リターンライダーの憂鬱 〜浅草キッドに憧れて〜

神田川 散歩

第1話 風になる

 月曜日の朝早くに、練馬のICから関越自動車道に乗って、日本海を目指した。

仕事を引退して、リターンライダーになってすでに5年が過ぎた。バイクは10代、20代でかなり走った。時代は80年代日本が沸いていた時代だった。しかし、普通車の免許を取得してからは、4輪にハマり段々バイクには乗らなくなった。それでも気が向くと、ツーリングには何年かに一度位のサイクルで、出掛けていたので、リターンライダーという表現は、あまり当てはまらないと感じている。

 現在の愛車はBMW R1200Rという車種で、すでに三度の車検を受けている。水平対向エンジンという独特の形状のエンジンを抱えた車体は、重心が低く取回しがしやすいバイクで、とても気に入っている1台だ。流石に早い時間だと交通量も少なく、心地よく走れる。今年も夏は異常に暑かったので、気候が落ちつくのを心待ちにしていた。

 ヘルメットのシールド越しに入って来る空気が、少し肌寒いくらいで驚く。「ちょっと前まで、あんなに暑かったのに。」と呟きスロットルを開ける。暫く走り高坂SAに入った。流石に平日の早い時間を選んだので、他のバイカーは殆どいない。バイク用の駐輪場に入れ、エンジンを切る。サイドスタンドを出しながら、ヘルメットを脱ぐ。最近は日差しが眩しいので、スポーツサングラスを使っているが、なかなか調子が良くジェット型のヘルメットにもよく似合うので、お気に入りのアイテムの一つだ。バイクから降り、自作で作ったホルダーにへルメットを掛ける。国産のバイクと違って、ヘルメットホルダーなどは付いていない。ネットのブログで同車種のバイクを乗っている方が、国産の後付けと輸入のキーホルダーを合わせれば、メインキーでヘルメットホルダーの開錠が出来ると、記事を上げていた。早速、輸入サイトから取り寄せ、バイク用品ショップで部品を買い、お手製で付けた所も気に入っている。

 トイレで用事を済ませ、自販機の前に立ち、ホットコーヒーのブラックのボタンを押した。ガタンと缶が落ちて来ると同時くらいに、1台のバイクが駐輪場に入ってきた。黒の皮パンツに、茶色のライダースジャケットを纏い、赤いヘルメットが目を引く。バイクのタンクの色と合わせているのだろう。「かなりカスタムしてるな」と心で呟き、缶コーヒーのプルトップを開け、一口啜りながら、自分のバイクの方に歩き出した。入ってきたライダーはサイドスタンドを出してから降り、ヘルメットを脱いだ。「驚いた、女性ライダーか」近づく僕に気づく。すぐ近くまで来た時に彼女が「こんにちは」と挨拶をして来てくれた。僕も「こんにちは、素敵なバイクですね。」と返す。バイクを褒められた彼女は、」少し照れた様に目を伏せ「ありがとうございます」と言いながら、建物の方に歩き出した。

 少し身体が冷えた僕は、缶コーヒーを両手で持ち手のひらを温める。ゆっくりと時間をかけコーヒーを飲む。暫くして、飲み終わった空き缶をダストボックスに入れに行こうとした時、彼女がこちらに向かって来るのが見えた。そのまま自分のバイクに戻りバイクに跨る。ヘルメットホルダーから外したメットを被ろうとして居る所に近づいて来て「あれ?このバイクにはヘルメットホルダーは無かったと思うのですが」と話しかけてきた。「びっくりした。詳しいですね?」と聞き返すと「知り合いが同じバイク乗っていたんですが、いつもヘルメットをどうしようか悩んでいました」と苦笑気味に言う。「そうだったんですね。僕も、購入してすぐにネットで調べてカスタムしました。細かな所ですが」と苦笑した。「素敵なバイクですが、何の車体がベースのカスタムですか?」と聞くと「SRです。500の」と言った。「本当に凄い。タンクもハンドルも、セパハンでフルカスタムですね」と笑いかけると、さらに頬を赤らめながら「車体2台分くらい、費用が掛かっちゃいました」とハニカムその笑顔がとても素敵な若い女性だった。「そうですか、それでは僕は」と短く言い、ヘルメットを被った。彼女も1歩下がって「お気をつけて」と見送ってくれた。

バイクを後進させて向きを変え、セルを回してエンジンを掛ける。周囲を一度見渡して安全を確認してから、ウインカーを短く点滅させバイクを発進させた。

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