第4話
「まさかこんな日が来るなんてなぁ」
「まったくだ!今日は俺たちにとって記念すべき日になるぜ」
わいわい騒いでいるのは、昨日までボイコットをしていた香車さん達です。どうやら、彼らにとって何かいいことがあったようです。
「本日はお忙しい中、第1回日本将棋連盟主催香王戦にご参加いただきありがとうございます。この大会をとおして少しでも駒の要といえる香車の魅力を皆様にお伝えできればと……」
そう挨拶するのは将棋連盟会場である佐野氏です。そう、先日の藤倉名人の提案を受けて香王戦なる大会を急ピッチで開催したのです。準備期間がないなかでの開催となったためスポンサーはおらず、参加する棋士はスケジュールが空いていた合計16名です。少しでも話題を上げようとトップ棋士に優先的に声がかかり、実力のある棋士が多く集まりました。藤倉名人も参加しています。持ち時間は15分で、それが切れると1手30秒未満の早指しのルールで2日間かけて行う、比較的小規模のトーナメント式の大会となりました。
突然開催されたこの棋戦には多くのメディアが押しかけまして、たくさんの将棋ファンが大判解説会やライブ動画で成り行きを見守っています。
「それにしても上手くいくのか、やはり一抹の不安があるというのが本音である」
「大丈夫ですよ。必ず、この棋戦は成功するでしょう」
首をひねってあれこれ考えている金将さんに香車さんがそっと声をかけます。金将さんは何を不安視しているのか。それは、この棋戦に設けられた独自のルールにあるのです。
この棋戦には一般的な将棋にはない2つのルールがあり、まず、対局のなかで必ず自陣の2枚の香車を一度は動かさなければならないという点です。動かす前に相手に取られてしまった場合はこのルールは適用されません。つまり、どんな局面であれ必ず一度はすべての香車に手が伸びるわけです。
そして2つ目のルールですが、必ず香車で詰まさなければならないというものです。逆に言えば、香車で詰ます手筋がなければたとえ詰ますことができたとしても勝敗は決しません。そして、香車を一方が4枚すべて手にした段階でほぼ勝敗が決まってしまうとも言えます。棋士達は香車に常に意識を傾けなければならないのです。
もしもこれらの2つのルールを破ってしまった場合、その時点で反則負けとなってしまいます。
これらはすべて藤倉名人のアイディアになります。不思議なルールではありますが、これならば香車さんの尊厳を保ちつつ棋戦が行えるのではないかとの意見が将棋連盟のなかでは多くでたために採用となりました。この案を佐瀬氏が香車さんに伝えたところ、程なくして了承が得られたため、棋戦開催の運びとなったのです。具体的には、年1回香王戦を開催する代わりに香車さんはすべての対局に戻ってくるという取り引きになります。
今まで経験したことのないルールではありますが、天才の集まりとされる棋士達はすぐに順応し、素晴らしい熱戦を繰り広げています。久々に香車を使った対局ができることに喜びを感じてさえいるようです。
実力者が順当に勝ち上がり、2日目の決勝戦、対局するのは藤倉名人と若手の精鋭名瀬九段です。これまでの実績から藤倉名人の優勝が有力とみられていますが果たしてどうなるやら。将棋会館地下でも多くの将棋の駒達が対局を見つめています。
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