第19話 二人の師、一人の敵
王城高校との練習試合まで、残り五日。 星流高校空手部の道場は、決戦を前にした独特の緊張感に包まれていた。
その中でも、早朝の道場の空気は、さらに密度が濃い。 「右!」 栞奈の鋭い声。その瞬間、彼女が右に構えた手のひらの的に、彗悟の拳が突き刺さる。 「左!」 今度は左。彗悟は、指示と同時に、爆発的な踏み込みから的確に突きを放つ。
あの日、感覚を掴んだ追い突きは、この数日の反復練習で、彗悟の身体に馴染み始めていた。しかし、栞奈は次のステージに進むことを決めていた。 「まだ足りない」と、彼女は言う。
「今のあなたの突きは、ただの綺麗な『一本道』。実戦では、相手はそこに罠を張って待っているわ」
栞奈が導入したのは、彗悟の驚異的な動体視力と反応速度を、直接追い突きに結びつけるための訓練だった。
「今!」
不意に、目の前に突き出される的。彗悟は、それに反応して、無意識に近いレベルで踏み込み、突きを放つ。 直線的な動きに、「変化」と「反応」を加える。彼の唯一の武器である「槍」に、自動照準機能を搭載するような、高度な練習だった。
午後の全体練習後。 一人、自主練をしようとする彗悟を、竹村主将が呼び止めた。
「青野」
「押忍」
「お前の武器は、栞奈が作っている『槍』だ。だが、今のままじゃ、お前は槍を一度投げたら、丸裸で敵の前に突っ立ってるのと同じだ」
竹村は、彗悟に、空手で最も基本的で、最も重要な防御技術の一つを教え込む。 それは、攻撃の直後、瞬時に後方へ下がるための、体捌きとフットワークだった。
「いいか、お前が覚えるのは一つだけだ。突いたら、何も考えずに、教えたステップで真後ろに跳べ。反撃も、次の攻撃も考えるな。とにかく、生き残れ」
「攻撃」を教える栞奈と、「生存」を教える竹村。
彗悟は、二人の師から、彼のためだけに用意された、歪だが、しかし、唯一勝機のある戦術を授かっていく。
彗悟が、竹村から付きっきりで指導を受ける様子を、道場の隅で、菊田 空が冷たい目で見つめていた。 彼は、何も言わない。 だが、その代わりに、近くのサンドバッグに向かって、これまで以上の速度と威力で、技を叩き込み始めた。
バシン!バシン!
道場に響き渡る、菊田の鋭い打撃音。
それは、主将や栞奈が素人にかまけている間に、「俺こそがこの部のエースだ」と、その存在価値を誇示するかのような、無言の抗議だった。 そのあまりに激しい音と気迫に、他の部員たちも、そして、指導を受けていた彗悟も、思わず動きを止めてしまう。
道場に流れる、気まずく、張り詰めた空気。 栞奈が、そんな彗悟に「気にするな。今は自分のことだけ考えなさい」と声をかける。
そして、続けた。
「明日は、王城高校の偵察映像を見るわよ」
「…!」
「自分の目で、あなたが戦うことになる相手のレベルを、その目に焼き付けなさい」
その言葉は、来たるべき戦いが、もはや逃れることのできない現実であることを、彗悟に容赦なく突きつけていた。
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