こませる、青野彗悟。顧問の鈴木先生も、パイプ椅子に深く腰掛けて、気だるそうにスクリーンを眺めている。




「さて、始めるか」




鈴木先生の一言で、部屋の照明が落とされた。プロジェクターが起動し、壁一面に、先日の県大会の試合映像が映し出される。相手は、二週間後に戦うことになる、王城高校だ。




最初に映し出されたのは、菊田と同じ一年生にして、王城のエースと目される神谷(かみや)という選手の試合だった。




「…!」




映像が始まった瞬間、菊田の背筋が、わずかに伸びた。 神谷の戦い方は、菊田の「正統派」とは対極。変則的なステップから、まるで鞭のようにしなる上段回し蹴りを連発する、極めて攻撃的なスタイルだった。




「厄介な蹴り技だな…」


竹村が唸る。




菊田は、スクリーンの中のライバルを、無言で、しかし、射抜くような鋭い目で見つめていた。


次に、鈴木先生がリモコンを操作する。




「青野、お前の相手は、多分こいつだ」




映し出されたのは、王城の「二番手」の一年生の試合。 エースではない。しかし、その動きは、彗悟のちっぽけな自信を粉砕するには、十分すぎるものだった。




速い。 鋭い。 そして、一切の無駄がない。




踏み込みの速さ、突きのキレ、試合運びの巧さ。その全てが、今の自分とは比較にすらならない、別次元のレベル。 彗悟の全身から、血の気が引いていくのが分かった。喉がカラカラに乾き、背中に冷たい汗が伝う。




(こんな奴と…俺が、戦うのか…?)




道着の重さが、急に、自分には不釣り合いな、滑稽な衣装のように感じられた。


偵察会議が終わり、部員たちが解散していく中、彗悟はショックで席を立てずにいた。 そんな彼の隣に、栞奈が静かに座った。




「…どうだった?」




その問いに、彗悟は、力なく呟くことしかできなかった。




「…無理だ。あんなの、勝てるわけない」




栞奈は、その言葉を否定しなかった。




「試合に『勝つ』のは、無理ね。今のあなたでは、まともに6ポイント先取の組手をすれば、6-0で負けるわ。絶対に」




「…!」




あまりに厳しい、しかし、真実の言葉に、彗悟は顔を上げる。 栞奈は、彼の目を真っ直ぐに見つめて、告げた。




「でも、あなたの『勝負』は、試合の勝ち負けじゃない」




彼女は、スマホを取り出し、先ほどの彗悟の対戦相手の試合映像を再生する。そして、試合開始直後の、ある一点を指差した。




「見て。彼は、試合開始の直後、必ず一度、刻み突きでフェイントを入れる癖がある。相手の反応を見るためにね。そのコンマ数秒、彼の意識は『攻撃』ではなく『観察』に向いてる。ガードも、少しだけ甘くなる」




彼女は、彗悟の目を、射抜くように見つめた。




「あなたの勝負は、試合開始を告げる『始め!』の声から、相手がまだあなたを『ただの素人』だと分析している、最初の三秒間」




「三秒…」




「その三秒で、あなたの全てを懸けた一撃を叩き込むの」




「……」




「そこで『一点』でも奪えれば、あなたの勝ち。たとえ、その後にコテンパンにやられたとしても、よ。分かる?」




栞奈の言葉が、彗悟の心に、深く、深く突き刺さる。 星流の秘密兵器として、王城のエース候補から、たった一点を奪い取る。それが、あなたに与えられた、たった一つの使命。




「あなたの勝負は、試合じゃない。その、たった三秒間だけ」




絶望的な実力差の中に、ただ一つだけ残された、あまりにも細く、そして具体的な「勝利条件」。




その、三秒間というあまりにも短い時間制限を突きつけられ、彗悟は、ただ呆然と、目の前の少女を見つめ返すことしかできなかった。

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