第12話 夜明け前に
お客が引けた店内に、雄二、麗子、そして麗子の母、黒田裕子がいた。
沈黙が流れる中、口を開いたのが麗子だった。「私、お母さんをビックリさせようと思って、雄二さんを連れてきたのに、私が驚いた。」すると母は言った。
「ごめんね。あなたには話していなかったけれど、あなたのお父さんと大塚さんと、私の出会い。そして約束。」それを受けて雄二が「今更だよね。ごめん。でも、虫の知らせというか、突然なんだ。君が夢に出てきて、そしたら今しか無いという感覚になって、いてもたってもいられなかった。」
「それでバイクに乗って出かけて来てくれた訳?」と麗子が聞いた。
「うん、そうなんだ。裕子さん僕たちの出会いを、彼女に話しても良いかな?」と雄二が聞くと「ええ、お願いします。」と一言。そして雄二は麗子に向き直って口を開いた。
「僕と、君のお父さんとは僕がこの地に来てからの出会いだった。短期間でも、すごく仲良くなったんだ。歳も一緒、そして、よく酒を飲み、遊びに出かけた。そしてある時、友人5、6人で出かけた時、君のお母さんと出会うんだ。そして、みんなで出かけたり食事したりしているうちに、僕と君のお父さんは同時に裕子さんの事を好きになる。僕はこんな性格だから、モーレツにアプローチした。しかし、おとなしい君の父上は、そんな素振りも見せないでいたから、僕は彼に裕子さんのことを相談するんだ。結局、仕事が終わるとまた次の派遣先に行く。一旦、東京に戻り次に何処に行くかが決まる。そう、今の時代の様に携帯電話がある訳でもなく、距離が離れるイコール永遠の別れくらいの心境だった。当時、まだ上越新幹線か開業していなくて、本当に遠い異国のような感覚だった。僕が、裕子さんを誘って二人で出掛けていた事は、君のお父さんも知っていた。ある時、裕子さんと結婚して、実家に連れて帰れって言われた。しかし、僕の仕事上何処に行くかわからない世界に、彼女を引っ張り込んで良いのだろうかと、とても悩んだ。その時、初めて君の父上が裕子さんを好きだと打ち明けてくれた。そして、僕と彼は約束をする。僕がここを去った後、君の父上は裕子さんにプロポーズをすると。そして、僕は、二度とここには来ないと約束をしたんだ。」麗子が固唾を飲んで聞いている。
「お母さん、私知っているよ。お父さんに内緒で、私が知らない男の人と二人で写っている写真を大事に持っている事。あの写真は雄二さんだったのね。」
「えっ?あの時の写真?鯨波海水浴場に出かけた時の写真か?」裕子は照れた表情で俯いた。「そうだったのね。私ってダメね。麗子にまで見つかっていたなんて。」と言いながら、丁寧に包装していた、カラー写真を一枚取り出した。
「だからかぁ、今日、思い出の地に行って来たという事だった訳ね」と合点が入った顔をした。「私が最初に雄二さんを見かけた時の印象は、間違っていなかったって事なのね。でも何故?父との約束で二度と此処に来ないって約束したのに、その約束を破ったのは?」と麗子が聞いた。
「うん、僕たちも60歳をすぎ、残された時間がなんとなく感じられる様になって、だから君のお父さんや、裕子さんに会いたくなった。だし、本当にお父さんは裕子さんと結婚したか僕は知らされていなかったから。できれば裕子さんの顔を一目だけでも見ておきたいって、もう、後悔したく無いと思ったんだ。そんな想いで出発して、いきなり高坂SAで君を見かけた時、心臓が止まるかと思うほど驚いた、若い頃のお母さんにそっくりだった。」
「で、私から逃げ出した訳ね」と笑う。そして、三人の語らいは深夜まで続いたけれど、明日、麗子の父、黒田和雄の墓参りに行くという話になった。
裕子の店を出て宿に帰ろうとした時、裕子が「麗子」と彼女を呼び止めた。彼女は振り返り、小首を傾げて「何?」と聞くと、裕子は「ううん、なんでも無い、気をつけて帰って。」と言う。「うん、ありがとう。また明日」と言うと「うん、明日ね」と言った。僕も「おやすみ、ありがとう会えて良かった」と言って彼女の店を出た。
宿に向かって歩く間、また沈黙が続く。宿が近くなった時「今夜、今夜も止めてくれる?」と聞かれたので「もちろん」と答えた。
「私、部屋からお酒持ってくるから、先に部屋に戻っていて」と言って雄二のもとから離れた。暫くして、ラフな格好に着替えてブランデーとグラスを二つ持って部屋に戻ってきた。窓際の椅子に座ってグラスを置き、そこに少しずつお酒を注いで、一つを雄二に渡してきた。「乾杯」と雄二が言うと、麗子が「何に乾杯しようか?母と裕二さんの再会に?それとも私との最後の夜に?」とイタズラな笑顔を向けてきた。
「うん、両方の事に乾杯」と言うと「欲張り」と言って微笑む。
そして、ブランデーを一口含んで飲み込む。強いアルコールと独特の香りが鼻に抜ける。麗子はグラスを置いて立ち上がり、雄二のところに回り込んできて、また肘掛けに腰掛けて雄二に抱きついてきた。
「少しだけ、少しだけで良いからこうしていて」と呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます