第13話 二十年越しの偲ぶ会

翌朝、明るくなった窓からの光で目覚めた。隣には小さな寝息を立てている麗子がいる。穏やかな一日の始まりだった。そっとベットを抜け出し、シャワーを浴びにバスルームに向かう。麗子を起こさないように、そっと音をたてないようにドアを開けた。ひとしきり熱いシャワーを浴びて、すっきりとして着替えて戻ると、麗子の姿が無かった。取敢えず冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、のどを潤す。窓際に行きカーテンを開けると、キラキラとした朝日が目に飛び込んで来る。椅子に座り、考える。偶然の重なり合いで、逢いたかった黒田裕子に会えるなんて。嬉しさとないまぜになった不安が雄二にのしかかって来る。しかし、現実からもう逃げないと決めているから苦しくても耐えられると思って居る。そこに着替えを済ませた麗子が戻って来た。」「おまたせ。母に電話して10時頃車で迎えに行くと伝えたわ。」

「ありがとう。旧友の墓参りに行く事になるとは、ちょっと複雑だな。」と呟く。

麗子が、切花と線香を持ってきた。いつも間にか用意しているのは流石だと思った。「私、車を玄関に回してくるから、そこで待ってて。と言って部屋を出て行った。財布や携帯の入った小さめのバックを持ち、フロントから玄関に出る。するとシトロエンの2CVがやってきた。赤と黒のカラーリングは1983年式のチャールストンというグレードだ。「おいおい、バイクも個性的だと思ったけれど、四輪も拘っているんだ。」と言うと「実は、バイクも車も父のお下がり。どうしても手放せなくて。」とちょっと俯く「そうか、でもあいつらしい趣味だな。うん。こんな日には最高だ。」とちょっと引き攣りながら笑う。玄関にはフロントの係の女性がお見送りに出て来てくれて、うやうやしく頭を下げた。車を発進させると、これが中々小気味のいいエンジン音を立てる。「う〜ん、思ったより調子良いじゃないか。」と言うと「変ね。いつも出かける時はぐずるんだけど、やっぱり父が迎えに来ているのかしら。」と言う横顔が少し寂しげで、よほど父親が好きなんだろうと思った。

10分くらい走ると裕子が一人暮らしをしているアパートの前に着いた。

裕子はシックな黒に身を包み、凛とした格好でこちらに歩いてくる。均整の取れた、その歩き方の美しさは、衰えていない。見惚れていると麗子が「やっぱり母に釘付けね。」と笑った。

後部座席のドアを開け、軽い身のこなしで「お待たせしました。」と言ってドアを閉める。その流れる様な動作に僕は惹かれていたことを再確認した瞬間だった。

静かに車を発進させ、山手の方に向かう。30分くらい走り海が見える高台に来ると、車を止め「此処で降りて歩くの」と言ってエンジンを切った。

細い山道の上に数基の墓石が見える。坂道の途中にある水道で手桶に水を汲み雄二がそれを持つ。墓地の奥の方に比較的新しい墓石があり、和雄の墓はその一番端の見晴らしのいい場所にあった。裕子がタオルを濡らし「あなた、雄二さんが来てくれましたよ」と墓石に話しかけながら、そのタオルでそっと拭いた。手前の水差しを抜き、水垢を洗い流した麗子は、きれいな水を張り花を備えた。雄二は線香に火をつけ、香炉の中に備えた。そして、ポケットからワンカップの日本酒を出してキャップを開け、墓前に備える。静かに手を合わせながら雄二は「和雄、来たよ。また一緒に昔を思い出して、酒が飲めると思っていたのに、残念だ。寂しいよ。でもお前はやっぱりいい奴だな。ちゃんと裕子さんと結婚をし、こんなに素敵な麗子ちゃんを育てた。本当に立派だ。それに引き換え俺なんか・・」と言いながら嗚咽混じりで言葉にならなかった。麗子も裕子も泣いている。どのくらいそこに居ただろうか、動くことができなかった。

 しかし、名残は惜しいけれど「また来る。必ず。俺はお前との約束を破って、ずっと此処に来る。」そう言って墓をあ後にした。お参りを済ませてから、昼食を取ろうという事で、寿司屋に入った。二人とも常連らしく、暖簾をくぐると、大将が、「いらっしゃい」と言いながらカウンターの席をすすめた。席に座ると、カウンターに握った寿司を置く為めの飯台が置かれた。そこにガリを添えて、何握りましょうか?と聞かれたので、三人ともお任せでと注文した。麗子は「私、赤貝は必ずお願いね」と言った。「じゃあ、私は鮑をお願い。」と裕子が言った。女子高生と人妻ですね。と大将が言い、えらい古いシャレですね。と雄二が突っ込んだ。では僕は熱燗を頂こう。そして三人で黒田和雄を偲ぶ会を始めた。

雄二が口を開く。「そうそう、裕子さんのお店ってダルマだよね?」と聞くと、麗子が「どういう事?」と聞く、カウンターの大将がびっくりした顔をして、お客さん”ダルマ”をご存知なんですか?と話に入ってくる。「はい、若い頃2ヶ月位でしたが、此処に住んでおりました。こちらの黒田さんとそのご主人と、翌朝まで飲んでいた、思い出のお店です。」というと「そうだったんですね。それじゃ私もどこかでお会いしていたかもしれないな。」と言った。すると裕子が「こちらの大塚さんとうちの主人は飲み友達で、若い頃、私も一緒に出かけるグループだったんですよ」と言った。大将が「じゃあ、馴れ初めですね?」と言いながら、「赤貝と鮑お待ち」と言い、それぞれに一巻ずつ赤貝と鮑を置いた。「粋な事するんですね」と雄二が目を丸くした。

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