第7話 嵐の前の静けさ
雄二も麗子も互いを感じながら、力尽きる様に堕ちた。特に雄二は全身全霊という表現が合うくらいに、麗子を愛した。こんな気持ちになったのはなぜなのか、不思議でならなかった。歳の割には若見えするため、会社勤めをしている頃も女子社員にも人気があった。彼は自分で気付いていないだけで、憧れている子も少なくなかった。現に、彼が定年退職する時には、後輩が声掛けをして、送別会を開いてくれたが、結構な人数が集まった。当然、会社の行事としてではなく、有志ということで連絡が回ったが、他部署からも結構な人数が集まり、盛大な会になった。割と上司には楯突く様な男気を見せたり、自分の後輩の失敗を庇い泥を被ったこともあった。「若いお前たちが、こんな事くらいで傷を残してはいけない。どうせ俺には先がないのだから、そんな顔をするな。」と後輩を可愛がった。だからこそ、男女問わず雄二の引退はみんなから惜しまれた。
夢を見ていた。四十数年前二十歳の頃訪れた新潟だった。ずっと心に仕舞まっていて封印したような苦い思い出が蘇り、その思い出の中で雄二はしきりに謝っている。しきりに頭を下げる雄二を寂しそうな顔で、涙を浮かべた女性が途中から麗子の顔に変わる。その瞬間「わあっ」と叫んで逃げ出す夢だが、
そばで麗子が仕切りに雄二を起こそうとしていた。「大丈夫?かなり
「私、シャワーしてくる」と言ってベットを降り、服や下着を抱えてバスルームに消えて行った。暫くしてバスルームから出てきた麗子と入れ替りに雄二がシャワーを使い、出てくると。自分の部屋で着替えを済ませた麗子が椅子に腰掛けていた。「ねぇ、朝ごはん食べるでしょ?」と聞かれたので、「うん、美味いコーヒーが飲みたい」と言うと「任せて」と言ってスマホで地図情報を見始めた。その後、フロントにいき、連泊が可能な事を確認して、二人連れ立って朝食を食べに出た。二人の足はバイクなので、近くの喫茶店を探し、歩いて向かう。自然と麗子は雄二の腕に自分の腕を絡めて歩いた。少し歩いた所にその店はあり、カウベルの音を鳴らしてドアを開けた。昭和レトロな内装にぴったりの白髪で、蝶ネクタイをしたマスターが「いらっしゃいませ」と言いながら、ハンドドリップでコーヒーを入れていた。カウンターのところにいた女性スタッフが、水とおしぼりを持ってきた。メニューを見ながら注文をする。「私、サンドイッチとホットコーヒー」と言うと「何サンドですか?」と問われ「う〜ん、ハムと卵にして下さい」と注文する。「僕は、ホットコーヒーとトーストをお願いします。」と言うとそのスタッフは軽くお辞儀をして下がっていった。
少しの沈黙が気まずい雰囲気になりそうだったが、この空気を破ったのは麗子だった。
「私、こんな大胆なことしたの初めて。信じられないかも知れないけど。」と言うと
「なぜ?なぜこんなおじさんと言うよりお爺さんが気になった訳?」と聞くと、少し小首を傾げて考えてから「父に似ていたの。私が中学3年生になった年に亡くなってしまった。」雄二は黙って頷く。「一番最初に出会ったのは、高坂SAエリアだったわよね?少し遠目にあなたを見つけた時、ドキッとしたの。うっすら覚えている父の記憶とあなたの姿と言うか、なんだろう、オーラ?空気感?が父のそれと重なった。だからつい嬉しくて話しかけたの。でも、あなたはそっけない態度で、すぐに行ってしまったわ。」「そうだったね、ごめん。他意はなかったんだけれど、正直若い女性と話すことは苦手なんだ。」とちょっと苦笑しながら言う。「もちろん嫌いなんかじゃないけれど、照れもあるし、基本年寄りは相手にされないと思っているから」と言うと麗子が「違うの、女性は年齢のことは優先順位としては、低い女の子が多いと思う。それよりもまず、雰囲気。清潔感。匂いなんかが重要で、その内容も実は千差万別。その子によりけり。だからビンゴってすごく稀で、私は早くに父を亡くしたのでファザコン」と今度は麗子が苦笑する。「そうなんだ。僕ら60過ぎの男にとって、君たちのように若い子は未知数?というか、だいたい自分の娘と同年代ってだけで、引いちゃうんだよね」と再び苦笑。「そうよね。でも、あの時いきなり振られたって感じになって悲しかったし、寂しかった。悔しくもあったから、今度どこかのSAで見かけたら絶対逃さない。って思ったの」「うんうん、怖かった。なんか、ツンデレの空気満載で、宿を世話してくれたり、そっけなく走り去ってみたり。」笑。
「そうよね、自分でもJKに戻ったような我儘になってたと思う。ごめんなさい」
そんな会話をしていると注文したコーヒーが届いた。雄二はカップを顔に近くまであげ、香りを楽しんでから、一口飲んだ。麗子は早速サンドイッチに手を伸ばし、「いただきまぁす」と言って食べ始めた。
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