ポンコツ触手少女の秘密

フル諏方

第1話 雪原でお持ち帰り

〇雪原


SE//風が吹く音

SE//雪を踏む音(足音近付いてくる)


「……そこにいるのは、……ニンゲンさん、ですか……?」


SE//雪を踏む音(さらに足音が近付く)


(倒れている相手を覗き込んで、耳元で)

「わわ……、冷たい。生きてます、よね?」

「よかったぁ……! 息、してる」


SE//ねちゃりとした粘性のある音。右から左へと頭の後ろへ回り込む。

(背中から伸びた触手で体の前に抱き抱えた)


「いきます、よ……!」


SE//雪の中を歩き出し、滑った音


「ひゃあ……っ!!」(踏ん張る)


「……ふう。……もう、ここ、いつもいつも滑りやすくて……」

「平気です、転んでませんから、ね?」

「あなたは、なぁんにも心配しなくていいんですよ」

「はやく、わたしのおうちまで、一緒に、……帰りましょう、ね……」


SE//雪を踏む足音(遠ざかっていく)


〇少女の家(寝室)


SE//木の扉の軋んだ開閉音

SE//暖炉の火のパチパチ音


「……よいしょ、と……」


SE//シーツとの衣擦れ音(布団に寝かせる)


「毛布をかけて、と……。よぉし、これで大丈夫」

「うん。顔色もちょっとずつ良くなってきてる」

「ふう。とりあえず一安心、かな……」


SE//椅子を引く音(傍らに座る)


「あっ……! 気が付きました?」

「あの、ここがどこだか、わかりますか?」


「じゃあ……、どうして外で倒れていたのかは、わかりますか?」


「それなら……、わたしが『なに』かは、……わかりますか?」


「そうです、わたしはニンゲンではなくて――」


「――へっ?」

「い、今、キレイだって言いました……? わたしの背中の『これ』が……?」


SE//ぬるぬる擦れる粘性のある音(背中にある触手が蠢いている)


(照れて)

「や、やめてください。そんなにじーっと見ないでください、恥ずかしい……」

「ああもう、何度も褒めないで……」

「あわあわして、『これ』が絡まっちゃいますから……」


SE//ぬるぬる擦れる粘性のある音(絡まって音の密度が増している)


(気を取り直して)

「でも、ね。おかしいですよ」

「だって、わたし、知ってるんです。

 ニンゲンはわたしたちのことを気味悪がってるって。

 背中に海の生き物みたいな腕をたくさん生やしてるから――」


「……わたしたちのことを『ヴィラン』って呼んでるんでしょう?」


「それで、幼い子供にこうやって言い聞かせてる」


(内緒話ふうに)

「『悪い子のところにはヴィランが来るぞ。

 あいつらは人の恐怖を食べるんだ。

 捕まったら最後、鎖で繋がれて飼われて、

――二度とおうちに戻って来れないよ』」


「……でも、あなたはわたしを怖がらない」

「どうして……?」


「えっ? ……ふふっ」

「そんなの、あなたを油断させるための罠かもしれないじゃないですか」

「助けたふりして、実は今この瞬間もわたしは――」


(わざとらしく声を低くして耳元で)

「あなたの恐怖を食べちゃうぞぉ~、って狙ってるのかも……」


SE//ねちゃねちゃと粘性のある音。(耳元に近付く)


「って、やっぱり全然怖がってない……」

「うう……、わたしって、どこまでいっても、落ちこぼれなんだ……」


「あの、本当は、恐怖そのものを食べてるんじゃないんです。

 恐怖からこぼれ落ちる命のしずく、なんです……」

「わたしたちは、それを『バァム』って呼んでいます」


「みんなはニンゲンをさらってきて、怖がらせて、『バァム』を搾り尽くす――。

 それが、一人前の証……、なんですけど……」


「……でも、わたしには、出来ないんです」

「あなたを見つけた時も、ただ、心配で、放っておけなかった……」

「変なんです、わたし」


(沈黙を際立たせるような)

SE//暖炉の火のパチパチ音


「あの、本当に……なんにも覚えてないんですか?」


「……そう、なんですね。覚えてない――んですか」

「でも、ニンゲンが、自分の力でわたしたちの世界に来るなんて……」

「聞いたことがない、……かな」


「帰る方法はきっとあるはず、ですけど」

「…………ごめんなさい」

「わたしにはわからないんです」

「頼るような相手もいなくて……」


「だから……、よかったら、しばらくはここにいてください」

「誰かに見つかったら、大変なことになっちゃうかもですし」


「優しいって……、そんな……、うぅ……、やめてください」

「多分、それって、わたしが落ちこぼれである理由なんですから……」

「ニンゲンを怖がらせて『バァム』を得るなんて、きっと、この先ずうっと無理なんだろうなぁ……」

「……なんて。湿っぽくなっちゃいましたね」

「今の、忘れてください」


「……え?」

「練習すればいいって……」


SE//椅子の軋む音(近付いた)


「……わたしがニンゲンに怖がってもらうための練習を、……あなたですればいい、ってことですか……?」


「ふふっ」

「わかってましたけど、あなたは、変なニンゲン、ですね」

「もしかして、わたしたちって、ちょっとだけ、……似てるのかも」


「でも、そうですね……」

「落ちこぼれたままは、やっぱり、イヤ、だから……」


(耳元で)

「……今度、ちょっとだけ、……試してみてもいいですか?」


SE//椅子の軋む音(元の位置に戻った)


「……ありがとうございます、……って言うのも、変ですかね?」

「ええと、とりあえず、今日のところはちゃんと体を休めてください」

「わたしのベッド、背中になにも生えてないニンゲンには……、

 柔らかすぎるかも、ですけど……」


SE//毛布をかけ直す音


「きっと、すぐに慣れますよ」

「ベッドにも、……この世界にも」

「それじゃあ、おやすみなさい。ニンゲンさん」

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